婚約3


 穏やかな昼下がり。微笑み合う二人。けれど纏う空気がとんでもなく怖い。

 微笑み合っているのは、フラウディア様と私──ではなく、なぜかロイ。目の前にロイの背中がある。なんで割り込んできたんだ?隣にいたはずのソウシは、いつの間にか壁際のナディアに並んで気配を消してる。あの野郎。


 お互いが浮かべる笑みは柔らかく美しい。けれど、もうこの場から逃げ出したいほど異常な圧を感じる。落雷の音が聞こえて来そうだ。


「ね、ねぇロイ」


「ちょっと待ってね、すぐ終わるから」


 おずおずと声をかけると、優しい声が返ってきた。オーラは変わらずピリッピリだけど。

 その様子を見ていたフラウディア様は、ぴくりと片眉を上げる。



「なぁに、ロイ。弟の婚約を邪魔するつもり?」


「はい、そのつもりです」


 ピシャーーン!!!


 今完全に空気が割れた!雷が空気を割ったよ!

 二人の笑顔がいっそう膨らむ。怖いって!


「ロイ、私はね、マナリエルをとても気に入ったのよ。大好きなリリーの娘であり、世界中どこを探しても並ぶ者がいないほどの愛らしさ。彼女をどうしても迎え入れたいの」


 フラウディア様が気に入ってくれて素直に嬉しいし、人間嫌いの息子がすぐに打ち解けられた美少女となれば、手に入れたい気持ちはよく分かる。

 でも、それでもやっぱり、弟と婚約とか無理だ。考えただけで鳥肌が立つ。


 ふと笑みを消したフラウディア様は、しばらく真意を探るようにロイを見つめた。そして、大きく息を吐いた。


「どうしたの、ロイ。あなたらしくもない。弟を取られたくないのかしら?それとも弟が先に婚約をするのは面白くない?でもあなたの婚約者も、そろそろ候補者の中から決めるつもりですよ」


「その必要はありません、母上」


「どういうこと?」


「僕はもう、婚約者がいますから」


「……どういうこと?」


 フラウディア様は思考が追い付かず、繰り返す。

 なに、ロイって婚約者がいるの?でもフラウディア様がめっちゃ驚いてるけど。

 あれかしら、この世界では王子も内緒で付き合ったりするものなのかしら?プロポーズを済ませてから両親へ挨拶みたいな。

 そんなことを考えながらボケっとしていると、ふいに肩を掴まれ、引き寄せられた。


 見上げると、ドアップのロイの横顔。


 うわ、めっちゃキレイ。額から鼻筋、そして唇を通って顎。まるで彫刻のような曲線美だ。

 思わず見とれていると、掴まれた肩にぐっと力を入れられた。


「僕の婚約者は彼女ですよ」


 その言葉のあと、額にふんわりと柔らかいものが触れる。優しく柔らかいそれは名残惜しそうに離れ、美しく微笑むロイの顔が見えた。


 マナの記憶がある今なら分かる。


 こいつ、おでこにチューした!!!!慌てて突き飛ばし、両手で額を隠したけど……多分顔はこれでもかってくらい真っ赤だ。


「な、ななななななな!」


「なんということー!まぁまぁまぁまぁまぁ!なぁに、婚約したってどういうことなの!?」


 再び興奮してしまったフラウディア様が、ロイに詰め寄った。叫び損なった私は、ただ額を押さえたまま呆然とするしかない。


「どうもこうも、言葉の通りですよ、母上」


「いつ婚約したというの?」


「先ほど庭へ案内してもらった時に、プロポーズは済ませました」


「そうなの?マナリエルちゃん」


 お母様も驚き半分、ときめき半分という感じで、心踊らせるように問いかけてきた。


「プロポーズなんて、そんな!私はただソウシと──」



 ───ん?



 待てよ?


 思い返してみる……。



『もう結構ですごめんなさい』

『買われて困るケンカは売るんじゃねぇよ』

『マナリエル、僕と婚約しよう』

『いいわよ、ロイ。ていうか、ソウシは何を思い出したの?』

『俺も同じくらいだと思うよ。お前に散々こき使われてたことは、悲しいほど鮮明に覚えてる』


 ───あ。


『マナリエル、僕と婚約しよう』

『いいわよ、ロイ。ていうか───』


「してたかもしんない……プロポーズ」


「してたな」


 ポツリとつぶやくと、どこからかソウシも追い討ちをかけてきた。




 ロイは、満足気に微笑んだ。

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