第8話

 何やら厭味たっぷりに言ったつもりらしい彼女に、友也さんは涼しい顔でさらりと切り返した。


「――それはそれは。ご忠告傷み入ります、お嬢サマ。ご存知かとは思いますが、出口はあちらとなっておりますので」


 ドアを指し示した友也さんが、フンッと顔を背けた妹から、呆然と二人のやり取りを見つめていた俺に視線を移した。


「ああご免、話の途中だったね。これの事は気にせず、そろそろ名前を聞かせてもらえるかな? 私はまだ、さっきのユニークなお嬢さんが言った、山下君という名字しか知らないからね」


 思い出したようにクスリと笑った友也さんに、松岡がハッと笑う。


「ユニークじゃなくて、バカって言うんだよ。あんなのは。――大体、注意力が足んねぇんだよな。ああまで言う前に、何回もヒントやってんのに」


 こいつはこいつで、勝手な事をほざいている。


「何よ? なんの話?」


 俺達三人の顔を見回した妹に、友也さんが呆れた目を向けた。


「少しは静かに出来ないのか? 今は彼の名前を聞いてるんだよ」


「俺、山下やました 一樹かずきっていいます」


「一樹君ね。ああ、コーヒーが冷めてしまった。もう一度淹れるから、飲んでおくれ」


「美味いぞ」


「依羅さんの淹れたコーヒーには、及ばないケドね」


 妹の台詞にヒョイと片眉を上げた友也さんが、チロリとドアに目を向けた。


「やっと帰って来たか」


 口許に笑みを浮かべ、小さく呟く。


「………」


 振り返ると、丁度ドアを開けて一人の男性が入って来るところだった。カランと小さな音をたててドアを開けた男は、少しきつい瞳で店内を素早く見回した。最後に俺達で視線を止めると、ツカツカと歩み寄って来た。


「お帰り。探し物は見つかったか?」


 訊いた友也さんに軽く肩を竦める。そして松岡の耳元に口を寄せると、小さく囁いた。


「二番テーブルのお客がもうすぐお帰りだ。レジの所へ行っておいてくれないか」


 振り返った松岡の視線を追いかけて、三つあるテーブル席の真ん中のテーブルに座っているカップルを見る。何やら楽しそうに話している二人の会話がすぐ終わるようには見えなかったが、松岡は黙って立ち上がるとレジへと向かった。


 その男性は松岡が座っていたカウンター席の隣へ腰を下ろし、友也さんが差し出したおしぼりを黙って受け取った。

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