第3話 耳掃除はお好きですか?
僕は
父は
なぜ母親が居ないのかと問うと必ず悲しそうにごめんな、とだけ言うのでいつしかその質問はしなくなった。
家族は三人だけだったが、それなりに幸せな日々が続いていた。
僕が中学に上がってすぐに再婚の話が出たとき、母親の記憶はほとんどなかったにせよ、まぁ複雑な気持ちだった。しかし僕は相手の女性を見てすぐにそんな考えは吹き飛ぶ。父の幸せになるのであればという気持ちもあったけれど、それが言い訳にしかならないだろう。そもそも僕は彼女のファンだったのだ。とはいえ声優としてだから声はよく知っていても、顔はCDのCMなんかでちらっと見るだけであまり見たことが無かった。
声優は永遠に17歳だから、と笑いながら言っていたが多少本気にしてしまうほどだった。アニメや洋画の吹き替えではほとんど10代を演じているし。
家族になるとわかってから声優雑誌で水着グラビアを見かけたときはなんとも言えない気持ちになった。「うっひょーエロいよなあ? なあ?」と友人に言われてもゴクウさんの息子のゴハンみたいに「あ、ああ……」としか言えなかった。義理の母親の素肌やスリーサイズを知ってしまうというのはどうなんだろう……。中学生という多感な時期に。そもそも高校生の子供がいるのに水着写真の需要がある声優ってのもすごい話だが。
そしてその翌月、僕が中学2年。14歳になった頃、一緒に住むことになったのである。
家族7人が暮らすようになって数ヶ月、しばらくお
家の中に色気むんむんの大人の女性がいるという全く慣れない環境で非常にドギマギすることが多かった。しかしもう僕も中学3年生。そろそろお
僕は本当の母親との記憶がほとんどないので、普通の親子の関係がよくわからない。まずは
「かあさん、耳かいい」
「はいはい」
黒い革張りの大きなソファーに座った
梵天のついた竹製の耳かきを上手に使って耳を掃除しているようだ。ときおり
うーむ、羨ましい。羨ましいが、あんなに平然と出来る自信がない。だって人気声優なんですよ? ファンで武道館がいっぱいになるんですよ? もちろん、
羨ましさによるものだろうか、なんとなく耳に小指を入れていると、
これは実の息子にしてあげたことを義理の息子にもすることで、どちらも等しく自分の子供だと、別け隔てなく愛しているという意思表示なのかもしれなかった。だとするとこれを拒否するのは本当の親子になろうとする善意を裏切ることになる。それは出来ない。
これは普通の親子のコミニュケーションなんだ。そう自分に言い聞かせてえいやっと太腿にダイブした。
「いらっしゃーい」
「……失礼します」
後頭部にもこもこルームウェアの感触、左頬に柔らかな太腿。長い髪が垂れてきて、首筋をくすぐる。優しく頭を抑える左手が心地よい。まさに癒やし、母の愛。落ち着く。
――なんてことは全く無い! 心臓がバックバク言っている。
むちむちとした太腿に触れているということだけでも大変なのに、髪を撫でられたり、いい匂いがしたり、ときおり胸が頭に当たったり、ふーっと息をかけられたり。
無理! 胸の高鳴りが伝わってしまうのでないかと気が気ではない。手からは汗が吹き出し、悟られないようポケットにしまいこんだ。
「ふみゅ? 緊張しているのかな~?」
ぶっ!
思わず吹き出してしまった。
こ、この声は……。
「ふみゅん、お兄ちゃん、どおしたの?」
あああああ!? やっぱり!?
これは、これはっ!?
「ま、
「あっ、やっぱり知っててくれたんだ~♪ 嬉しい~」
嬉しそうに頭を撫でる
「あ、いや、まぁほら父さんも仕事してるし」
「正義さんはドラマCD版なんて何もしてないわよ~?」
またぎちゃんはいわゆるスピンオフ作品だ。父さんは本編で演出をやっていただけであり、直接仕事はしていない。別の言い訳を考えるが、頭などとっくに正常に働いていない。
「ええっと、その、あの」
「ふみゅ~。本当は?」
ううっ! 反則だろ、これ。耳元でキャラが、またぎちゃんが……。もうダメだ。
「ファンでした……」
「んふふ、そうでしょ? 本棚にドラマCD同梱付き限定版が置いてあったもん」
バレてたのか……。ファンサービスということならば、こちらとしてはせいぜいファンとして感謝するほかない。
「実はラジオも全部聞いてました……」
「え、そうなんだ~、嬉しい~」
「FAXも送ってました」
「ほんと? ラジオネームは?」
「り、リトルジャスティス」
「あー!? あれ勇気君だったの!? ひょっとして正義さんの子供だからリトルジャスティス!? うふふ、そっかー」
これが耳掃除をする一般的な親子の会話でしょうか。いや、ない(反語)
憧れの美人声優に直接ファンとしての交流をする機会として、耳掃除というシチュエーションはあるのでしょうか。いや、ない(反語)
耳は耳かきによって物理的に、キャラクターの声によって心理的に
ところが少しでも身じろぎすると、頬には太腿の感触が、頭には胸の感触が襲う。ううう、無理だろこの状況で平然としているとか……。
「はい、逆向いて」
逆!? それはそうだ、右耳だけ掘られたら左の耳が痒いまま。しかし、それって奈美さんの体の方を向くってことだよね!?
ごくり。
生唾を飲みつつ、身体をくるりと返した。恥ずかしさから目を瞑るが、先程までの何倍ものいい匂いに包まれる。体温や息遣いまでも感じる。うーん、あったかくて柔らかくていい匂いっていうのは母親らしい要素なんだけれども、どうにもこうにもやすらぎではなく興奮が襲ってくるから何か違うと思う!
「こぉら、そんなに動かないの」
いや、むしろ頭に乗ってくる大きな胸の感触のほうが僕より遥かに動いていると思うのですけど。母性というよりも女性を感じるのですけど。結果的に腰が引けてしまうだけで動きたいわけではないのですけど!
「よし、掘れたっ」
こっちも惚れたっ、て感じです!
「じゃ仕上げね~」
耳の穴を梵天でこちょこちょと擽られる。脳天を擽られているかのようだ。耳掃除をされるというのはこんな一大イベントだったのか、もうなんか疲れました!
「はい、おしまい」
「あ、ありがとう、ございました」
「いいのよ~、いつでも言ってね? 私はお母さんなんだから」
は~。ちょっと、まだそう呼べない感じです……。
ふぁみこん!~Family Complex~ 暮影司(ぐれえいじ) @grayage14
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