今日

追憶

「奥さん、あなたは、女王陛下に、とても似ていますね」

「よく、そう言われます」 


 その生花店の店先には、見事に花をつけた匂蕃茉莉ニオイバンマツリの鉢植えが並んでいた。

 私は、この花の香りに惑わされたかのように、気がついたら路地の奥の生花店の前に立っていたのだ。


「Yesterday-Today-and-Tomorrow」

「この花の名前を、ご存知なんですね、奥さん」

「ええ。この花には、子供だったころの思い出があるのです」



 幼かったあの夏、花が散ると私は庭師に頼んで匂蕃茉莉ニオイバンマツリの枝を、極東の美しい植木鉢に挿し木にしてもらった。

 その植木鉢を私は寝室の窓辺に置いて、毎朝、銀のジョウロで水やりをした。 

 でも、一年が経って、画家と女家庭教師ガヴァネスが結婚式をあげたことを知ると、私は花盛りの鉢を窓の外に投げ捨てた。鉢は音を立てて割れた。

 そして、その日は一日中、誰に会うことも拒否して私は泣き続けた。


 結婚した二人は宮廷を出て、国の北の海沿いの街に越して行った。その街は、彼らの故郷だということだった。

 

 私の新しい女家庭教師ガヴァネスは、王立女学院の学長を務めていた白髪の厳しい婦人にかわった。


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