キャラクターと「面白さ」(ネタバレ注意)
ダイ ~ ダイの大冒険
某高校の図書室。文芸部所属の一年生、みひろが机に向かい、ノートに何やら書き込んでいる。
「なにしているの?」
背後から声をかけたのは文芸部の先輩だ。
「あ、へぇちゃん先輩。ラノベのキャラ設定を考えていたんですけど、上手くいかなくって」
みひろはその先輩の名前をニックネームでしか知らない。なんでも担任ですらそうらしい。部員のみんなは、先輩は宇宙のあらゆる因果の元締めだと口をそろえる。もっともこれは「設定」に違いない。ニーチェかサルトルか、などと小難しい哲学の議論をしていたのは大昔の話。今の文芸部では自分のキャラ設定を考え、共有することが流行の遊びなのだ。
「どんなストーリー?」へぇちゃん先輩が聞いてきた。
「ええっと、ダイって名前の男の子が強敵とのバトルを通して成長したり、仲間との友情を育んだりする話を書きたいんですが、そこから先が思い浮かびません」
「ふうん、『敵を倒す』ね。ダイは子供なのにどうやって強敵を倒せるのかしら?」
「それは……、ダイは実は戦闘民族の末裔で隠された力を持っているんです。ピンチになるとそれが覚醒します」
「なるほど。
「いえ、でもちょっとかっこいい響きですね」
「要するに優れた血統の主人公が元々いた場所を追われ、あちこち放浪しながら活躍するって話。主人公が自分の出自を知っている場合と知らない場合があるけど、知らない場合の方が取り込める『面白さ』が多くなるからお勧めよ」
●貴種流離譚と「面白さ」
自分の出自を探し求める→「謎を解く」「取りに行く・会いに行く」
追い出した張本人(大抵は父親)を突き止め、
倒す→「敵を倒す」
成長を認めさせる→「認めさせる」
和解する→「和解させる」
追い出すには理由があるはず。その理由が、
さらに大きな悪である場合→「敵を倒す」
なんらかの迷信や言い伝え(例えば「双子は災いをもたらす」など)→「和解させる」
「じゃあ、詳しく設定してゆきましょうか。ダイがバトル生活を始めるきっかけは? それともバトルが日常茶飯事の世界なの?」
「うーん、平和に暮らしていたところに突然敵が現れて、闘いになるって感じでしょうか。それで危機一髪になったところで不思議な力が覚醒し、ピンチを切り抜ける」
「冒頭をアクションで始めるのは教科書通りね。基本は大事。仲間との出会いは? 成長要素もあるなら、戦い方を教えてくれる先生とかはどうやって知り合うの?」
「やっぱり同年代の仲間がいいので……。同じクラスの友達とか?」
「それもいいけど、最初から友達だと『友情を育む』のが難しくなっちゃうよ? それに同級生の中から、戦友となってくれる友達をどんな基準で選ぶのかしら?」
「確かに。どうしよ」
「基本的に物語のキャラに自由意志は存在しないの。たまーに重要な場面で主人公が自らの意志で進む道を決めることもあるけど、それはそのように演出されているだけで、それまでの物語やキャラ設定から選ぶ道は決まっていることがほとんどね。友達や先生との出会いが主人公の意志とは関係なく起こるとしたら、どんなことが考えられる?」
「不思議な力でも太刀打ちできないことが起こって、それを親切な先生が助けてくれるとか?」
「そうそう。それならダイの未熟さを示せて、成長を描くことができるようになるね。ついでにこうしましょう。『先生はダイを助けるために死ぬ』」
「えっ。もう死んじゃうんですか」
「ええ。『敵を倒す』がメインなら、敵へのヘイトを高めるのは大事。それから自分の未熟さのせいで誰かが死んだなら、成長するように努力する以外の選択肢はなくなるでしょ。こういう風にキャラの自由意志が入り込む余地を塞いでゆくのよ」
「なるほど。その先生の弟子と一緒に先生の弔い合戦の旅に出かける。熱い展開ですね!」
「うん。物語の端緒はこんなものね」
「さて、貴種流離譚によると、次の山場は父親との対面になるんだけど、ダイと父親はどんな関係? 平和な世界をバトル世界にしてしまった黒幕? その場合は最後は父親を殺して『敵を倒す』を達成しないといけないけど?」
「そういう重たいのはちょっと……。やっぱりダイはお父さんとのバトルに勝利して、『強くなったな』とか言ってもらって和解させてあげたいです」
「それなら父親は何らかの理由で黒幕に協力せざるを得なくなっているという設定はどう? バトルに勝利することプラス、その『何らかの理由』を解消することによって父親に認めてもらい、和解が成立する。スマートでしょ?」
「はい。お父さんに認めてもらって自信をつければ、黒幕に挑戦する力にもなりますね」
「ところで『認めさせる』で、認めたことを表現する一番強い方法は何だと思う?」
「面と向かって直接言うことですか?『お前がナンバーワンだ』とか」
「ううん。そのキャラのために死ぬ事よ。この場合、ダイの父親はダイのために死ぬ」
「なんだか、みんな死んじゃうんですね……。淋しいです」
「嫌? 『やりすごす』を応用すれば、死んだように見えたが何らかの理由で実は生きていた、というのも可能よ。緊張感が薄れるからやり過ぎないことが重要だけど」
「挫折したときとかに夢の中で励ましてくれるとかでもいいんですか?」
「それが一番無難ね。でもいっそ清々しく、最後の闘いの直前で、それまでダイのために身を犠牲にした人たちが助けに駆けつけ、全員集合するというのも意外に感動するものよ。要は何度も繰り返し、だらだらとじゃなく、最後に一回だけなら効果的ってこと」
「それ、いいですね。そうします」
「さあ、いい作品、書けそう?」
「はい! 熱いバトル、成長と友情と自己犠牲の物語が書けそうです!」
「そのままでは無理だけどね。もうすでに『ダイの大冒険』って作品があるから」
ズコー。
「もうあるんですか。それならそうと言ってくださいよ~」
「ごめんね。じゃあ次回は『ダイの大冒険』からポップというキャラの設定を考えてみましょう。それまでに漫画を読んでおいてね」
「はい~」
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