ロッキー・ザ・ファイナル 「取り戻す」

 「ロッキー」の第一作目は「取り戻す」お話として、いくつか問題がありました。最終作のこの作品は似たようなプロットを用い、しかも問題点をすべて解決しているので、比較するとなにが「取り戻す」に必要なのか分かりやすいです。


●プロット概要

1. ヘビー級の現チャンピオン、ディクソンはすぐに相手をK.O.してしまうので観客に嫌われている。弱い相手としか戦わないとか、ヘビー級自体が衰退しているとケチをつけられる。


2. 年老いた主人公ロッキーは小さなイタリアンレストランを経営している。訪れた客に過去の闘いの話をするのが人気のサービスだ。しかし彼は喪失感に悩まされていた。妻エイドリアンはすでに亡くなり、ペットショップやスケート場など、思い出の場所は廃業してもうない。息子ロバートは普通の会社員になり、一人暮らしをしている。彼は会社の付き合いを優先し、ロッキーとはあまり会わない。


3. なじみの酒場の前に屯していた若者たちはいなくなり、店内は閑散としている。そこでバーテンダーとして働いているマリーだけが昔のロッキーを知っていた。彼女は息子のステップスと二人暮らし。ロッキーは二人の力になりたいと思い、一度店に来るように言う。


4. 二人が店に来たことで、ロッキーとステップスは仲良くなる。二人は保健所にロッキーの新しい飼い犬を選びに行く。ステップスは若い犬を選ぶがロッキーは年老いた犬を選んだ。「力をためている」と評するロッキーに、ステップスは「死んでいる」と言う。


5. テレビのバラエティ番組が過去のロッキーとディクソンが戦ったらどうなるかのシミュレーションを行った。結果は13ラウンドでロッキーがK.O.勝ちというものだった。ロッキー、ディクソン、ロバートはそれぞれの場所でそのシミュレーションを見る。


6. ロッキーはロバートのアパートの前で息子を待った。彼はロバートにもう一度闘いたいと言う。もちろんチャンピオンとではなく、地元の小さな大会で。ロバートはそんなことをしても何にもならないと言って反対する。


7. ロッキーは古い友人ポーリーが務める精肉工場に行き、闘志が残っているのに闘えないのは辛いとポーリーに言って泣く。


8. ロッキーは州の体育協会に行って、プロボクシングのライセンスの再取得を申請する。健康問題はないが、人道的な立場から却下される。ロッキーは幸福になる権利を奪わないでくれと訴え、ライセンスが交付される。


9. ロッキーはマリーに、店の案内係の仕事をオファーする。自信がなく、断るマリーに、ロッキーは自信を持てと励まし、彼女は案内係を引き受ける。


10. ロッキーがプロに復帰したことを知ったディクソンの興行主は、ロッキーの店に行き、エキシビションマッチを持ちかける。懐古的なファンからの売り上げを期待してのことだった。ロッキーはチャリティーのためなら、と承諾する。


11. エキシビションとはいえ、復帰後いきなりチャンピオンと闘うということに、ロッキーは弱気になる。マリーはロッキーの信じる道を行けと応援する。


12. エキシビションマッチ開催を発表する記者会見で、ディクソンは記者の辛辣な質問にあおられ、真剣勝負をするかのような雰囲気になる。


13. ロバートが店に来てエキシビションマッチに反対する。いつも父親の名声の陰になって迷惑だと言うロバートに、人のせいにせず、自分の人生に挑戦しろとロッキーは言う。後日、ロッキーがエイドリアンの墓参りをしているとき、ロバートが現れ、ロッキーのサポートをするため会社を辞めたと言う。


14. ロッキーはトレーニングを開始する。試合の日、ロバート、ポーリー、マリー、ステップスが見守るなか、並外れた闘志でディクソンを圧倒し、10ラウンドを闘い抜く。試合後ロッキーの闘志を受け継いだディクソンと最後の雄姿を飾ったロッキーは抱擁する。試合はディクソンの判定勝ち。ロッキーは結果をエイドリアンの墓に報告する。


●「取り戻す」

 一作目での問題点は以下の四つでした。

 i. 喪失感の欠如

 ii. 何を取り戻したいのか伝わらない

 iii. 貧困問題はアポロとの対戦を引き受けた時点で自動的に解決されてしまう

 iv. エイドリアンの「取り戻す」ストーリーがロッキーのそれと無関係


 iについてはプロット概要ではかなり省略していますが、2と3で徹底的に描かれています。自分は老いさらばえ、愛すべき友人や妻は皆いなくなってしまい、息子はうだつの上がらないサラリーマンになり、街は昔の面影を失い、ボクシング自体が衰退し始めている(当時人気のあったバスケットボールのカットがそれを象徴するように何回か差し込まれています)。唯一残ったのはシニカルなポーリーだけ。シリーズを通して観ると、ミッキーやアポロがいないことも、かなり辛い感じを誘います。


 回想が上手に使われています。回想はストーリーの流れを止めるので普通はあまり歓迎されません。しかし「取り戻す」の必須要件である、喪失感を演出するには有効な手段になるのではないでしょうか。例えばある友人キャラの死の前に、仲が良かった、というような回想を挿入すれば、友人の敵討ち(=「取り戻す」)をしようという主人公の動機を効果的に演出することができるでしょう。


 iiについてはiが解決されたため、同時に解決されます。もちろん亡くなった人は帰ってきませんが、何かに挑戦し続ける心は取り戻すことができます。7、8のシーンで二度、はっきりとロッキーに言わせています。これにより、一作目に比べて遙かに具体的に伝わってきます。


 iiiについては、逃げずに戦い、自分に勝つことが条件なので、今回は勝負を引き受けただけでは解決しません。よって回避に成功しています。


 ivについて。一作目でのエイドリアンのような独立した「取り戻す」ストーリーはないので、この問題は回避されています。


 「取り戻す」を使ってストーリーを作る場合、取り戻すものはなるべく普遍的なものにした方が良いでしょう。例えば愛、勇気、諦めない心、などなど。ストーリーの都合上、宝物やさらわれたお姫様など、何らかの具体的なモノにせざるを得ない場合でも、それを取り戻すことが上記のような普遍的なものを取り戻すことでもある、という風に設定しましょう。


 そうすると、同じものを失って苦しむ別のキャラを登場させることができるという利点があります。そういう人たちが主人公の努力に感化され、自らも努力をし始め、また主人公を応援するようになる過程を描けば、主人公個人の「取り戻す」ストーリーから皆のそれにスケールアップすることができます。


 今作では、9でマリーは新しい仕事を始めることを恐れていますが、ロッキーに励まされ、彼のオファーを受けます。ロバートは2、6、13で人生に挑戦する心を失っていますが、ロッキーに説教され、考えを改めます。ディクソンは14でロッキーの闘志を見せられ、それを受け継ぎます。すべてのキャラの「取り戻す」にロッキーが直接的に関わることによって、一作目で問題になっていた、分裂を防ぐことができ、さらに相乗効果をあげることができます。これは一作目の改善にとどまらない部分です。


●まとめ

 この作品から学べることは、回想は喪失感を増すために使うということと、「取り戻す」対象は普遍的なものにして、皆にも当てはまるようにする、ということです。

 同じ作品を監督自身で添削して別の作品を作るなんてものを観る機会はそう多くないと思います。ぜひ比べて観てみるべきです。(できればシリーズを通して観てみましょう)

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