目覚め4

 

 カチャ、という音が響く。

 開けてくれたナディアにお礼を伝えると、怪訝そうな顔をされた。


「おはよう、マナリエル」

「マナリエルちゃん、おはよう」


 中から優しい声が二つ聞こえた。この人達が、私の両親。


「おはようございます、お父様、お母様」


 朧気な記憶からマナーをひっぱり出し、失礼のないようにお辞儀をしてみせた。両親は呆然と固まっている。

 あれ、こういう感じじゃなかったかな。まぁいっか。ここまで来ると、あまり相手の反応は気にならなくなってきた。私は私らしくいよう。

 室内にいたメイドさんがイスを引いて待機してくれたので、席に悩むことはなかった。


 食事はとても美味しくて、朝からこんな贅沢なメニューでいいのかと、これから毎日こんな朝食が待っているのかと、喜びで全身がうち震える。まぁ、フォーク片手にプルプルと震える姿に周囲は若干引いていたけど。


 バターの香りがたまらないオムレツを口に放り込みながら、ちらりと両親を見る。話の流れで、父親の名前がスタンレイ、母親がリリーということは分かった。


 スタンレイは低音の甘い声が魅力的な、彫りの深いイケメンだ。父親をイケメンというのも変な感じだけど、20代の頃の記憶が戻った今となっては、30代の父親は決してオッサンには見えない。


 対して母親のリリーは、とにかく美少女。この一言に尽きる。30を超えてなお、可愛らしさを失っていない奇跡の人。オバサンのオの字の片鱗すら見られない。しかし幼いという言葉は似合わず、全ての作法が行き届いているような仕草が、結婚前もそれなりの身分の令嬢だったんだろうと容易に想像できた。


 二人はとても仲睦まじく、というか、恋人同士のようなラブラブっぷりである。転生前のマナは結婚どころか彼氏もおらず、二人の姿が少し羨ましく感じた。


 恋をしてこなかったわけじゃない。好きな人を目で追ってしまったり、話せた日は踊りたくなるほど舞い上がったり、それなりにトキメキという感覚は経験してきた。

 なんなら、両思いなんだろうと感じる瞬間もあったし、告白されたこともある。

 けど、どこかいつも一線を引いてしまうのだ。好きな人ができても、そこから先を求めたことがなかった。付き合いたい気持ちにならなかった。

 恋人って、夫婦ってなんだろう。まぁ、両親が不仲だったことも原因なのかもしれないけど。

 子供の前でもイチャつき始めそうな二人に、ふと笑みがこぼれた。いいな、こういうの。


 マナとしての人生がどうなってしまったのか分からないけど、マナリエルとして生きている今、目の前の二人みたいな素敵な恋がしたいと素直に思った。



「そうそう、マナリエルちゃん。今日はね、大事なお話が二つあるの」


「お話?」


 ふいに、お母様がパチンと両手を合わせて微笑んだ。くそ、可愛いな。


「一つ目はね、これはお願いなんだけど。今度、私の幼馴染が会いに来るから、会ってもらいたいの」


「幼馴染、ですか?」


「ええ、隣国に住んでいてなかなか会えなかったんだけど、今度我が家に来てくれることになってね。彼女も子供たちを連れてくるみたいだから、ぜひ仲良くしてほしいの」


 久しぶりに幼馴染に会えるのが嬉しいのか、お母様はとても興奮した様子だ。こんなに嬉しそうなのに断る必要はないよね。


「分かりました。私もお会いできるのを楽しみにしていますね!」


 子供って、私と同じくらいなのかなぁ?きっと向こうも身分の高いご令嬢よね。会うまでにマナーを少し勉強しておこう。お父様とお母様に恥をかかせちゃいけないよね。


「あ、お母様。もう一つのお話って何ですか?」


 そういえば、話は二つあるって言ってたはずだ。私が聞くと、お父様とお母様が見つめ合い、ふふふと恥ずかしそうに微笑んだ。


「もう一つはね、マナリエル」


 口を開いたのは、お父様。席を立ち、お母様の背後からそっとお腹を撫でる。

 その仕草を見てクエスチョンマークを浮かべるほど、私の心は幼くない。


「マナリエル、君はお姉さんになるんだよ」


 お母様の妊娠。私に妹か弟ができる。


「わぁ!おめ─「本当ですか旦那様!!」


 祝いの言葉を述べようと思ったら、突然周囲がざわついた。なんだなんだ。


「あ、そうそう。マナリエルちゃんに一番に報告したくて、みんなにも黙っていたの忘れてたわ」


 てへ、と小首を傾げるお母様だが、それで周囲の者達が落ち着くことなどなかった。

 その後は館中が騒々しく、執事やメイドがバタバタと動いていた。

 お母様の妊娠、これは一大事で最大級におめでたいこと。料理の献立からドレス、スケジュールなど、とにかくすぐに無理のないように変更しなければと、慌ただしいながらもみんな嬉しそうだった。

 この家は、とても温かいと感じた。


「弟か妹かー。楽しみだなー。もしかしたら、ソウシが生まれてくるのかしら?」


 ソウシは私の弟だ。もしかしたら、今回も弟として生まれてくるのかもしれない。そう思うと期待で胸がいっぱいになった。

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