第2話


 学園の帰り。


  三宮の駅近くをブラブラと歩いていた俺は、突然ポンッと軽い調子で肩を叩かれて振り返った。其処には、ニッコリと笑顔を浮かべた同じクラスの菊池が立っていた。


「偶然じゃん、山下。こんなトコで何してんの?」


 首を傾げて俺を見上げた彼女は、その仕草が自分で可愛いとでも思っているのか、甘えたような声で言った。


「――ねぇ、それより私。ちょっとノド渇いちゃったんだけど、奢ってくれない?」


「はい?」


 何してんの? と訊いときながら、自分の言いたい事だけを言う。会話も何もあったモンじゃない。


「………人間レベルになってから、声かけてね」


 呆れ半分に言って、背中を向ける。立ち去ろうとした俺の腕を、菊池がガシリと掴んだ。そのまま強引に引っ張って、すぐ目の前にある喫茶店のドアを開ける。


「バッカね~、あんた。そんなんじゃ女にモテないわよぉ」


 人の話を見事なまでに聞いていない彼女は、憐れみ籠る声音で言ってくれた。


 ――いや、その台詞。そっくりそのまま返すから……。


 心の中で渇いた笑いと共に切り返した瞬間、店内のウェイターが目に入って俺は動きを止めた。




 ――あいつだ。




 勝手に早退しといて、なんでこんな所にいるんだ? と、顔を凝視する俺に、そいつは薄い微笑みを浮かべた。


「いらっしゃいませ。どうぞこちらへ」


 奥にあるテーブル席を示すと、コップとおしぼりを持って近付いて来る。


「ご注文は?」


「私ィ、アイスティー」


 見事にどう聞いても阿呆っぽいとしか言いようのない口調で言って、ふと顔を上げた菊池は「あれぇ?」と、驚いた顔をした。


「……松岡じゃーん。なんだぁ、こんなトコでバイトしてんだぁ」


 今頃気付く処が、ある意味素晴らしい。松岡はと見ると、何も気にしていない様子で笑みを浮かべたままで立っている。


「そーいや、今日はオモシロかったよねぇ、あの後小山ってばさぁ――」


 言った彼女を完全に無視して、松岡は俺に顔を向けた。


「お客様は?」


「え? ――あ……ああ、コーヒーを」


「かしこまりました」


 ペコリと頭を下げた松岡は、そのままの姿勢でチロリと俺に視線を向けた。


「何、お前。こんなのが好みなの?」


 クスリと笑った彼は、カウンターの方へと歩いて行った。


「ワン、アイスティー。ワン、ホット」

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