第5話 黒い直方体(自動人形)
あえて私に気づかせたのだから、本当の暗殺ではあるまい。
殺気が消えたのを感じてからドアノブを掴む。
もし扉の前にまだ「それ」がいたとしたら、私は私の命を守る術を持たない。
旅の途中で盗賊に狙われることはあれど、このような類の、所謂宣戦布告には未だ遭ったことが無い。一呼吸置いてからそっと扉を引く。
そこに転がっていたのは見覚えのある5つの黒い直方体。
複雑な化学反応から生まれ、自然界では生まれない材質でできた箱は、開けるところがあるのかさえわからない。村人に渡せばそこらにある石ころと同じ価値だというだろうが、権威ある学者に見せればこれ一つで富が築けるとまで言うかもしれない。
これは国直属の科学研究団が作ったお手製の、まぁ名刺のようなものだ。
勿論色々な機能はついていると言われているので、ただの名刺とは全く違う。
それが、一直線に並べられるようにして5つ、私のドアの前に落ちていた。ちょうど私に対して垂直に、つまりは横に並んでいる。
これが意味するところを私は知っていた。
知っているからこそ、足が動かない。
しばらくそれを見つめたあと、私はそれらを1つ1つ拾い上げた。
その場に無かったことにした。
無かったことには出来ないが。
横に並んだ5つの石は、線を表す。線を挟んで向こう側にいるのは、先程の研究団。研究団と相対する形で私が立っていたことになる。「私たち研究団とあなたは相対している」。「私たちとあなたは違うものだ」。
つまり敵対している。
抹殺対象になったという事だ。
問題はなぜ私が抹殺対象になったかという事だ。私に身に覚えはない。
考えを巡らそうと視線を泳がせると、視界に嫌なものが映った。
隣の扉にも同じように、例の直方体が5つ並んでいる。他でもない、メイドの部屋の前に。
1.3秒考えたが研究団及び研究団関連の単語はここ数日の間に検出されなかった。行動及び映像解析においても、ない。
メイドの部屋に置かれた直方体、発砲音……。文字同士、記号同士の関連性は認められないが、メイドが何か知っているかもしれない。
遠くからカツカツと足音が聞こえたので、とっさにメイドの部屋の直方体も全て拾い上げた。船員や乗客に知られれば、騒ぎになる可能性がある。海に投げられるのは私は構わないが、メイドが投げられればさすがに命が危ない。
現れたのは少女だった。
10代前半とみられるが五センチほどのヒールを履いている。
どこかの貴族の娘にしては、貧相な服装だった。とはいえ、薄茶色のワンピース、頭の両側にリボンをつけた格好からは、そこまで金に困ることのない家庭にいることがわかる。
彼女は凛とした表情で私の横を通り過ぎた。
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