第33話 壁画制作と毛皮について

 迷宮の壁はある程度きっちり整っていないほうが味がある。この迷宮に住む自分にとってはこの自然な感じがいい。だけどそれに手を加えるのもまた一つ味があっていい。


 初めての迷宮干渉をしてから十五分程、今自分は無性にこの壁をべたべたといじくっていた。


 何故いじくりたくなったかと言われても自分でも分からないが、なんかこう、俗な理由としてはこの壁を迷宮干渉でいじくれると知ってから、目の前のこの壁が組み立て前のジグソーパズルのように見えてしまってピースを嵌めてみたいなと思ったからだろう。登山家が山を見たら登りたくなる感じだ。やり始めてからは今覚えている前世の景色を遺したいと言う高尚な動機も生まれてきている。嫌でもおそらく十九年生きて見た景色も徐々に他の記憶の中に埋もれてしまうのだろう。写真一つ何一つ無いならこの手で作ればいいんだ。


 それに迷宮干渉の繊細な感覚を今のうちに掴んでいた方が何かといい。そんな言い訳もいじくり始めて三分で用意した。


 まだ始めたばかりなので最初は複雑な細工は抜きにして、ただ滑らかな平面を作ることを心掛けている。最初にこの壁一面を大よそ平らにした後、煉瓦ブロック一つぐらいの大きさ形の面を一つ作る。横長の長方形だ。そしてそれをまさに煉瓦のように間隔を空けて同じものを横に並べて作っていく。迷宮を拡張して凹ませるのではなく、拡張よりは抵抗が少ない縮小で浮き上がらせる。縮小は拡張よりが魔力を使わないが拡張よりも繊細にしないといけないので薄く浮き上がらせるのは難しい。壁に触れているだけでこの壁一面どこでも干渉することはできるが、やはり干渉する部分を直接触れたほうが楽なのであちこちべたべた押し付けるように触ったり、撫でるように触ったり思いつきを試しながら作業を楽しむ。


 実際に始めてみるとどうしても迷宮核を握って魔力を込める為片手が使えなくなることがわずらわしくなったので、両手使えればなーと半ば駄目元でロドアに聞いてみたところ、触れた付近にしか干渉しないのであれば直接壁に魔力を込めても干渉に支障は無いらしいとのことだったので、聞いた後は直ちに両手スタイルに移行した。


 やり始めると凝ってしまうもので、何度も修正を入れている間に知らず知らずのうちに没頭してしまい、ふと手を止めて左を見ると綺麗な煉瓦ブロック十個分の面がずらっと等間隔で並んでいた。煉瓦であることに深い意味は無く別にこれで止めても構わなかったが眺めていると、何だか煉瓦らしく上に重ねてみたくなったので二段目に突入する。一段目の面と面の間位が半分にくるように二段目最初の面を作る。次の面もずれないようにしっかり確認した後手を付けていく。それを繰り返しているうちに二段目が完成した。段々お腹も空いてくる。でも、ここまできたらやってみたいと三段目開始を決断。一段目と同じように、ただ一段目を上にずらした感じと思いながら作業する。もう三段目ともなると上達の実感はないのに手際が良くなっていた。さすがに慣れてしまったみたいだ。どうだろうと二歩下がってみると立体的な横長ーい煉瓦風の装飾に見え案外立派なのだが、作った本人なので細かな粗がよく見える。何度でも干渉できるので拡張と縮小を使いこなして整形していく。


 もういいかと満足のノルマを達成した時点で手を放す。既に正午は過ぎていて、本当にお腹がペコペコだ。早く食べたいと手を"清浄"し、"飲水"で喉を潤したら腹を満たしに肉のもとに行く。そろそろナイフかなんか欲しいなと思いながら"保凍氷"で保存していた肉を解凍、融けた水を"脱水"して飛ばし、"清浄"し、身体強化した手でほぐした後ちぎって食べる。まだ剥がしていなかった皮を、くっついている肉を食べるために少しずつ剥がしていると、何かいちいちまどろこっしいな、いっそべりっと剥がそうかと思ったが、一気に剥がしたら剥がした皮に肉がこびりついて取るのが面倒臭くなるのではと、所々小さく肉が付いた皮が頭に浮かんでしまったので手に込めていた力を抜く。


 じゃあどうしようかと思ったが結局答えは単純。丁寧に皮を剥ぎ取るだけだ。そうして少し手間をかけて剥がした皮をブラブラと左手でぶら提げて利用法を考える。


 ただぽいっと捨てるだけじゃ勿体無いのは分かってる。だけどどうすればいいんだろう。勿体無いと言っても自分は職人や業者の類ではない。皮をなめすとか聞いたことがあるがその方法は知らない。これは燻製よりもハードルが高い気がする。

 

 否、使わず腐らせるよりましだ。独りで生きていくなら試行錯誤は必定と考えよう。


 まず、生理的にこの内側のヌルヌルを何とかしたい。これじゃ常温で放置していたら異臭を放つことが目に見えている。これを自分が纏うことを想像したくない。


 今考えた対策としては、削いで削いで削ぎ落とす、これしか頭に出なかったがここに当然刃物は無い。何かいよいよナイフが欲しくなってきた。

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