ポップ ~ ダイの大冒険
(「ダイの大冒険」漫画版を読了していることを前提にしています。ご了承ください)
先輩との約束の日になったので、昼休みにみひろは文芸部の部室に行った。薄暗い部屋、明るく日が差す窓のそばに古い安楽椅子がある。文学っぽいというだけの理由で誰かが持ち込んだものだ。その大きな木の椅子に丸まるようにして先輩が昼寝をしていた。普段涼しげな光を発する目は柔らかく閉じ、直線的な眉毛は力が抜けて弧を描いている。先輩の目から不意に湧いた涙の粒が、目尻の方に転がっていった。
「先輩?」
声をかけると、まぶたがゆっくりと開かれた。
「みひろ、おはよう」
「悪い夢でも見たんですか?」
「因果でできた巨大な機械を眺めていたの。整然と回る歯車の群れ。そんな中に『人間』という行儀の悪い歯車があって、軋んだり火花を散らしたりしながら、ついには機械全体のあり方を変えてしまう。その様子が美しくてね」
「先輩のキャラ設定の話ですか。因果を司るっていう」
「いえ『面白さ』のことを言っているのよ、『ダイの大冒険』の。読んできた?」
「はい! 互いに助け合う仲間たち、敵にもしっかりとした哲学があって印象的なセリフが多く、大味な『友情・努力・勝利』ものと思いきや意外ときめ細かく練られたお話だと思いました」
「あなた、誰の視点で読んだの?」
「いえ、特に気にせず、普通に読みましたけど……」
「今日はポップの解説をするんだから、彼の視点で読まなきゃダメよ。明日またやるから読み直してきてね」
「は~い」
※
翌日。みひろは昨日ほど確信が持てなくなっていた。
「先輩、ポップ君の扱い、酷くないですか?」
「どういうところが?」
1. 第一の魔王軍団長、クロコダインと戦う頃にはすでに師のアバンに引けを取らない知略と覚悟を見せたポップ。彼はもう臆病でもなんでもないのに、それより後に初めて会ったレオナ姫に不当な偏見を持たれる。
2. 大魔王の城門の前で、わざと憎まれ口を叩いてパーティから外れようとするヒュンケルにポップは反発する。ヒュンケルの狙いは自ら囮となって敵を分散させることだった。バカね、あなたもやったことじゃない、とレオナ姫はたしなめる。実際ポップも以前同じことをやった。その時レオナ姫は憎まれ口を叩くポップのほおを平手打ちしたが、ポップの意図に気がついた後もレオナ姫からの謝罪はなかったのだった。
「そう、レオナ姫です。なんで彼女はあんなに上から目線なんですか? 自分はほとんどバトルの役に立っていないくせに」
「まあまあ、あまり熱くならないで。緻密な物語に見えても視点を変えると意外とアラが見えてくる。それに気づけて良かったじゃない。もちろん普通に楽しむ分には問題ないから、それによって作品の価値が下がるなんて事はないわ。ただ作る側を目指すなら、そういう見方ができたら便利ってだけのこと」
「そう、なんですか……」
「そ。それよりも何があなたにそこまでポップの味方をさせるのか、ということの方が重要だし、参考にすべきことよ。じゃあ、前置きが長くなったけど、ポップのキャラ設定と『面白さ』について考察していきましょう」
●ポップのキャラ設定と「認めさせる」
1. ポップは通りかかった勇者アバンの強さに憧れ、自らの意志で彼に付き従う。
2. 頼りにならなさそうな見た目、怠け癖、異性が気になるのに奥手、という明確な弱点を持つ。
3. 周りの仲間がみな「貴種」であることにコンプレックスを抱く。
4. 彼自身は貴種ではないため、覚醒などの奇跡に頼れない。よってもっぱら知略のみで戦う。
5. 運命に逆らう。
「いきなり核心からいくけど、5がポップの『面白さ』の源泉よ。彼にとって一番自然で無理のない、別の人生はどんな感じか想像できる?」
「実家の武器屋を継いでのんびり暮らしていたかなあ。努力が嫌いだから特に店も大きくならず、時々浮気をして奥さんに怒られたりするかも」
「わりと具体的に思い浮かぶでしょ。他のキャラはそうはいかないわよ。ポップはその『無理のない人生』を選ばず、自分の意志で貴種ばかりのパーティに入ってきた。彼には自由意志がある(ように見える)。これが一番のポイント」
「わざわざ困難な道を選んだんですね」
「『人(に類するもの)が困難なことをやる』っていう、『面白さ』の定義に則っているわね。パーティに入ってからも、ポップは随所で運命に逆らうわ。例えばダイの父親バランによって記憶を消され、父親に服従しようとするダイを命がけで阻止する。それからキルバーンの罠にかかって絶体絶命のダイを身を挺して守る、など」
