ゲーム 「謎を解く」

 デヴィッド・フィンチャー監督、マイケル・ダグラス主演、1997年公開の「ゲーム」です。「謎を解く」は理論編にはありません。理論編で解説した「知識を得る」と「俯瞰する」をまとめて「謎を解く」に変えました。単純に知識を得る面白さは感情を動かされる「面白さ」とは違う、というのが理由です。


 謎を解く、と聞くと推理小説のトリックを解き明かすことを連想します。しかし「面白さの」方の「謎を解く」にはトリックの有無は関係なく、キャラが困難を乗り越えて真相に迫ってゆく過程で生じる感情の高ぶりのことを指します。トリックについては他の人の優れた解説がたくさんありますので、そちらを参照してくださいね。


 しかし実現方法は推理小説と共通する点もあります。それはミスリードが至る所に施されているということ。相違点はそれがトリックを隠すためではなく、なぜそうなったのかを隠すことに重点が置かれていることです。


 あと、今さらかもしれませんが、今回は特に謎の真相まで書くのでネタバレ注意です。


●プロット概要

1. 朝、主人公ニコラスはサンフランシスコにある豪邸で独り、朝食を取る。


2. ニコラスは彼が経営している投資会社に出社する。彼は他人との付き合いはつまらないと考えており、知人の結婚式への誘いを秘書に断らせる。


3. ニコラスは弟のコニーに久しぶりに会った。コニーはニコラスに誕生日プレゼントとしてCRSクラブへの招待状を贈った。コニー自身もCRSクラブの会員であり、彼はそこで素晴らしい体験をしたという。


4. 帰宅後、別れた妻、エリザベスから誕生日を祝う電話がかかってくる。ニコラスは48才、ちょうど彼の父が飛び降り自殺した時と同じ年齢になった。


5. 次の日、ビジネスで外に出ているとき、彼は偶然CRSのオフィスを見つけた。せっかくなので話を聞こうと中に入る。CRSは個人ごとにカスタマイズされた「ゲーム」を提供するという。無料期間もあり、気に入らなければ解約もできるということで、心理テストや身体検査の後、ニコラスは契約書類にサインをする。


6. 帰宅時、玄関の前に等身大のピエロの人形が落ちていた。それを書斎に持ち込み、いつものように経済ニュースを見ていると、突然ニュースキャスターがニコラスにゲームの開始を告げた。勝利条件はゲーム主催者がニコラスに対して何をしようとしているのかを探ること。ニコラスは部屋の中をくまなく探し、ピエロ人形の目に小型カメラが仕込まれていることを発見する。


7. 次の日、ニコラスは周囲を警戒しながら出勤した。その日の仕事は父の代から投資を行っている会社の社長、アンソンを解任することだった。アンソンはニコラスの非情さに恨み言を言う。しかし必要書類の入ったアタッシュケースの鍵が開かず、ニコラスは即日解任を諦めざるを得なくなった。


8. 夕食時、レストランでクリスティーンという名のウェイトレスとぶつかり、服にワインがかかる。彼女はニコラスに失礼な態度で対応したため、支配人は彼女をクビにする。何者かが「彼女を追いかけろ」というメモをテーブルに置いて立ち去った。ニコラスは急いでクリスティーンの後を追いかける。


9. レストランの外。ニコラスはメモのことについてクリスティーンに説明しようとするが、彼女はなぜかつっけんどんな態度で先に行ってしまう。二人の前で通行人の老人が倒れる。クリスティーンは老人を介抱し、ニコラスは救急車を呼んだ。警察は事情聴取のため、二人に病院まで同行してほしいと言う。ニコラスはそれを渋々受け入れる。


10. 病院の地下駐車場に救急車が到着し、老人が乗った担架を運び去ると、二人を救急車に残したまま電源が落とされ、皆どこかに行ってしまう。ニコラスはこれがゲームの一部であると悟り、クリスティーンに巻き込んでしまったことを詫びる。


11. 二人が苦労して地上フロアに脱出すると、そこはCRSのビルだった。セキュリティシステムの通報により、警備員に追われる。


12. なんとか警備員をまき、二人はニコラスのオフィスで汚れた服を着替えた。彼女のためにタクシーを呼ぶ。別れ際、クリスティーンは、実は彼女は400ドルでCRSに雇われ、わざとワインをこぼしたのだと告白する。


13. 次の日、秘書からの電話があり、ホテル・ニッコーでクレジットカードを忘れ物として預かっていると連絡を受ける。ホテル・ニッコーにチェックインした覚えはない。ニコラスがホテルのフロントに行ってみると、確かに自分のクレジットカードで、いつの間にかポケットに部屋の鍵が入っていた。


