第8話 もう一つの相棒(銃士)

 揺れたのではない、吹き飛ばされたのだ。風圧か、衝撃波かはわからないが、次の瞬間、彼女と俺は海の中にいた。超音波にあてられているように波は細かく揺れ、俺は彼女を抱き寄せようとした。海面に向かって泳いでいるはずなのに、いっこうに海上に出られない。彼女の息は大丈夫か、意識はあるか、塩辛い目で顔を確認する。彼女は苦しそうに空気を吐き出していた。そろそろ俺の息も持たない。せめて彼女だけでもと腕を上に上げる。彼女だけでも、少しでも水圧の低いところへ。

 そこで俺の意識は海の底へ落ちていった。


 温かい部屋で彼女に本を読んでいた。彼女はつまらなさそうにして、部屋の外へ出て行こうとする。

「外は寒い。家の中で遊ぼう」

 俺は声をかけるが、彼女は無視して扉を閉めた。

 急いでその後を追って扉を開けると、そこは雪で真っ白の森だった。雪を被った針葉樹が所狭しと並んでいる。外は真っ暗で、冷たい空気が俺の肺を満たす。

 ・・・・・・いや、森より見なければいけないものがある。俺が視線をわざと外しているものを見なくてはならない。

 足下を見ると白い雪が赤く染まっていた。

 俺に外傷はない。赤く染めているのは彼女の血だった。

 腹が食い破られ、雪と同じ真っ白な顔をした彼女のことを、俺はよく見なくてはならない。


 顔に布があてがわれる感覚に意識が引き寄せられる。現実の俺は目をつぶっていたらしい。ぱっと目を開くと、柔らかい言葉が降ってきた。

「ようやく夢から覚めたかい」

 声の方に目を動かすと、七十は過ぎていそうな老婆が目を線にして笑っていた。

「脂汗をかいていたからね、着替えておいで。まだ着替えはたんとあるから」

 そう言うと老婆は俺の横からそっと立ち、俺の額を拭いていたであろうタオルを持って、部屋を見渡した。

「海でぽつーんと浮いていたから、あたしがひっぱり上げたのさ。この部屋は客室だから、一通りのものは揃ってる。机にお前のものであろう相棒もおいてあるから、メンテナンスしておきな」

 老婆は金属で軽く装飾が施された扉から出て行った。

 はぁ、とため息をつきながら起き上がる。ばねで出来たベッドがぎし、と音を立てた。

 確かに目の前の机の上に俺の相棒の一つ・・・拳銃が一丁置いてあった。

 しかしこの部屋に本当の相棒、彼女がいない。

 海でぽつーんと、浮いていたのか。周りに何もいなかったみたいな言い方から察すると、彼女とはぐれてしまったらしい。いや、はぐれるどころか一生の別れになったかもしれない。

 ・・・・・・とりあえず、銃をばらして乾かすか・・・・・・。今やれることは銃と触れて落ち着きを取戻すことだろう。





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