たけぞう

「玉手箱ってさ」

 目の前の箱を見つめながら、君は言う。

「復讐の手段だったって話があるのね」

「へえ。乙姫は浦島太郎に何の恨みが?」

 僕は、落ち着きを装いながら聞き返した。

「浦島太郎って、実は乙姫様と結婚してるんだけど」

「……そうなんだ」

「浦島太郎は、太郎なんだから長男だったのね。で、家を継ぐことにして、結婚費用のために玉手箱を開けるのよ。だから、玉手箱は太郎の裏切りへの復讐なの」

 口の端を歪めて笑う君の笑顔が、一瞬乙姫に見えた。

 僕は、そんな空想を振り払うように、言葉を繋ぐ。

「なるほど」

 そして、目の前で人差し指を立てた。

「でも、災いが入っていたからといって、それが復讐とは限らないんじゃないかな。そこには恐らく、希望も入っていた」

 君は、訝しむように首を捻る。

「何それ。玉手箱は、パンドラの箱じゃないのよ」

「……災い詰め合わせの中に、希望を入れておいたゼウスも大概だけどね。でもさ、乙姫が入れたものは毒や妖怪じゃない、時間なんだよ?」

 そう、それは決して致死性のものではない。

 ――それが、意味しているのは。

「時間?」

「そう。そこには二人が過ごした時間がこめられていた。それを災いだと思うのは、太郎の勝手じゃないか」

 一呼吸おいて、僕は君を見つめながら言う。

「そして、老人になってしまった太郎は、もう誰にも奪われない」

 今度は僕が、乙姫のように歪んだ熱情で微笑んだ。

「……どちらにしろ、仄暗い愛情ね」

 違いない、と二人で笑い合った。

「とにかく、箱の中のものが災いかどうかは、太郎が観測するまでは決定しない。災いと希望の可能性が、重ね合わせで存在している」

「何? 今度はシュレディンガーなの?」

 目を回しそうだ、とでも言いたげに君は首を振る。

 ――まったく、話を逸らしているのは君だというのに。

「ところで」

 そう言って、僕は話を本題に戻すことを宣言する。

「さっき君に渡したこの箱は、ブラックボックスじゃない。箱自体に意味はない。開けてもらわなければ、僕の意思を伝えるという目的は達成されない」

 二人の間にずっと存在していた、中身などお察しのこの箱。

 それでも、開けなければ確定はしないのだ。

「君が観測しなければ、君の答えはイエスとノーの重ね合わせのままなんだ」

 そろそろ、聞かせてくれないだろうか。

 僕がこめた時間に対する、君の答えを。

「それが、二人にとって希望であることを祈っているよ」

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たけぞう @takezaux

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