14. ニコラスが部屋に入ると、乱交パーティのような形跡があり、テーブルには白い粉が散らばっていた。何者かにはめられたと思い、急いでそれをかたづけて部屋を後にする。


15. ニコラスの車を尾行するものがいた。路地で待ち伏せて問いただすと、彼は私立探偵だと答えた。隙を突いて探偵の銃を奪う。これもゲームの一部だと思い、引き金を引くと、実弾の入った本物の銃だった。探偵は驚いて逃げ出す。


16. ニコラスは解任を阻止するための嫌がらせだと考え、顧問弁護士とともにアンソンの自宅に乗り込んだ。しかし意外なことにアンソンはすでに解任を受け入れていた。


17. ニコラスはお遊びにしてはやり過ぎだと考え、解約のため契約書を確認すると白紙だった。時間経過で消えるインクが使用されていたのだ。CRSに対する疑惑が深まる。顧問弁護士にはCRSの正体の調査、秘書にはクリスティーンを乗せたタクシーがどこに向かったか突き止めるように依頼する。


18. 家に帰ると鍵が開いていた。不審に思い、奪った銃を構えて部屋に入ると、室内の至る所に落書きがあり、ピエロ人形は「父がそうしたように私もまた永眠しよう」と書かれたメモを持たされていた。ニコラスは警察に電話をかける。


19. 弟のコニーが家に飛び込んできた。彼は精神的に追い詰められた様子で、CRSにいくら金を払っても嫌がらせを止めてくれない、とニコラスに訴える。とりあえず二人は車で家を出る。走行中タイヤがパンクし、車を急停車させる。コニーはそれをニコラスがCRSの片棒を担いで自分を陥れようとしているのだと解釈し、わめきながら一人で去って行った。


20. ニコラスは帰宅するためタクシーを拾った。タクシーの運転手は指示通りに走らず、車のスピードを上げる。川に落ちる寸前で運転手はドアを開けて転げ落ち、車はニコラスを乗せたまま勢いよく川に落下した。ニコラスは窓をこじ開け、なんとか沈む車から脱出した。


21. 次の日、ニコラスは警察・顧問弁護士とともにCRSのオフィスに乗り込むが、もぬけの殻だった。彼は警察にCRSの殺人未遂容疑を訴えるが、警察は動機が存在しないと難色を示す。


22. 次の日、クリスティーンの住所が判明した。彼女はニコラスを家に招き入れる。しかし彼はそれが彼を欺くための舞台装置に過ぎないことを見破り、彼女に証拠を突きつけた。クリスティーンは自分たちが監視カメラで見張られているとささやく。ニコラスがカメラを破壊した瞬間、男たちが侵入し、二人に向かってマシンガンを乱射する。なんとかそれを逃れ、ニコラスの車で脱出する。


23. 車の中でクリスティーンは、CRSは詐欺集団で、ニコラスの財産を狙って近づき、それが完了したので用済みになったのだと話す。彼が銀行に電話をかけるとすべての預金が引き出されていた。


24. ニコラスは山の中の別荘に避難した。念のため顧問弁護士に預金残高を確認させるが、彼は預金は無事だと言った。クリスティーンは弁護士もCRSに取り込まれたのだと言う。混乱するニコラス。彼の足下がふらついて倒れる。実はクリスティーンが飲み物に薬を混ぜていたのだった。


25. 気がつくとニコラスはメキシコの墓地に埋められていた。なんとか這い出てヒッチハイクでサンフランシスコの自宅に戻る。家は競売にかけられ、彼は無一文になっていた。家に忍び込んで身なりを整え、探偵から奪った銃を持ち出す。


26. 助けを求めるため、コニーが滞在しているホテルに行く。フロントはコニーが精神衰弱に陥り、暴れたため強制入院させたと告げる。


27. 別れた妻とレストランで落ち合い、車を貸してもらう。テレビに見たことがある男が映っていた。ニコラスにゲームの契約をさせた男。彼は俳優だった。


28. ニコラスは俳優の居場所を突き止め、彼を銃で脅してCRSの本拠地ビルに案内させた。カフェテリアから侵入すると、見たことのある顔が並んでいる。そのなかにクリスティーンもいた。ニコラスは彼女に黒幕に会わせろと迫る。突然警備員が突入し、銃を乱射する。中にいた人々は次々と斃れる。ニコラスはクリスティーンを連れて階段を上り屋上に出てドアの鍵を閉めた。


