第3話戦う意思

魔物との戦いか。まさにファンタジーだな。

 で、僕たちを召喚した理由は純粋に戦力にするためか。分かりやすい。

 割と優しい設定でよかった。

 偶に「貴様らは生贄だ」みたいなハードな小説もあるから、そういう展開でなくて一安心だ。


 しかし他の召喚者はあまりに突然の展開に、動揺を隠せないようだ。

 誰も一言も発さない。

 沈黙が重い。こういう空気苦手なんだよなぁ……。


 永遠に続くかとすら思えた沈黙の中、ひとりの女性が呟いた。



「いきなりそんなこと言われても……怖いよ、戦うなんて」



 沈黙のせいか、その呟きはやけに響いた。

 心底怯えている様子だ。

 きっとあれが普通の人の反応なんだろうな。

 この場面で冷静でいられるのは僕のようなオタクだけだ。


 女性の呟きがきっかけで、みんな次々と喋り始める。



「ふざけんなよ! 勝手に呼び出して戦えって!?」

「いやだよ、怪我したくないし!」

「家に帰しなさいよ!」

「これリアル? ドッキリとかじゃなくて?」

「なんなんだよマジで!? わけわかんねえよ!」



 恐怖からか困惑からかみんな次々と喚き始めた。

 おー、テンプレのような叫びだな。だが、その反応も当然だろう。

 僕は過去読んできたラノベという事前情報があったから比較的冷静でいられるが、それがなければどうなっていたか分からない。

 こんな状況ではおそらく誰もまともな思考はできないんじゃないか?

 一旦落ち着いたほうがいいと思うんだが。

 かといって僕が何かして目立つのもいやだ。

 どうしたものかと考えていると、僕たちの中から一人の男が前に出た。



「皆、落ち着いてくれ! 俺の名前は諫早イサハヤ光耀コウヨウ。きっと皆混乱しているだろう。俺も正直わけがわからない。だが、今は感情に任せて喋るべきではない! 落ち着いて状況を考えよう」



 諫早は背が高く、丁寧にセットした茶髪の爽やか系イケメンだった。

 これがラノベだったらこいつが勇者ポジションに収まりそうだな。

 にしてもこんな状況でクールダウンを促せるとは、すごい順応力だ。



「王よ、勝手に発言することを許してほしい。俺たちの世界は戦いと無縁の世界だ。突然召喚されて『戦ってくれ』と言われても、はいわかりましたとは返事できない。なので、俺から2つほど確認させていただきたい。1つ目は、俺たちは元の世界に帰れるのか? 2つ目は、俺たちの安全は保証されるのか? まずはそこをはっきりしていただきたい」



 確かにそれは確認しておくべきだろう。

 というかあの諫早って奴、よく王様に堂々と質問できるな。不遜というか、豪胆というか。その上かなり落ち着いているように見える。僕なら絶対にできない。というかしない。



「そうだな、説明するべきであった。

 まず、そなたらを帰還させる手段はある。今回そなたらを召喚するにあたって、新たに作り出した召喚魔術を使用した。その召喚魔術と並列し、召喚対象を送り帰す効果を持つ帰還魔術も開発されている。それを用いれば、そなたらを元の世界に帰すことは可能だ。しかし、今すぐそなたらを帰すことはできん事情があるのだよ。

 理由は2つ。1つはその魔術を行使できる魔術師が現在存在しないからだ。召喚・帰還魔術は特殊な代物でな、莫大な魔力と専門的な技術の両方を必要とするのだ。また、行使した人間は生命力を大幅に削られてしまう。実際に今回そなたらを召喚する際に魔術を発動させた者は、術を行使し終えた瞬間衰弱しその場で倒れ込み、意識不明となってしまっている。誰かが付きっ切りで看護せねばならない状態だ。そして現在、彼ほどの魔力と知識を持つ者は誰一人としていない」



 召喚魔術とはそんなに危険な代物なのか。

 莫大な魔力……おそらく術者は先程言っていた『先祖返り』だったのだろう。

 しかも、「新たに作り出した」? つまり、召喚は初めての試みだったということか。

 そんなリスクと犠牲を払ってまで召喚をするとは、この世界はよほど切羽詰まっているのだろうか。

 それ以前に、この王様は僕たちの世界の存在を知っていて、狙って僕たちを召喚したのだろうか。

 疑問は尽きないな。

 というか……召喚された云々の辺りから気づいてはいたが、やっぱり魔法とか魔力とかはあるのか。ますます異世界っぽいな。



「しかし、仮に今すぐ帰還させることができたとしても、帰すわけにはいかない。それが二つ目の理由に関わっているのだが……。

 先程魔物の説明はした。しかし、それが我々の脅威の全てではないのだ。

 数年前、北のガルガンという国が、魔物の襲撃を受け、壊滅した。ガルガン帝国のほぼ全ての民の命が失われたが、命からがら避難して逃げ延びた民や兵士も少数ながらいた。彼らは、口を揃えてこう言ったのだ。『知性を持つ人型の魔物が襲ってきた』と。

