第3話

 言った松岡に軽く頷いた此処のマスターらしい男性は、俺の視線に気付いてニッコリと笑みを浮かべた。二十代後半らしいそのマスターが、コソリと何やら松岡に囁いた。それに吹き出すように笑った彼は、否定するように手を振っている。


 なんだよ、よく笑うんじゃん……。


 心の中で呟いて視線を戻すと、前に座る菊池が頬を膨らまし、不機嫌な瞳でジッと俺を見つめている。


 ――ほんと、理解不能だ。


 暫く無言で見つめ合った後、「話を遮ったのは、俺じゃなくて松岡だよ」というのもどうかと思ったので、窓の外へと視線を移した。


 外を歩く通行人と、丁度同じ高さに顔が来る。そういえば、ドアの前には小さな階段があった。


 ――外から見た時はこの窓、鏡のようになっていたのに。中から見ると、こんな感じになんのか……。


 頬杖をつき、一人感心する。


 店内には、バイオリンの演奏が程よい音量で流れていた。会話の邪魔にはならず、耳を傾ければ心地よく染み込み、目を閉じれば人のざわめきにも似て、心安らぐ。


 ――中々だな、此処。


 途端に気分のよくなった俺は、人の気配に顔を廻らせた。


「お待たせ致しました」


 盆を手にした松岡が、アイスティーとコーヒーを運んで来た。それをテーブルへと置く彼をギッと睨み上げて、唐突に菊池が口を開く。


「言っとくけどォ、私ィ、こんな山下なんかと付き合ってるワケじゃないんだからァ。ヘンな誤解しないでよね」


 はぁ? と顔を見合わせた俺達に、菊池はプイッと顔を背けた。


「こんなのが、私の好みのワケないじゃん」


 ――だから。それが誤解……。


 固まる俺の横で、松岡が堪らずプッと吹き出す。


「いや。ある意味、面白れぇ!」


 一通り肩を震わせて笑ってみせて、彼は唐突にバンバンと俺の肩を叩いてきた。


「かーわいそうになぁ、好みじゃねーんだってよぉ」


 遊んでるつもりなのか、わざとらしく同情した声を出す。そしてふと真剣な表情に戻ると、至極真面目に菊池へと囁いた。


「そうだよな、菊池サンとこの山下じゃ、到底不釣合いだもんな」


「そうだよねェ」


 明らかに菊池を煽った松岡は、「これは大変失礼致しました」と笑いを含んだ声で言って、カウンターへと戻って行った。


「だいたい、そのダサい眼鏡がいただけないしィ、気が利かないしィ。きっぱり言っちゃうとォ、私あんたをフッてんだからねェ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る