The Negotiator 「奪い取る」

 米倉涼子主演のドラマではなく、シカゴを舞台としたハリウッド映画の方です。劇中何度か西部劇の話が出てきますが、このお話と何の関係があるのでしょうか。それは、交渉人ネゴシエーターの信条である「不殺」と「奪い取る」「面白さ」に関係しているのです。


●プロット概要

1. 警察官で交渉担当の主人公ダニーは、突入を主張するSWAT部隊を上手くなだめながら、誰も殺すことなく人質を取った立てこもり事件を解決する。


2. 事件解決後のパーティ(署長の誕生パーティ)で、相棒のネイサンが警察の年金を横領している者が署内におり、内務捜査局(警察の汚職を調査する部署)のニーバウムが買収されている、とダニーに告げる。


3. 横領事件と、証拠を握る内偵者について詳しく話を聞くため、ダニーとネイサンは深夜の公園で落ち合うことにした。しかし、ダニーが公園に着く前に何者かによってネイサンは殺され、ダニーが第一発見者になる。


4. ニーバウムはダニーの自宅を家宅捜索し、横領の証拠を押収する。ダニーはでっち上げだと抗議するが聞き入れられない。


5. ダニーは内務捜査局のオフィス行き、ニーバウム、その秘書のマギー、タレ込み屋のルーディ、上司のフロストを人質に立てこもった。ビルは包囲され、狙撃手が配置につく。ダニーは包囲する警官や報道機関に対し、自分が無実であることを巧みに訴える。


6. ダニーは他署の交渉人である、クリスを呼び、内偵者を見つけることと、ネイサン殺しの真犯人を突き止めることを要求する。ダニーが無実かどうか分からないと言うクリスに、仲間が信用できないときは他人に頼るしかないとダニーは返す。


7. クリスの了承を得ず、話している最中に突入が開始される。ダニーは対話を打ち切り、応戦する。突入は失敗し、二人のSWAT隊員が新たに人質となった。舐められていると思ったダニーはSWAT隊員のうちの一人を個室に連れ込み、射殺する。


8. クリスは早まった突入を抗議し、指揮権を握る。


9. 秘書のマギーがニーバウムのPCに手がかりがあるかもしれないと言う。しかしオフィスの電源はクリスに止められていた。ダニーはフロストの解放と交換に電源を復旧させる。クリスはダニーがこれ以上人質を傷つけたら交渉を打ち切り、自分が先頭に立って突入する、と警告する。


10. クリスが偽の内偵者を仕立て上げるがダニーは見破った。ルーディにニーバウムのPCを調査させ、ダニーは横領事件の核心を知る。内偵者はネイサン自身だった。ダニーはニーバウムが協力的になったとブラフを仕掛ける。


11. クリスの指揮権を無視して突入が開始されるが追い返される。戦闘中、SWAT部隊は事故を装ってニーバウムを殺害する。彼らの強硬姿勢に、クリスはダニーの主張を信じ始める。統制のとれない状態を見かねたFBIがクリスを解任し、指揮権を取る。


12. FBIは投降しなければ5分後に突入を開始するとダニーに通達する。クリスは単独でオフィスに入り、投降を勧める。マギーやルーディはダニーが無実であることを証言する。横領の嫌疑は晴れたが、警官殺害の罪が残っていると言うクリスに、ダニーは実はそれがブラフであり、人質はSWAT部隊に殺されたニーバウム以外無事であるということを見せる。


13. 証拠がまだニーバウムの自宅に残っているかもしれないというマギーの提案に従って二人はオフィスを脱出し、ニーバウムの自宅に向かった。それを知って、ダニーに直接手を下そうと現れたのはフロストだった。クリスの機転により、フロストは逮捕され、ダニーは名誉を回復した。


●西部劇への言及シーン

 クリスと初めて電話で話すダニー(6)、休日は西部劇を観るというクリスにダニーはコメディの方が好きだ、でも「シェーン」で主人公が悪人を倒して街を去るラストは良かったと言う。クリスは、あれは馬に乗ったまま死んでいるんだ、と返す。


