饅頭

一ノ瀬ケロ(千ノ蘆花)

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 この平和な城下町で、殺人事件が短期間に3度も起こった。

 初めの被害者は商人(あきんど)だった。小判を1枚も所持しておらず、物盗り目的であったと思われる。

 2人目はうどん屋の娘だった。身ぐるみをすべて剥がされ、町外れの木の下で無残な姿となっていた。

 3人目はお役人だった。首をかき切られ、何度も腹や胸に刃物を突き立てたあとがあった。強い恨みから行われたものと推測された。

 日を空けずに3人も次々と殺されたが、いずれも犯行動機に共通項が見られないことから、同一犯という見立ては当初なされていなかった。が、とある人物がすべての現場で目撃されている、ということが分かった。

 それはかつて、"剣豪"と呼ばれていた流浪人だった。荒れた時代には戦場にて並々ならぬ戦果をあげたものの、あまり良くない家の生まれであったことと、平和な時代となったことから、どこにも侍として召し上げられることなく、ふらふらとさまよっている人物である。

 当然のように、というべきであろうか、この人物には悪い噂もあった。かつて戦国時代を暗躍していた、忍の一族の一部が里を抜けてならず者集団となったのだが、彼らとの繋がりがあると言われているのだ。

 この忍の一族である私の任務は、この人物の素性を調べることだった。一族の恥とされる抜け忍集団、そしてそれと繋がっていると目される流浪人が平和な町を脅かしているとすれば、そういった任務が下されるのは当然のことであった。

 そしてたった今、私は屋根裏で、頭領と流浪人が会っているところを見ている。

「お主が町娘と小役人をやってくれたおかげで、それぞれが関係のある事件とは思われないであろう。これで目をくらませてやれる」

「…………」

「あの商人、なぜだか知らんが大量の小判を所持しておったからな。あのような者より我々の方が有効に使ってやれるというものだ」

 頭領は厭らしい笑顔を浮かべている。流浪人は目を伏せ頭を垂れて正座しており、一言も発さない。

「ふ、しかしまぁ、かつての剣豪も今やこのざまとはな。着ているのはボロ、髷もゆわず……功労者にこういうことを言うのはあれだがな」

 頭領は、カカ、と笑う。

「さて、その金の一部だ。褒美だ、お前にやろう」

 流浪人は、ゆらり、と立ち上がり近づき、小判に手を伸ばした。刹那、頭領の胸には深々と、刀が突き刺さっていた。

 頭領は、こふ、と血を吐く。

「き……さま……なぜ……」

「……とある浪人がいた。かつては剣豪と呼ばれ、持て囃され、戦乱の時代には一騎当千の活躍を見せたという。だが、時代は変わった。剣豪は食うにも困るような生活を送るようになった。家柄も良くない者には手を差し伸べてくれるものもいない。ボロ切れを纏い、町外れでただぼう、としながら座り込んでいたときだ。一つ、たった一つの饅頭を恵んでくれたものがいた」

 剣豪は、ぐ、と力を入れてより深く刀を差し込む。

「まるで浪人の風体や素性など一切気にもしないかのようだった。その者と私はしばし語り合った。その商人は、大口の取り引きがある、と嬉しそうに笑っていた。とても明るい笑顔を浮かべる者だった……その者が無残にも殺されたのはそれから日が二度昇ったあとだった」

 頭領はとうに事切れているが、剣豪はぽつ、ぽつと語り続ける。

「たった一つの饅頭ではあるが、それだけで仇を討つには充分だ……さて」

 気のせいかもしれない、が、剣豪はチラ、と屋根裏の方を見た。

「罪のない者まで手をかけたのだ、本来はこの場で腹を切るべきなのだろう。だがどうせこの手は汚れ切っている。今更その罪をそそごうなど虫が良かろうて。……このまま飢えて野垂れ死ぬのが相応よ」

 浪人は頭領を刺したときとは打って変わって、覚束ない足取りで部屋をあとにした。頭領を失ったごろつきは散り散りとなり、浪人はそのまま行方不明となった。

 以上の顛末をすべて報告して、私の任務は完了した。



 

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饅頭 一ノ瀬ケロ(千ノ蘆花) @rkccen

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