籠の鳥

 その日の午後は、散々だった。

 私が鸚鵡おうむを逃したことで、館中が大騒ぎになった。

 おとうさまやおかあさまのお付きのものまでが、血眼になって鸚鵡を探し回った。


 子どもの私は、人に飼われていた鳥はかごの外では生きていけないことを知らなかった。

 おばあさまの鸚鵡は館の森や湖にやってくる渡り鳥たちとは違うということなど、思いもよらなかった。


 館中がひっくり返るような大騒ぎの中、いけ好かない女家庭教師ガヴァネスの監視のもとで、私はラテン語をつづっていた。この大騒動の罰として、彼女から書取り30ページを課せられていたのだ。

 学習室には、私の走らすペンの音だけが虚ろに響いていた。


 逃した鸚鵡の代わりに、私が籠の鳥になってしまったというわけだ。


 日が暮れる前に、鸚鵡は、庭の中の一番小さい森で見つかった。

 ちょうど、そこで、スケッチをしていた宮廷画家が見つけたのだ。画家は、私の美術の教師でもあった。

 私には画家以外にも音楽の教師がいたが、そいつは承認欲求の強いナルシストだったから、女家庭教師ガヴァネス以上に大嫌いだった。

 

 鸚鵡が見つかって、館中が安堵の空気に包まれた。

 でも、私のいる学習室だけは相変わらず、そらぞらしい沈黙に支配されていた。

 鸚鵡が見付かっても、女家庭教師ガヴァネスは、私に課したラテン語の書き取りを単語一つ減らしてはくれなかったから。

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