 13でクリスは主人公が死ぬ西部劇が好きだと言いながらフロストの前でダニーを撃つ。クリスが「互いに弱みを握る関係」を持ちかけていると勘違いしたフロストはクリスの誘導に引っかかってネイサン殺しと横領を認める。


●「奪い取る」

 込み入ったプロットですね。これでもかなり省略したんです。さて、「奪い取る」を説明するにあたって、まずはそれぞれのキャラが何を奪おうとしているのか、まとめてみましょう。


 ダニー: 身の潔白の証明、ネイサン殺しの真犯人、生還すること、クリスの協力

 クリス: 現場の指揮権、ダニーの逮捕、人質の救出


 籠城しているダニーにとって、他の目的物を手に入れるのにはクリスの協力が不可欠です。しかし交渉人として、互いに説得されないキャラ設定になっているので、直接説得はできません。そこでクリスが現場の異常な状況から自然にダニーの無実に気づいてゆく、という流れが採用されています。


 ダニーがクリスの協力を得ようとしているのに対し、クリスはダニーを逮捕しようとしています。つまり互いに相手から何かを得よう(奪い取ろう)と対立している関係にあります。この対立は最終的に解消されますが、その解説は「和解させる」の項で説明します。


 理論編では「奪い取る」「面白さ」を使うなら、それによって生じる罪悪感をなんとかしなくてはいけないと説明しました。ダニーもクリスも有利な交渉結果を勝ち取るために平気で嘘をつきます。その罪悪感を打ち消すのは、彼らが共有する、犯人を含め、誰も殺させないという強い信念です。それが把握できていれば7での警官殺害はブラフだとすぐに分かります(まあ遺体を見せないので、バレバレかもしれませんが)。また13でダニーはクリスに撃たれますが、立てこもり犯罪によって発生した視聴者の罪悪感を打ち消すための罰と解釈できるかもしれません。


 反対のアプローチを取るのが西部劇です。西部劇の登場人物は人を殺したり物を奪ったりする代わりに最後は自身も殺されることが多いです。つまり人を殺す罪悪感をそのキャラが殺される事によって埋め合わせています。この作品で言及される「シェーン」や「明日に向かって撃て」といった昔の西部劇や、比較的最近の、「レッド・デッド・リデンプション(老衰とかではなく、赤い死、つまり銃や刃物によって殺される事による償い)」という、そのままのタイトルのゲームもありますね。作者はこの作品と西部劇を対比させる意図があったのではないかと思います。


 もちろん西部劇がダメだとか、平和主義の方が優れているとか、作者の主義主張についてあれこれ言うつもりは全くありません。ポイントはどちらのやり方を採用するにしても享受者が抱く罪悪感の収支を合わせる必要があるということです。現状、「奪い取る」がメインの場合、不殺を貫くか死んで償うかのどちらかを採用することがほとんどです。これ以外のパターンを確立することができたら、ちょっと自慢できるかもしれませんね。


●「和解させる」

 対立する勢力を和解させるには、両者が簡単には思いつかないような素晴らしいアイディアを提供する必要がある、と「和解させる」の記事で説明しました。そしてそのアイディアが平凡だと、対立勢力が両方とも馬鹿に見えてしまうという問題があり、「共通の敵」を出現させるという回避方法があるということも書きました。この作品はその回避方法を採用しています。しかし膠着状態にあるところに突然「共通の敵」を放り込んで対立をうやむやにしてしまうという、つたないやり方はしていません。最初から「共通の敵」は存在しているが、部外者のクリスには情報不足やダニーに対する不信があり、交渉を続けるうちにそれらが解消し、どちらからともなく自然と和解する。これは覚えておいて損はない処理方法だと思います。


●まとめ

 この作品を観て気になったのは、ダニーとクリスの勝敗が明確にならないよう、脚本に細心の注意が払われているということです。パートナーとして活躍する続編やシリーズ化する計画でもあったのかな(実際されているのかな)と思いました。

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