イエスマン 「和解させる」
正式なタイトルは「イエスマン "YES"は人生のパスワード」です。「和解させる」は対立勢力に「さらに良い選択肢」を提案しないといけないので、難易度が高い「面白さ」ですが、比較的平凡なアイディアでもそれを実現するテクニックについて考えてみたいと思います。
●プロット概要
1. 主人公カールは銀行の融資担当者。何にでも「ノー」という癖がついてしまい、つまらない生活を送っていた。
2. 旧友のニックに偶然再会し、自己啓発セミナーに誘われる。カールは断るが、自分が孤独死する夢を見て参加してみる気になる
3. 自己啓発セミナーでカールは「どんなことにもイエスと言う」という誓いを立てる。
4. セミナーが終わって、カールが車で帰宅しようとしたとき、ホームレスが山の上の公園まで送ってほしいと言う。彼は渋々引き受ける。ホームレスを送った後、ガス欠になって困っていたところ、ヒロインのアリソンに助けてもらい、イエスと言うのも悪くないと考え始める。
5. カールは何でも引き受けるようになった。カルト宗教の訪問を家に入れたり、イラン人女性とのデーティングサービスに申し込んだりと、奇行が目立ったが、もともと人々を助けることのできる職業だったため、友人や街の人々に感謝され、人生が好転し始める。しかしカールはセミナーで受けた暗示により、ノーと言ったら罰が当たると思い込んでいたため、今度はよく考えずに「イエス」というようになってしまう。
6. いつもは断っていた、インディーズバンドのライブに参加したとき、カールはアリソンに再会した。カールの積極的な生き方にアリソンは惹かれる。
7. カールとアリソンは行き当たりばったりの旅行に出かける。アリソンはカールと一緒に暮らしたいと言い、カールは承諾する。
8. 帰宅しようと空港にきたとき、二人はFBIに確保される。カールの奇行のせいでテロリストの嫌疑がかけられていた。 駆けつけた友人がセミナーのことを話し、嫌疑は晴れるが、アリソンはカールが義務感から同棲を受け入れたと思い、怒って去る。
9. カールはセミナーの主催者のテレンスに、誓いをキャンセルしてもらおうとする。テレンスはそんな誓いなど存在しないと言う。さらに彼は無理にイエスと言うのは心からイエスと言えるようにするための練習に過ぎないと言い、カールの呪縛が解ける。
10. カールはアリソンを追いかけ、仲直りする。
●「和解させる」
対立する勢力を和解させるのが難しいのは、双方とも最善を尽くそうとしているなかで、それを超える解決策を示さなくてはならないからです。いわゆる「なろう系」異世界ファンタジー作品でよくあるのは、両勢力とも「バカ」に設定してしまう方法です。子供の喧嘩を仲裁しても特に感動しないのと同じで、この方法では「和解させる」をメインに据えることはできません。両者を和解させ、必要な情報やアイテムを手に入れた後はヒロインとの関係とか、より強大な敵と戦うとかの「面白さ」に移行してしまいます。
この作品の場合、対立する勢力は何でしょうか。「ノー」と言うカールと「イエス」と言うカール。前者は3で後者に変化して、いなくなってしまいます。対立構造は解消してしまったのかと思いきや、実は前者は視聴者が引き継いでいるのです。よく考えずに何でもイエスと言うべきでない、という思いを抱きながら視聴者は「イエス」を貫くために奮闘するカールを眺めます。彼の人生がどんどん良い方向に向かってゆくのを痛快に思いながらも、いつか大失敗をするんじゃないか、とハラハラしながら見ています。そして8でその不安は的中します。
すべてに「ノー」と言うVS.すべてに「イエス」と言う、という構図を見て、視聴者は、たまには「ノー」と言わなきゃダメだ、と考えます。視聴者は受け身なので、最善を尽くさないのが自然です。視聴者の考えはそこで止ってしまい、形式ではなく、心から「イエス」と言わなきゃダメだ、というテレンスの言葉を聞いて、ハッとします。この瞬間、カールと視聴者の和解が成立し、感動するのです。
バカなことをする二つの勢力の対立を見せられると、視聴者は幻滅して興味を失ってしまいます。しかしバカなことをする主人公を見る視聴者は、知らない間に主人公と同じレベルに落ちていることに気づきません。その状態で「よりよい選択肢」(実際は平凡なアイディア)を示せば視聴者を驚かすことができる。これがこの作品のトリックです。
脚本家がそれを意図していた証拠が9のシーンに出てきます。テレンスの言葉をカールと一緒に聞いていた友人は焦り、思わず「いや、そんなこと知ってたし、言っただろう?」とカールに言ってしまいます。これは視聴者の反応を代弁させているのではないでしょうか。
●まとめ
この作品には他にも「パートナーを得る」もありますが、普通すぎて特に言うことはありません。このトリックがうまく使えたら気持ちいいでしょうね。ひょっとしたら「なろう系」にも、これを使っている作品があるかも?
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