目覚め1

 


 ちょっと待って、一旦落ち着こう。こんなこと実際に思う機会が訪れるなんて考えてもみなかった。みなかったからこそ、せっかくなので言わせてほしい。


 ここはどこ?私は、誰?


 気が付けば見知らぬ天井。どうみても我が家ではない。私、何をしていたんだっけ……思い出そうと試みても、頭痛がするばかりである。

 まずは混乱した脳内を少しでも鎮めなければとお経を唱えようとしたものの──そういえば私、お経を知らなかった。無念。そもそもお経って心を鎮めるためのものなのかしら?って、知識もないのに宗教的なものを語ってはダメよね。マナリエル、反省。


 ん?マナリエル?あ、そうだわ、私の名前はマナリエル。マナリエル・ユーキラス、8歳。


 って、誰やねんマナリエルって!


 あ、私だわ。ていうか、8歳って!お手てがちっちゃ~い、じゃなくて!


「どうなってんの?」


 人って、混乱すると無意識に頭を抱えるものなのね。そして両手で抱えた頭の小ささに驚愕する。握りつぶせそうな頭だわ。頬に触れてみると、幼子独特の弾力があった。この小ささは年齢ゆえか、特別この子が小顔な造りのか。

 肩を撫で、腕を擦り、お尻を揉もうとした瞬間に、ふと思い出した。

 マナリエルってどこかで聞き覚えがあると思ったら、私が乙女ゲームで使ってた名前じゃない!


 マナリエル・ユーキラス。結城マナという本名を、なんかそれっぽくしただけのネーミングセンスのなさ。

 てことは───。私はベッドを飛び降りて鏡の前に立ち、思わず息を飲んだ。


 なんていう美しさなのかしら……。


 腰まで緩やかに流れる髪は、金髪を通り越した絹のようなプラチナブロンド。少し癖毛なのか、ふんわりと揺れるウェーブは天の川のように輝いている。それと同じ色の睫毛は、瞬きをする度に蝶が舞うようで、深紅の瞳に優しく留まっている。小さく、けれどすらりと通った鼻筋の下に咲く、ぷっくりとしたマシュマロのような唇は果実のように潤っていて、いかにも美味しそうである。


 8歳ですでにこの美貌。課金に課金を重ねて築き上げたスタイルは、決して無駄ではなかったのだ。


 ここにきて冷静になると、どこかの世界へ転生したのだろうということは理解できた。私がマナリエル・ユーキラスということも分かった。

 けれど、実際有り得ない異世界への転生を無理矢理納得したとしても、疑問がいくつか残っている。

 まずは、マナリエルがヒロインの「プリンセスストーリー~秘密の約束~」では、マナリエルは一般市民からのスタートになる。ゲームらしい設定だが、ランクを上げていくことで男爵、伯爵、公爵と地位が上がっていき、攻略できる対象や行動範囲が広がっている仕組みになっている。そんなホイホイ爵位が上がるものかというツッコミは今は置いておき。つまり、8歳のマナリエルは、まだ一般市民ではないのだろうか。今私が着ているドレスを見ても、ざっと部屋を見渡しても、とても一般市民の生活をしているとは思えない。

 ここはプリンセスストーリーの世界じゃないのか?まぁ、元々細かいことを考えるのは得意ではないし、なるようになるだろう。


 大切なのは、もう一つの疑問だ。


 弟、ソウシはどこに?


 現世の記憶では、ソウシが急に引っ張って抱きしめてきて──そこからは覚えていない。また少し痛む頭に触れる。あの状況ならソウシも一緒に転生しそうな気がするんだけど。マナリエルの弟として存在しているのか。それとも全く別の者としてどこかにいるのか。もしくは───いや、悪い方へ考えるのはよそう。私は思考を巡らすのを止めた。


「どこに行ったの──私の舎弟」


 マナリエルは、そっと息を吐いた。

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