「でも、ダイだってポップのピンチを何度も救ってます。なにが違うんですか」
「ダイは自分が持つ、竜の騎士としての圧倒的な力を使ってそうするのよ。私はそこが
「そういえばポップが精一杯頑張っても根本的な解決にならず、最後は誰かの奇跡に頼るという展開が多いような気がします」
「いいところに気づいたね。さっきの例で言えば、捨て身の攻撃をかわされ、命を落としたポップをその献身に心を動かされたバランが復活させるとか、キルバーンの罠からダイを脱出させることには成功したが、自分は取り残されて絶望しているところに死んだはずのアバンが助けに来るとかね。最後は奇跡に助けられるけど、それまでのあがきに対する読者の評価は下がらない。『面白さ』においては結果だけじゃなく、過程が大いに認められるのよ」
●しかし仲間には認められない
「あなたが言ったとおり、ポップが初めて師アバン並みの知略と勇気を見せるのはクロコダイン戦の時。作品全体の1/10にも満たない最序盤の闘いよ。それなのに彼はほぼ一貫して『情けない男』のレッテルを貼られているわ。それが極めて客観的に示されるのが『アバンのしるし』エピソード。他のみんなの『しるし』は光り輝くのに、ポップのだけは光らない。自分が未だにアバンに認められていないんじゃないかと彼は悩むのよ」
「それまで何度も勇気を出して戦ってきたのに、勇気(ポップの『しるし』は『勇気』を象徴している)がないって言われるのはおかしいと思いました」
「作中人物の主観や、さらに悪いことに試金石とも呼べるものの判定結果と読者の印象にずれが生じてしまっているのよね。これは非常に危険で、作品にとっての致命傷になり得るのだけれど、ポップの場合はそれが読者の同情を惹く要素になってるわ。怪我の功名ね」
「確かにポップは結構重要な役割を担っているのに、報われないですね」
「『認めさせる』の意味で彼を認めたのは変わり者の魔法使いマトリフだけだからね。マトリフは自分の命をかけてポップを救ったり、才能を認め、最終奥義の魔法メドローアを授けたりしているわ。ポップの方も彼に完全に打ち解けて、あんたのできることは全部できるようになってやる、だからもう無理するな、と老体を気遣うことを言ったりするのよ」
「メルルはどうですか? 彼女もポップを身を挺して守りましたけど」
「メルルは敵の強大さを演出するための舞台装置の域を出ていないわね。ポップのことを好きな理由もあまり掘り下げられていなかったし、なにしろポップからメルルへの対話なり行動がほとんどないからよく分からないのよ」
「その同情を惹くっていうの、上手く使えないですかね」
「おや、作る側の意識になってきてるじゃない。ヒーローものでよく使われてるわよ。普段は情けないがやるときはやる主人公。スーパーマン、スパイダーマン、『シティハンター』の冴羽獠、『必殺仕事人』の中村主水などなど。でも情けないという評価は周りの人物の主観で、客観的に示されることはないわ。だって正体は正真正銘のヒーロー、そういう設定なんだから」
●知略とシステム
「貴種ではないキャラは自力で覚醒や奇跡を起こすことができず、知恵に頼るしかない。そして知略を成立させるには、きっちりしたルールやシステムが要る。能力や魔法の相性や性質についての設定はオマケ要素じゃないのよ」
「考察好きや二次創作者のためのサービス、あるいは作者の自己満足かと思ってました」
「まあ設定方法自体は『面白さ』に関係ないので省略ね」
●「パートナーを得る」
「ポップとマァムの関係も目立つ要素だから一応取り上げるけど、ほぼ『認めさせる』と同じね。なかなかマァムにポップが認めてもらえないのも同じ。まあ普段、からかってくる相手に急に告白されても返事に困るというのは普通の反応だけど」
「『弟みたい』って返事、ほぼ脈なしですよね」
「ポップにとって長期戦は避けられないわね」
●まとめ
「まとめると、ポップは血統などのアドバンテージもなく、いろいろな弱点を抱えながらも自分の意志で困難に挑戦し、奇跡に頼らない。しかし仲間になかなか認められないので読者に同情される。これが彼が愛される理由と言えるわね」
「なんかサブキャラというより、主人公みたいです」
「そう考える人は案外多いかもね。運命に逆らおうとする人は、成功するにせよ失敗するにせよ、魅力的だから」
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