第28話 試運転初日の朝っぱら

 ま、やってみないと分からないこともある。


 それに、昨日はいろいろパターンは考えたけど、どれがいいかは分からないし、いきなり効率を突き詰めるのもしんどいのだから、実際に試していきながらじっくり練っていこう。


 ということで試運転初日は魔力循環を朝の習慣に取り入れることから始めよう。魔力循環ってまるで瞑想みたいだけど、瞑想から宗教的要素を抜いたマインドフルネスについての研究で一日五分するだけでも集中力アップにつながるらしいとか何とか言っててデメリットは見当たらないし、毎日特訓だ!と緊張感をバリバリ持ってやるのも集中して上達できるかもしれないけど、それよりは、やるのが当たり前にしてそれを日常にした方が案外上達は早いのかもしれない。そして魔力循環にセットで柔軟もしていこう。やってる日とやってない日があって気分次第で不規則に柔軟していたけど、これも一緒に習慣にしてしまえばやることに一回一回わざわざやる気を使わなくても毎日できるようになるだろう。


 腹時計があるので、ある程度今の時刻は推測できるが日光を朝に浴びることは体内時計の調整のためにいいし、魔力循環も柔軟も外で気持ちよくやりたいので、身体強化しながら椅子を担いで外に出る。


 迷宮から出たところで椅子を適当に置いて、魔力循環をやる前に木の棒を突き刺して青い葉の木に魔力入りの水を与え、その木の精霊と朝の挨拶代わりに精霊語での暖かい会話を済ませる。椅子のところに戻ったら地面を"耕起"で柔らかくした後、足で地面をならして平らにしたら踏み固めてそこに椅子をセッティング。



 では、座ったところで魔力循環を始めよう。前やった時にはやらなかった部分の頭に魔力を集めて局所的に動かして循環させる。


 おお、予想はしてないことが起きた。頭がなんかすっきりして気持ちいい。はぁーなんかー癒される~。これはこれからもやることにしよう。これ、採用。


 満足したところで今度は胴体に魔力を集めて、体中に魔力を心臓から流すイメージで一定の向きで流していく。より集中して落ち着く為に瞼を閉じ体中から力を程よく抜いて、椅子に座って触れているお尻の部分、靴を接して地面に触れている足の裏の部分、体中に仄かに当たる風の感触を意識して、風によって揺れている木々の葉の音、どこで鳴いているか分からない鳥の鳴き声、虫の鳴き声の音に浸る。


 ずっと魔力循環をしていることによって体が少しポカポカしてきたのでここらで魔力循環は止めて柔軟に移ろう。体があったまっているので心なしか抵抗が少なく柔軟ができる。うーーん。後もうちょっと、後もうちょっとなんだけど誰か、背中を押してもらいたいなぁ。人がいたら頼んで押してもらえるけど、誰もいない孤独の自分には頼むことすらできない。改めて純粋な人恋しさとこの世界で他に人を見ていないが故のもしかしたら自分は永遠に独りではないか、広い世界にたった一人放り出されたかのような孤独感を感じる。・・・否!自分にはあの青い木の葉の精霊さんがいるではないか。独りじゃないぞ。


 あの精霊さんが宿るあの木があるおかげで自分は比較的安全な住処と心の癒しを享受できているんだ。改めて感謝をしよう。だけどあの木ってどこからか移動してきた木だからもしかしたらまたいつの間にか移動してここからいなくなってしまうかも知れない。そうなったら安全圏が迷宮内だけになってさらに生きるのが過酷になることになりそうだ。相手は人じゃないけど自分は勝手に、この世界に来て初めての友達だと思っていることもあるし、できれば一緒にいてほしいな。


 そんなことを考えながら、ゆっくり、柔軟をし、終わったところでむくっと起き上がり両腕を体に寄せてから、肩甲骨同士を近づけて左右45度方向に腕を伸ばして万歳すると、背中が軽く、いつもより背筋が伸ばされている感じがして、柔軟やったなーと達成感を回収する。


 と、これで柔軟は終了。このまま毎日続けていれば確証は何にも無いけど、スキルはじきに獲得できそうな気がする。柔軟といけば次は健脚、つまり脚の持久力を鍛えたいところだがじゃあ今からすぐに鍛えようかとはいかない。この山の森に入ることは危険を有するからだ。ただ脚鍛えたいからと言って森の中を散策する気にはならない。だけどいつかは持久力つくだろうと強化を放棄し楽観視するのもこれから生きていく上で邪魔になるから避けたい。


 でも脚の持久力は依然つけたい。でも歩く場所は無い。薄暗い迷宮内をただただうろうろ徘徊していくことはできるが何となくやりたくない。でもやりたい。こんな自分の身から出た我儘を自ら今日は解決しよう。


 延々歩いたり走ったりするスペースは無い状況でその我儘を解決する。なかなか難しいことだと思うが既にどう解決するか、所謂、ソリューションなるものはもう浮かんでいる。


 その方法は階段を作って階段ダッシュをすることである。階段だけをむき出しで作りそれを使って階段ダッシュする、そうすることによって階段を作るという手間はあるものの階段をずっとぐるぐる駆け上がることで筋力をつけるので移動する必要が無く、迷宮前近くに作るので山の森の中に入らなくて済む。さぁ今から階段を作って階段ダッシュの準備を整えよう!


 と、解決策を考えて、いざ解決だとテンションを上げて言葉を並び立てたが問題点がぼこぼこ目についてしまった。まず一つ、こんな山の中腹に階段をどどんと作り上げることは、前自分が恐れていたこの世界の人という未知との遭遇を避けるために控えていた目につく人工物の建造そのものではないかということ。もはや弁明の余地は無い。そしてそもそもの話なのだが、階段の建造に時間がかかるということだ。材料となる土は自らの土魔法で生成する訳でなく、周りの土を掘り返して作るので魔力消費は抑えられるだろうし、身体強化で大量の土を掘って運んで一カ所に集めれば効率は普通の子供一人を遥かに超えられると思うがそれでも時間がかかる。


 人工物は目立つと言うならどうすりゃいいんだと自分自身に八つ当たりしながら、目立たない人工物ってなんだと考える。迷宮内に置くということは1つだけど階段を毎回運ぶのは現実的じゃないし、迷宮の入口に通るサイズのものは考えていなかった。そんなの置けても邪魔だろう。迷宮内に置くというのは目立たない人工物を作るというよりか見えないところに置く方法の一つだろう。他にも置ける、見えないところってあるとしたらどこだろう。そうだ、地面の下か。地下に空間があれば見えないから必然的に目立つことも現れるかも知れない人の目に触れることもない。これも時間がかかりそうだけど目に触れないという点と空間を自由に拡張できる点では地下がベストだ。地下しかない。


 かといって脈絡もなく掘る訳にはいかない。今日は昨日考えた習慣、計画を10日周期で実行するための試運転の日であって、それをないがしろにして何も考えずに毎日毎日穴を掘るのは短絡的だ。どこにどれだけ掘るとか、どう掘るとか、掘ってどうするのかとか、階段を作るにしても地下だから日は当たらないという難点をどうするのかとか、地下空間創造の優先度合はどれくらいなのかとか考えることも色々ある。まだ朝9時頃だし時間はある。半時間ほど考えよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る