ロッキー 「取り戻す」

 久しぶりに観たんですが、それまではロッキーが「勝負に勝つ」話だと思っていました。しかしそれは間違いで、この作品は「取り戻す」お話でした。なにしろロッキーは劇中一度も「試合に勝ちたい」と言っていません。なぜこんな勘違いをしていたのか、考えてみたいと思います。


●プロット概要

1. 主人公ロッキーは無名のプロボクサー。試合に勝っても大して儲からない。


2. ロッキーは友人ポーリーの妹、ペットショップで働くエイドリアンに惚れている。しかし彼女はとても内気で、ロッキーとまともに話すこともできない。


3. 生活費を稼ぐため、ロッキーは借金の取り立ての副業もしている。しかし彼は非情になりきれず、高利貸しの上司トニーを怒らせる。ロッキーは所属するジムでも冷遇されていた。経営者兼トレーナーのミッキーは、才能があるのに練習せず、高利貸しの手先になっているロッキーが気にくわない。


4. ロッキーは酒場でポーリーに会う。ポーリーはロッキーとエイドリアンの仲を取り持とうと、感謝祭のデートを企画する。しかしそれとは裏腹にポーリーは妹の内気さを知的障害者のように扱って、馬鹿にするような言い方をする。


5. ロッキーは街角で屯している若者たちのなかに少女が混ざっていることに気がつき、説教をして家に帰す。


6. 世界ヘビー級チャンピオンのアポロは元旦に対戦予定の相手、グリーンの負傷により、興行をキャンセルするかの決断を迫られていた。しかし彼は無名の選手にアメリカン・ドリームを与えるというアイディアを思いつき、名前だけでロッキーを対戦者に選ぶ。


7. トニーはロッキーとエイドリアンのことを知っていることをロッキーに告げ、取り立て人の仕事をキチンとこなすように念を押す。


8. 感謝祭の日、ロッキーはポーリーの手も借りて、なんとかエイドリアンをデートに連れ出す。半ば強引にエイドリアンにキスを迫るが、最終的には彼女も心を開いてキスを受け入れる。


9. ロッキーはアポロの対戦相手に選ばれたことを知り、戸惑いながらも承諾する。


10. アポロとの対戦が決定したことについての記者会見を見た周囲の人間は手のひらを返す。トニーは試合の準備のために500ドルをロッキーに渡す(トニーはここで出番終了)、ミッキーはマネージャーを買って出る。ロッキーは長い間ミッキーに無視されていたため、恨み言を言うが、和解する。


11. ポーリーはなにかと世話を焼きたがるが、ロッキーにうるさがられる。ある日ロッキーがエイドリアンにそれを愚痴っているところを聞き、ポーリーは暴れる。仲を取り持ったことや妹を今まで育ててきたことを感謝しろと言うポーリーに、彼こそが自分を馬鹿にして支配してきたのだ、とエイドリアンは激怒する。彼女は家をでて、ロッキーと同棲することにした。


12. 激しいトレーニングが続く。ロッキーはポーリーの気持ちを察して彼の商売に協力してやる。試合前日、会場の下見をしたロッキーは晴れ舞台の大きさに萎縮し、元からチャンピオンに勝てるとは思っていない、最後のラウンドまで立っていられたら、自分がただのゴロツキじゃないことを証明できる、それが試合の目的だ、とエイドリアンにもらす。


13. 試合でロッキーは善戦するが判定負けになる。ロッキーは試合についてのインタビュアーの質問を無視してエイドリアンを呼び続ける。エイドリアンは最初、控え室で試合終了を待っていたが、自分からリングに出て、試合が終わったロッキーに抱きつく。


●「取り戻す」

 この作品にはロッキーとエイドリアン、それぞれの「回復」が描かれています。しかし「勝負に勝つ」(結果はともかく)に感じてしまうのはなぜでしょうか。


 手始めに彼らが何をどう取り戻すのか、確認しましょう。まずロッキーですが、1や3で貧乏であること、取り立て人という仕事を生活のため渋々やっていること、ミッキーに冷たくされていることが描かれます。取り立てで非情になりきれなかったり、5で非行少女にお説教したりすることから、彼が本当はまともになりたいと思っていることが分かります。


 ところが9で対戦が決まると、それまでの不幸がすべて解決してしまいます。7での不穏な空気で一番の懸案事項であった、高利貸しのトニーとの因縁も、10でトニーがロッキーに気前よく500ドルを渡して解消してしまいます。


 そして12でロッキーはわかりやすく彼の目的が自らの誇りの回復であることを示し、13で実証します。


 「取り戻す」を描く上で弱い点は、「奪われた」状態をしっかり描いていないことがまず挙げられるでしょう。ロッキーは貧乏ですが、ボクシングでなんとか食べていけ、友人やガールフレンドもいます。トニーもなんだかんだでロッキーに危害を加えることはありません。彼は身の丈に合った生活をしているのです。


 そして「取り戻す」こと自体もアポロに選んでもらうことで、棚ぼた式に解決しました。12で彼のつぶやきを聞き、この上どんな「誇り」を取り戻したいのか考えてみても、元々どういうのが「正しい」状態なのか描かれていないので、想像できません。


 エイドリアンの「回復」についてはロッキーよりもよく描けています。最初は兄ポーリーとの共依存によって、人とコミュニケーションが上手くとれず、引きこもりがちになってしまっていた状態でしたが、8ではロッキーに促され、自分の欲求に素直になることを学び、11では兄の束縛から自由になり、13では最初は控え室にこもっていたものの、自分の意志でリングに行き、衆人環視の中、ロッキーと抱擁します。


 しかしこちらはあくまでサブストーリーであり、しかもロッキーのメインストーリーとあまり関わっていないのが弱点です。彼女が回復してゆくことが、ロッキーのトレーニングや試合に影響したということは特にありません。同棲しているのでキャラはいつも一緒にいるのですが、ストーリーは別々になってしまっています。


●「勝負に勝つ」

 才能はあるが、何らかの理由でそれを上手く発揮できない主人公。トレーナーとの確執・和解。二度と巡ってこない、千載一遇のチャンス。卵丸呑みとか、冷凍肉をサンドバッグにするとかの、変わったトレーニング方法。周囲の過剰な期待による重圧。実力の差があって、打ちのめされても決して折れない執念。「取り戻す」に分類したのがそもそもの間違いじゃないの、ってくらい、「勝負に勝つ」の要素が詰め込まれています。本当にこっちがメインと言っていいくらいです。12さえなければ。


 12や13を「勝負に勝つ」と解釈すれば成り立つでしょうか。彼をゴロツキの地位に貶めていたのは貧困が主な理由で、人格的にはむしろ立派なほうだと感じました。だからちょっと難しいような気がします。


●まとめ

 最初に書いたとおり、「勝負に勝つ」の記事で「ロッキー」を含めていたのは誤りでした。しかし「取り戻す」よりも「勝負に勝つ」の要素を学ぶのに良い教材です。それにしてもポーリーが理解できなくて怖い。妹が激怒して家を出て行っても、何食わぬ顔をしてロッキーにビジネスの話をしている。熱血スポーツ映画なのに彼だけホラーの住人ですよ。興味ある人は彼の心理に注目してこの作品を観てみては?

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