第3話:最下層にて……

 扉の先にいた最下層の主エリアボスは、牛の頭に人の体を持つ化物モンスター——牛頭人体ミノタウロスだった。

 属性銃エレメントリボルバーを握りしめ、牛頭人体ミノタウロスと対峙するエミリア。

 晴人はるとは後方からその様子を眺めている。

 ここまでの道のりと同様にエミリアが瞬殺してくれるのだろうと勝手に予想していたが——その予想は即座に打ち砕かれた。


『——ブルオオオオオオォォッ!』


 牛頭人体ミノタウロスは右手に持つ大斧ハルバートを掲げながら咆哮。部屋ルームの壁が大きく揺れてむき出しの岩肌から砕けた破片がこぼれ落ちる。

 牛頭人体ミノタウロスの威嚇——大咆哮ハウルによって晴人は身動き一つ取れなくなってしまった。


「な、なんだよ、これ……」


 あまりの恐怖に足が震え、視線を牛頭人体ミノタウロスから外すことができなくなる。

 春人は最下層の主エリアボスをエミリアが一人で相手取ることが自殺行為なのではないかと考えてしまった。

 だが——


火炎弾フレイムバレット!」


 リボルバーから打ち出された火炎弾フレイムバレット牛頭人体ミノタウロスに着弾すると、激しい炎がその体を包み込む。


風塊弾ウインドバレット!」


 畳み掛けるようにして風塊弾ウインドバレットを撃ち出して燃え上がる炎の勢いを更に加速させていく。

 結果——牛頭人体ミノタウロスを中心に莫大な熱量を持った火柱が打ち上がった。


「……す、すげぇ」


 あまりの熱量、そして光景に大咆哮ハウルの影響が解け始めていた晴人の口から感嘆の呟きがこぼれ落ちる。

 一撃必殺。これで家の前に現れた洞窟は無くなるのだとホッとした——のだが、それは早計だった。


『——ブルオオオオオオォォッ!』


 再びの大咆哮ハウル。それも火柱を吹き飛ばしながらの大咆哮ハウルに再び体が硬直してしまった。


「ちいっ! これで倒しきれないの!」


 駆け出したエミリアは、リボルバーを右手に持ち接近を試みる。

 頭の中にあるのは、超至近距離——〇距離からの特大火炎弾ビッグフレイムバレットを叩き込むこと。

 炎を纏った大斧ハルバートが横薙ぎに振るわれると、姿勢を地面すれすれまで落とし大斧ハルバートの下をかい潜る。纏っている炎に肌を焼かれるが支障はない。

 直後には左足蹴り上げが放たれるが、半身を取りつつ牛頭人体ミノタウロスの右から回り込み真後ろを取った。


(——いける、これなら!)


 エミリアは確信した。

 火炎弾フレイムバレットは威力が四方へ分散してしまう傾向があるのだが、〇距離からならばそういった心配はない。

 さらに火力を一転に集中させた特大火炎大ビッグフレイムバレットともなれば、いかに最下層の主エリアボスとはいえど致命傷は避けられないはずだ——そのはずだった。


 ——メリッ。


「——えっ?」


 前傾姿勢を取った牛頭人体ミノタウロスの後ろ蹴りが、全く無警戒だったエミリアの腹部にめり込んだ。

 吹き飛ぶエミリアの体は、まるで人形のように抵抗することなく壁に激突しそのままめり込む。大量に吐血して地面を赤く染め上げる。

 エミリアは、そのまま動かなくなってしまった。


「……うそ、だろ?」


 そう呟くのが、晴人には限界だった。

 何故か? それは、牛頭人体ミノタウロスが晴人を見ていたからだ。大咆哮ハウル以上の恐怖が、その双眸から放たれている。

 足がすくみ、動けない。

 頼みのエミリアは壁の飾りになっている。

 これで、終わりだ。


「——……に、逃げて」


 だが、その中でエミリアはなんとか意識を取り戻した。

 そして、巻き込んでしまった晴人に逃げろと伝えてきたのだ。


「……エミリア、さん」

「にげ、なさい、ハルト」


 エミリアを振り返った牛頭人体ミノタウロスだったが、動けないと確認すると視線を晴人へと戻す。

 戦う力を持たない晴人にできることは何もない。今ここで逃げ出すか、牛頭人体ミノタウロスに為す術なく殺されるか、あるのはこの二択だけ。

 選ぶべきは逃げ出すことなのだろう。

 だが、晴人にはどうしてもできなかった。


 足が動かないから? ——違う!

 エミリアに格好悪い姿を見せたくないから? ——違う!

 このまま殺されてもいいから? ——もっと違う!


 晴人は、最後の最後まで足掻こうと決めていた。

 自分を頼ってくれたエミリアを助けるために。何もできないことは分かっているが、それでも何かをしたいと心の底から思ってしまった。

 ならば、足掻こうではないか。できないならば、できないなりに足掻いてみせよう。そして、エミリアが逃げる時間を稼ごうじゃないか!


「——……こ、来いよ、牛頭! 俺が相手をしてやる!」

「ハ、ハルト!」

『……ブルルルルゥゥ』


 鼻息荒く晴人を睨みつける牛頭人体ミノタウロスは、大斧ハルバートを振り上げるとそのまま地面を粉砕する。

 大量の石礫が晴人の体を打ち付けた。


「——ガハッ!」


 たった一振り。それも、直接攻撃ではなくただの石礫。それだけで、晴人の体は傷だらけになってしまう。

 手応えのない相手に、牛頭人体ミノタウロスは首を傾げて数秒後、大斧ハルバートを肩に担いでゆっくりと近づいてきた。

 痛みに耐えながら、晴人はそれでも牛頭人体ミノタウロスを睨みつけている。この手に、何かしらの武器があれば振り回していただろう。

 そこに——幻聴が聞こえてきた。


(——チカラガホシイノ?)

「……だ、だれ、だ?」

(——チカラガ、ホシイノ?)

「……ち、力? あぁ、欲しいね。今すぐ、切実に」

(——イイヨ、アゲル。コレヲツカッテ)

「……あんた、何を言って……いるの、か……えっ?」


 牛頭人体ミノタウロスが双眸を見開いた。

 エミリアの瞳も困惑に包まれている。

 そして、当の本人である晴人が一番混乱していた。

 突如として右手の中に謎の剣が握られていたからだ。


(——ソレハエターニアダヨ)

「エ、妖精剣エターニア?」


 妖精剣エターニアを手にした晴人の体には不思議な事が起きていた。


「体が光ってる? それに、傷も治ってる!」


 光は傷口に集まっており、集約されてから数秒で傷を癒していた。

 その光景を目の当たりにした牛頭人体ミノタウロスは怒り狂い、双眸を赤く染めて晴人へ突進してきた。

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