29. 改めてニコラスはクリスティーンに迫る。彼女はこれはニコラスのサプライズ誕生パーティの余興だと説明するが、彼は信じない。鉄製のドアが電動のこぎりでこじ開けられてゆく。狙いを定め、ドアが開いた瞬間ニコラスは銃を撃った。そこにいたのは白いタキシードを着て、グラスを持ったコニー。銃弾は胸を貫き、血を噴き出させ、彼は力なく崩れ落ちる。


30. すべてを悟ったニコラスはビルから身を投げた。彼の体はテラスのガラス天井を突き破る。奇しくも父と同じ年齢、同じ死因。しかし地上に置いてあったのは巨大なクッションだった。彼はパーティ会場の真ん中に落下した。彼の奇抜な、しかし予想通りの登場に拍手する参加者。そこは彼の誕生パーティ会場だった。弟の死を含め、すべてが演技だったのだ。


●「謎を解く」

 主人公が物語に仕掛けられた謎を解こうと奮闘しているとき、視聴者もまた謎を解こうとしています。推理小説にはフェアプレイという概念があって、与えられた情報のみで謎を解くことができることを保証している作品が多いですが、「謎を解く」ストーリーにはその保証はありません。不足している(かもしれない)情報で、享受者は誰が怪しいかを判断します。一方制作者はその判断を誤らせるため印象操作を行います。それがミスリードと呼ばれるものです。


 まずストーリー的なミスリードとして、動機がある者が黒幕、というのがあります。この作品ではニコラスを恨んでいるアンソン(7)と、CRSに誘ったコニー(3)です。実際「黒幕」はコニーだったわけですが、コニーは精神衰弱で離脱してしまいます(26)。死んだとか去ったと思われた人が真犯人、というのは推理小説でも割と良くある(陳腐な?)トリックですね。


 それから視点人物が狂気に陥っているかもしれないというミスリード(13)。小説なら「信頼できない語り手」などの叙述トリックがそれに相当します。


 この作品のようにはっきりとしたトリックを持たないストーリーの場合、感情的なミスリードの割合が高くなります。「トゥルーマン・ショー」の解説では登場人物ではなく視聴者に直接働きかける印象操作の例を解説しました。それはこの作品にもたくさん埋め込まれています。CRSの計画やストーリーとは関係が薄いのでプロットからは抜け落ちてしまうのですが、列挙すると以下のような印象操作が使われています。


 古くて傷ついたり伸びたりしたフィルムの再生。

 ピエロの人形。

 父と同じ年齢・死因で死ぬという符合。

 受付などにぞんざいに扱われる。

 性的・暴力的なイメージを含んだ心理テスト。

 ボールペンのインク漏れでシャツの胸ポケットを汚す。

 公衆トイレの個室のドアの下の隙間から突き出される手。

 すれ違いざまに肩をぶつけられる。

 ガラスの破片で指先を切る。

 便器が詰まり、水があふれる。

 静電気などによる軽い感電。

 受話器が外れ、警告音が鳴っている電話。

 公衆電話のベルが鳴る。

 首や四肢が欠損した人形。


 これらはすべて敵意・恐怖を植え付け、CRSがニコラスに対して悪意を抱いているという印象を視聴者に対して持たせるために使われています。他によく使われるのは動物や子供の不思議な力、頭痛・耳鳴り・悪寒などの繰り返し起きる身体症状などがあります。


 この作品で一番大がかりなミスリードはクリスティーンの態度に関連するものです。CRSによる得体の知れない悪意を視聴者に印象づけた後で、彼女のようなわかりやすく友好的な態度(8,9)を取るキャラが出てくると、この人は最初は誤解があって仲が良くなくても最終的には味方になってくれるんじゃないか、という期待を持たせることができます。特に自分の非を正直に認め(12)、誠意を見せてくれる場合には。その分彼女が期待を裏切れば(24)ショックが大きくなり、それ以降彼女の言うことを一切信じなくなる(29)というのは納得できる流れです。


●まとめ

 この作品にはニコラスがこの件以後、人との関わりを大切にするようになるという成長要素が含まれているのですが、理解できなかったので解説できません。逆効果では?

 ある種の感情を連想するものを挿入するのは、ミステリーやホラーでよく行われています。頻度は低いですが、恋愛ものでも似たようなことをすることがあります。既存の作品でこういうのを探すのはちょっと楽しいですし、ストックしておけば創作の役に立つかもしれません。

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