 奴らは数百年のうちに圧倒的な速度で進化している。本能のままに暴れ回るだけでなく、知能を使うようになったいま、思考能力のある個体を魔物と一括りにしてはならない。奴らは最早魔物では無く、『魔族』と呼ぶべきだ。魔族は魔術すら自由自在に操るという。魔物の中にも魔術を使う個体は存在するが、それとは比較にならないほどの精度だそうだ。さらに、奴らは王を据え、ガルガン帝国の跡地に1つの国家を作ろうとする動きさえある。奴らは過去最悪の脅威だ。今この世界に存在する『先祖返り』だけでは到底太刀打ちできない。

 そなたらは、我々最後の希望。申し訳ないが、魔族を根絶するまで、そなたらを帰還させるわけにはいかない」


 つまり、今すぐに僕たちを帰すわけにはいかないということか。

 帰りたいなら戦え、と。

 だが王様から悪意や害意などは伝わってこない。僕たちを騙す目的ではなく本心で語っているように感じる。

 それにしても、魔族か。話を聞くに、強力な魔物が知能を得て意志を持ったといったところか。本当にそれほど強力なら、仮に僕たちが訓練を受けて戦ったとしても対抗できるのだろうか。



「しかし、そなたらの安全は可能な限り保障しよう。将来的に強力な力を手にするとしても、現時点ではそなたらは一般の市民と何も変わらない。よって、そなたらが十分に戦えるようになるまでは、王国の軍の元で訓練を受けさせよう。そこであれば、仮に負傷しても早急な治療ができる。戦闘経験も得ることができる。そなたらには決して害が加わることの無いようにするつもりだ。どうだろうか」



 サポート体制も入念、本当に至れり尽くせりの条件だ。

 よほど王様は僕たちを必要としているみたいだな。


 再び諫早がコラスル王に向かって口を開く。



「王よ。あなたが俺たちを重要視し、極力大切に扱おうとしていることは理解した。どうやらあなたには悪意はなさそうだ」



 お、今度はこっち向いた。なんか舞台の一場面を見ているようだ。

 まあ、僕当事者の一人だけど。



「俺はこの世界で、苦しむ人々のために戦おうと思う。俺は魔族の親玉を倒し、必ずやこの世界を救う! そして、元の世界に戻る手段を手にして、みんなで一緒に元の世界に戻ろう! だが俺だけでは実現は不可能だろう。君たちの協力が必要だ。だから、この世界を救いたいと思った者、元の世界に帰還したい者、どうか俺に協力してくれ!」



 真摯な声色だ。多分本心で言ってるんだろう。

 それでなければなかなかの演技派だ。

 でもこの男、本当にさっきの話を全て理解しているのだろうか。

 普通の感性を持っているなら少しは尻込みすると思うのだが。



「コウヨウがそういうなら……」

「仕方ねえな、やってやるか」

「サポートでもいいのなら協力してもいいかな」

「ま、それはそれで楽しそうだしな!」

「協力して帰れるならやってもいいぜ」



 次々と諫早に賛同する声が上がる。

 これがカリスマってやつか? すごいな。

 これは僕には本当に真似できないだろう。

 さすが諫早、さすはや。



「ヒロキ、お前はどうするんだ?」



 藍斗が僕に聞いてきた。僕の考えは分かっているはずだが、おそらく確認のためだろう。



「まあ協力するしかないよね。初めからその選択肢しか与えられてなかったようにも感じるけど」

「だよな。でもここは異世界、俺たちの常識は通じないと考えるべきだ。注意するに越したことはない。互いに、すぐに信用するような真似はしないようにしないと」

「へいへい、分かってるよ」

「ま、ラノベオタクのお前には余計なお世話かもな」

「うるさいよゲームオタク」



 下手に波風を起こしたくない。ここで対立したとして、話がこじれたら面倒だ。

 まあ、そもそも特に反対というわけでもないのだが。

 僕が少数派に回るのは、必要に迫られたときか、どうしても嫌なときだけだ。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 とりあえず皆、魔族と戦う意思を固めたようだ。


 しかし、みんなは気づいているのだろうか?

 戦うということは、命を失う可能性があるということに。

 倒すということは、命を奪うことと同義だということに。

 果たして彼らは、それらへの覚悟を持っているのだろうか。

 決断を下すには時期早慶な気がしないでもないのだが。


 ……まあ、どうでもいいか。

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