目覚め2

 

「おはようございます、マナリエル様」


 控えめなノックと共に、優しい声が聞こえた。これって、返事した方がいいのかな?何て言うの?シンプルにどうぞ?令嬢っぽくお入りなさい?8歳らしくない?あれ?いつも何て言ってたっけ。むしろ、何も言わないものなのかな?

 自分がマナリエルということは分かっても、どうやらマナリエルだった時の記憶が曖昧になっているようだ。


「あの、マナリエル様?」


「え、あ、はい!どうぞ!」


 様子を伺う声に、思わず返事。すると、カチャリとドアが開いた。入ってきたのは、まだあどけなさが残る10代の女の子。あ、いや、今は8歳だから年上の女性なんだけどね。20代だったマナからすれば、まだ女の子と呼べる雰囲気だ。


「おはようございます。朝食のご用意ができましたので、お支度させていただきます」


 ドアを締めて頭を下げる姿が、とても美しかった。首や背骨が曲がることなく、真っ直ぐに腰を折る。その所作は高級ホテルでのもてなしのようだと感じた。この家のメイドさんの一人なんだろうけど、彼女はできる。もしくは、しっかり訓練させるこの家ができるのかもしれない。


「いかがされましたか?」


 来ない返事に、再び様子を伺われる。


「ごめんなさい、無視しちゃって!ご飯ね!オッケーオッケー!すぐ着替えるから!」


 今までどんな話し方だったのか分からないけど、このまま考えても思い出せそうにない。悩んでも仕方がないので、そのまま喋らさせてもらうことにした。開き直りの早さには自信があるもんね。

 ということで、できたという朝ご飯を食べるために、勢いよく着ている服を脱ぐ。それこそ、ガバッと効果音がつきそうなほどに。


「ちょ、マナリエル様!何をしているんですか!?」


「何って……着替えだけど?」


「それは私の仕事です!ユーキラス家のご令嬢ともあろうお方がこのような場所で、しかもご自身で着替えるなんて!」


 肌着一枚になった私の体を、メイドさんが慌てて近くにあったブランケットで包んだ。このような場所って……ここ自分の部屋だよね?この世界は洗面所とかで着替えるのかな?

 するとメイドさんは、ふわりとかけたブランケットをキュッと握りしめて、私の目の高さに合わせるように屈んだ。目の前に呆れたメイドさんの顔がある。あ、ほっぺにニキビ発見。


「マナリエル様は普段から活発でいらっしゃいます。失礼ながら、これから公爵令嬢として学ぶべきことがたくさんあることも理解しています」


 良かった、昨日までのマナリエルもこんな感じなんだ。


「もちろん、ユーキラス家のご令嬢として、周囲は淑やかに在れと言うでしょう」


 てか、え、さっき公爵令嬢って言った?まじか。


「けれど私個人としては、ありのままのマナリエル様をお慕いしております。最悪、このままのマナリエル様でも私が一生お守りし、側でお仕えします」


 最悪って言ったよ、このメイドさん。このままじゃ嫁に行けねーぞみたいな言い方だよ。


「しかしながら、令嬢としてではなく、女性としては守っていただかなくてはいけないことがあります」


 少しだけ、メイドさんの瞳の力が強くなったような気がした。


「マナリエル様は、とても可愛らしいです、外見は。これはメイドとしての贔屓目ではなく、将来は世界中どこを見渡しても比べられる者などいないくらい、とても美しい女性におなりになるでしょう、外見は。それはもう化物レベルで」


 分かった、この人もたいがい口悪いわ。無自覚かな?


「そしてそれは、女として武器になる反面、火種にもなりかねません。今はまだ、幼くて意味が分からないかもしれませんが」


 メイドさんの言いたいことは分かった。


「マナリエル様のことは、このナディアが生涯をかけてお守りいたします。けれど、私の身分では壁にすらならないことが待ち受けているかもしれません」


 私は、理解したと伝えるために、こくりと頷いてみせた。


「ありがとうナディア。大丈夫よ、大きくなるまでに学んでみせるわ、女としての強さを」


 力強く伝えると、ナディア(さっき名乗ってくれて助かった)は安心したように、それはそれは優しく微笑んでくれた。

 そして私は、しっかりとその決意を胸に刻んだ。


 学んでいこう───剣術を。

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