第21話 サンプル採集と沢の発見

 そうして、自分は静かに走った。


 音を立てずに、もし、枝が全部ずぶっと埋まっている奇妙な木や、一匹20センチはある蟻の大群を見つけても驚きを抑えて魔素同調、魔力隠蔽、隠密を乱さずに冷静にスルーして、採集を行った。


 あくまでサンプルなので大量には持って帰らないが、もし食べられておいしかったのに生えている場所を忘れてしまうのはもったいないので無作為に走り回らずに一定の角度の範囲だけで採集を行う。あんまり縦横無尽に走り回ると帰ってこられるか分からないのも一因だ。


 それでも十分採集はできた。2個の果物と4種類の木の実、それに合わせて1種類のキノコだ。正直キノコは食べる気はない。いくら検査しようとも怖いものは怖いのだ。なぜか素人が取ったキノコ=毒という偏見が、偏見であることを自覚していてもキノコを食べてポックリ、否、想像を絶する苦しみで悶え死ぬ姿が頭をよぎるどころか支配してしまう。寝惚けていようが決して口にすることは無い。ならなぜ採ったのか、浪漫に決まっている。そう、浪漫だ。娯楽を作る余裕や時間がない自分でも楽しめるものだ。魔法だって浪漫だ。この世界に普通に生まれた人間には理解することができないかも知れない、もしかしたらこの世界で自分だけが際立って感じることができる浪漫、それがこの世界で生きている自分にとって言わばチートのようなものだ。


 とか何とかキノコ1つに妄想したが、もう結構腕の中いっぱいになっている、これ以上はまた今度だ。そう思い、善は急げと帰路に立つとき心落ち着く川の音が聞こえてしまった。


 おっ、これはもしやと自然に音が呼ぶほうに足を向け、2、3分歩いてみると見事そこにはささやかな沢があった。これは山では珍しくない発見かも知れないがこの発見は大きなものだ。何しろ水魔法で水を作らなくても水が手に入るんだから。これなら大量の水も自前で用意しなくていいんだから土魔法で浴槽を作り、水温さえ上げてやれば温泉の目途も立つ。そうして最後にいい見つけものをしたと満足して、沢に背を向けながらいつかこの沢の源流を探してみようと頭の中のやることリストに1つ追加する。ただ川の流れに逆らって歩けばいいんだから楽なものだ。逆にこの沢の流れに従って下っていけば、他の川に合流していってだんだん川の流れがゆっくりに、川の幅が大きくなり海に流れる可能性もある。大きな川には人集まって行くのは自然の流れだ。もしかしたらこの沢の先には人が住んでいるのかも知れない。いつか人に会いに行くとき、どの方角へ向かえばいいか全く見当がつかなかったが、1つの道筋はできた。まぁ候補の1つであるので、他のものを頼りに違う向きに足を進めるかも知れないが、それはそれでいい。沢の場所をしっかり周りの景色を見て頭に叩き込み、もう大丈夫だと思ったところで足を再び動かす。


 少し迷いそうになるたびに日の方向と景色を注意深く観察して迷宮のもと、青い葉の木の下へと帰っていく。


 何とか無事に帰られたところで少し警戒を解く。よかった。大鷹に会わなかった。他の生き物にも自分が把握できた限りではあまり気づかれなかったと思う。もっともっと腕を上げていこう。油断する訳ではないが、比喩として油断できるほどにはスキルを上げたい。19歳のときの自分もそこまで目立ったりする人じゃなくどちらかと言えば存在感が薄いほうだし、小さい頃にしたかくれんぼで誰にも見つけられずに置いて行かれることがしばしばあって、かくれんぼが今終わり際かどうかを察知して終わり際になったら自らここにいるよ!と自分の存在を主張しないといけなかった悲惨な過去もしっかり持っているから隠れたり気配を消すことには向いているほうだとは思う。そう思いながら、採集したものを"風防殻"の中に入れて大の字に体をいっぱいに伸ばしながら寝転がる。日はもう暮れそうだし、お腹空いたし、サンプル検査は明日やろうと、サンプル採集を無事に終えた自分をしっかり褒めながら反省点を考えていく。今日、腕いっぱいに採集してしまったが、突然の戦闘には足枷になってしまうし、実はもっと採集したかったが入れるものが無かったので背負う籠のようなものが欲しいなぁと思い次回採集する時には用意しようと思う。両腕が空くことも利点だ。後は昼ご飯をしっかり携帯していく事も1つだ。腹が何回か鳴ってもう駄目だ、気づかれると思ったことが何度かあった。地味に生死に関わる。お腹の管理もしっかりしていこう。最初は木の実とかでもいいかもしれないが、携帯食を自作するのも1つかも知れない。まぁ遠い日の話だろう。


 しっかりと飽きかけの肉を空腹によっておいしく食べた後、体や服、靴をしっかり"清浄"して、寝る前の水分を補給した後、戦闘をしなかった分残っていた魔力でもう一度"風防殻"を体を横にした後に作り、明日はサンプル検査をやって、できれば沢の水も調べてみたいなと思いつつ、睡眠欲に身を委ねながら誰にも見られない寝顔を晒す。

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