第9話
「ところで友也。綾香さんに何も出ていないのと、この彼のコーヒーが随分と冷めてしまっているのが、気になるんだけどね」
上目遣いに友也さんを見上げて、首を傾げるようにして言う。それに判っていると頷いた友也さんは、黒いエプロンを男性へと渡した。
「一樹君の分は今淹れ直してるよ。綾香の分はいらない。甘やかすと、癖になるからな。お前の分のコーヒーも一緒に用意してるから、その間に二番テーブルを片付けておいてくれよ」
振り返ると、さっきのカップルが立ち上がってレジへと向かうところだった。友也さんから受け取ったエプロンをつけながらクスリと笑った男性は、盆を持ってテーブルに向かいながら、友也さんの妹へと顔を向けた。
「それじゃあ、綾香さんには私がアップルティでもお淹れするよ。少々お待ちを。友也よりは美味しいのをご用意出来ると思うよ」
「さっすがは依羅さん。素敵! 私だって、お兄ちゃんより依羅さんの淹れてくれたアップルティの方が、断然嬉しいモンね」
ベッと舌を出した彼女に、友也さんが冷たい視線を向けた。
「……お前。それ以上しゃべったら抓み出す」
低く放たれた兄の台詞に、妹は大人しく両手で口を塞いだ。
――怖ぇ。
それは、さっきまでのやり取りが、ホント軽いじゃれ合いだったと痛感させられる声音だった。
しかしそんな事はお構いなしで、クスクスと笑いながらカウンターの中へと回り込んだ男性に、友也さんが溜め息混じりに告げた。
「あんまり甘やかすな。なんの得もないぞ」
「しかしね、友也。彼女は私の親友の、妹なのだよ」
微笑んだ男性に、友也さんは更に深い溜め息をつ吐いた。俺の前に新しく淹れたコーヒーを置いて、戻って来た松岡にもコーヒーを出してやる。
「サンキュ、友也さん。やっぱり依羅さんの言った通りだったな。さすがだ」
「そー言えば……。なんであの二人の客がもうすぐ帰るって判ったんだ……?」
空いたテーブル席を振り返りながら呟いた俺に、男性の視線が向けられる。そのあまりの鋭さに一瞬たじろいだ俺だが、その時は何故だか好奇心の方がまさってしまった。
「教えてもらうのは、駄目ですか?」
お前、誰? とその瞳が問いかけてくる。
「依羅。彼は保の友達の山下一樹君だ。一樹君、こっちがさっき話してた、此処のもう一人のオーナー、
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