第4話:妖精剣を手に……

「どわあっ!」


 慌てて避けようとした晴人だったのだが、その動きは先程までとは明らかな違いを見せていた。

 一歩踏み出しただけで数メートル先に体があり、更に一歩踏み出せば一瞬にしてエミリアのところに辿り着いたのだ。


「エ、エミリアさん、大丈夫?」

「ハ、ルト。あなたは、いったい?」

「そんなことよりこれ、光を浴びていたら傷が治ったんだ! エミリアさんもどうかな?」


 妖精剣エターニアをエミリアの体に触れさせると、光はエミリアの体にも集約されてその体を癒やし始めた。


「……す、すごい。これ、何なの?」

「俺にも分かんない。でも、これが現れる前に変な声が聞こえたんだ」

「声?」

「なんか、幼い子供みたいな声だった。その声が、これは妖精剣エターニアだって——」

「エ、妖精剣エターニアですって!?」


 妖精剣エターニアの名前を聞いたエミリアは、驚きのあまり大声を上げていた。


「これって、そんなに凄い剣なの?」

妖精剣エターニアって言ったら、妖精の王に気に入られた者しか手にすることができない剣だって言われているわ。御伽噺おとぎばなしの世界だと思っていたけど……」


 気になることは多くある。だが、そのことを考えさせてもらえるほど牛頭人体ミノタウロスは甘くはない。

 鼻息荒く、二人を赤く染まった双眸で睨みつけながら、大斧ハルバートを掲げて駆け出してきた。


「剣術は?」

「できません!」

「なら、私が牛頭人体ミノタウロスから隙を作るから、ハルトは妖精剣エターニアで一撃を与えてちょうだい」

「えっ! で、できないって言ってるのに!」

「大丈夫よ。妖精剣エターニアは魔を祓う剣だと言われているの。たった一撃で構わない。その一撃が当たりさえすれば、牛頭人体ミノタウロスを倒すことができるわ」

「そ、そんなこと言われても——」

「任せたわね!」

「ちょっと、エミリアさん!」


 エミリアは晴人の答えを待つことなく駆け出した。

 牛頭人体ミノタウロスが迫ってきているので春人から離れなければと判断したのだ。

 属性銃エレメントリボルバーの銃身を牛頭人体ミノタウロスへ向けて早撃ち——その数は三発。

 火炎弾フレイムバレット風塊弾ウインドバレット、そして鋼の針を撃ち出す綱針弾スチールバレット

 火炎弾フレイムバレット風塊弾ウインドバレットをぶつけて炎を威力を増幅、そこに綱針弾スチールバレットを突っ込ませることで火炎を纏った鋼の針が牛頭人体ミノタウロスに殺到。

 牛頭人体ミノタウロス大斧ハルバートを全力で横薙ぐと鋼の針が吹き飛ばされ、風圧で増幅するされた火炎が消失する。

 エミリアはそこで撃ち止めとはならず、新たな弾丸を撃ち出した。


氷結弾アイスバレット!」


 青い軌跡を作り出した氷結弾アイスバレット牛頭人体ミノタウロスの足元に着弾すると、地面を巻き込みながら凍らせてしまう。

 牛頭人体ミノタウロスの両足も例に漏れず、一瞬だが動きを止めることに成功する。


「こ、ここかな?」

「まだよ!」


 晴人が駆け出そうとしたところでエミリアから声が掛かる。

 その直後、自由な両腕が激しく振るわれて大斧ハルバートが地面を削り取ると、晴人を傷だらけにした大量の石礫が全方位に打ち出された。

 このタイミングで晴人が突っ込んでいれば、先ほどの二の舞になっていただろう。


「次で、決めるわよ!」


 満を持してエミリアが撃ち出した属性弾エレメントバレットは、最速の黄色い弾丸——雷撃弾サンダーバレット

 その軌跡を目で追うこと叶わず、いかに最下層の主エリアボスといえども回避は不可能。

 だが、牛頭人体ミノタウロスは反応してみせた。

 大斧ハルバートの柄を地面に突き刺して盾代わりにすると、大斧ハルバートの腹に雷撃弾サンダーバレットが着弾。

 まさかの不発——かに思われたが、雷撃弾サンダーバレットの真骨頂は着弾してからである。防いだからといってその効果が減少することはない。


『ブモ! ブ、ブモオオオオォォッ……』


 雷撃弾サンダーバレット最大の効果は麻痺である。

 着弾したら最後、麻痺耐性を持つ相手でなければ数秒間は体の自由が奪われる。

 ならば——ここしかない。


「ハルト!」

「おうっ!」


 エミリアの合図で駆け出したハルト。

 燃えるような双眸で睨みつけてくる牛頭人体ミノタウロスだが、口を動かすこともできないので大咆哮ハウルを放つことも不可能。

 彼我の距離が妖精剣エターニアのおかげで一秒とかからずに埋まると、全力の袈裟斬りを放つ。

 素人が振るう袈裟斬りは、エミリアの助けがあって初めて牛頭人体ミノタウロスに届いた。

 刀身は一切の抵抗を受けることなく左肩から右脇腹へと抜けて両断した。


『ブ……ブモゥ…………』


 何が起きたのか分からなかったのだろう。牛頭人体ミノタウロスは情けない声を漏らすのと同時に、ずるりと音を立てて崩れ落ちていく。

 地面を赤く染めた牛頭人体ミノタウロスの死体の横で、春人は荒い呼吸を繰り返していた。


「はあ、はあ、はあ、はあ……お、終わった、のか?」


 振り返りエミリアを見ると、その顔は満面の笑みを浮かべていた。


「終わったのよ、ハルト!」

「……そうか——どわあっ!」


 いまだ呆けていた春人めがけて、エミリアが飛び込んでくる。

 目の前を埋め尽くすのは大きく弾む二つの山。

 恥ずかしがることもなくエミリアは春人を抱き締めて、豊満な山の谷間に顔を埋める結果になった。


「はふっ! ちょっと、エミリアさん、く、苦しい!」

「あっ……ご、ごめんなさい!」


 顔を真っ赤にして体を離すエミリア。

 苦しいと口にしたものの、少しもったいないことをしたと後悔してしまう春人だったが、すぐに気持ちを切り替えた。


「これから、どうしたらいいんですか?」


 春人の疑問に、エミリアは少し頬を朱に染めて答える。


最下層の主エリアボスを倒したから、このダンジョンは崩壊するわ」

「ほ、崩壊!?」

「でも安心して。私達は自動的にダンジョンの入口に転移するから」

「て、転移ですか」


 安全に帰れるのなら問題はないかと思い直した春人だったが、何故かエミリアは俯いている。そして——


「ご、ごめんなさい!」


 突然謝ってきた。

 何事かと首を傾げていると、その理由を教えてくれた。


「き、金銀財宝が、このダンジョンには無かったから……」


 そういえば、一番最初にそんなことを言っていたなと今更ながらに思い出す。


「……気にしてないよ」

「えっ?」

「こんな非日常を体験することなんて、普通ならあり得ないからさ。まあ、楽しかったよ」


 頬を掻きながら、明後日の方向を見ながらそう答える春人。

 エミリアは顔をあげると、少し潤ませた瞳で一言——


「ありがとう」


 そして満面の笑みが向けられると、二人の体が光に包まれた。


「これが、転移なのかな?」

「……これで、お別れね」

「えっ?」


 エミリアが小さく呟いた直後——春人は玄関の前に一人で立ち尽くしていた。

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