第8話 迷宮前の木と大鷹

 で、これは何だ。体を横に向けず、顔だけ右に首を回して視界の端のものをみる。


 そこには、一本の木が平然と立っていた。そんなにでかくはなく、自分の身長とほとんど同じくらいの高さだった。周り一面に生えている緑色の葉をした木とは明らかに違うと否応なしに感じさせる綺麗な青色の葉をした木が1つ離れてポツンと立っていた。自分が迷宮に駆け込んだときには絶対になかった木が一本立っている。この疑問に答えるのかヒントを出すかのように未知の脅威が出していた魔力がその木から漂ってくる。うーん。え、怯えてた正体、木?という驚きも確かにあって、それも大事なのだがそれよりもなんでいきなり木が生えてるの?いきなり急成長?いやいやいや、あの魔力ってもうちょっと遠くに離れてたよね、多分だけど。あの魔力の発生源がこの木だとすれば、それはそれで移動してきたという木にあるまじきアクティブさ、もはや植物というよりか動物になってしまうが。自分が今持っている黒い球、おそらく迷宮核を取ったのが原因か?否、その前にこの、前よりは控えめだが同じ魔力を感じたのは迷宮核ゲットよりも前だから違う。整理すると、何らかの方法でこの魔力を放つ木が移動してここに収まったということだ。木が移動するという今までの常識ではありえないことだが明らかに異質な木、その可能性も否定しづらい。と、ここまで考えているとふと気が付く。前と比べて放つ魔力が減ったのもそうだが、あの魔力から感じる威圧感というか怖さも幾分か落ち着いている。そうでなければ魔力を感じた瞬間見ずに逃げだすし、こんな普通に考えてはいられないだろう。そうだとしてもこの魔力、確実に魔物除けになっているだろう。こんな魔力がするのにわざわざ近づく奴はいないだろう。辺り構わず無差別威圧する奴なんか愚者か強者かどっちかしかいないし接触しないに限るだろうし。導かれる結論はこの木の周りは魔物が近づかない安全地帯になったということだ。勿論、油断しないに限るし、完全に安全なんか存在しないから警戒は大事だが、他の場所よりは安心して過ごしたりできるだろう。迷宮は寝心地悪いからここで寝ることにしよう。


 逃げるもととなった原因が解明できたところで、本格的に食糧調達に向かうとしよう。まあ自分が迷宮に逃げたように未知の危険はあるだろうから注意しながらやっていこう。最初から肉を狙うのは、殺せるか分からないのでまずは前回採った果物と木の実を取りに行こう。


 そんな、1日?数日位行かなかった程度では行き方を忘れないし、保険として所々で付けた自分に分かる目印を辿りながら目的の木に辿り着く。これにて食糧問題が緩和されると、自然な笑みを浮かべながら木の実を摘み取っていき、前回と同じく20個ほど貯まったところで、果物が生っている木の下に足を運ぶ。今度は木に登り、高枝切り鋏があったらなあとタラレバを考えつつ、果物を1個多めの3個ほど採って木から降りようと下に目を向けたとき、自分を含め木全体を覆うかのように陰に包まれる。見たくはないが即座に一瞬上を確認すると自分とは思えないほどの速さで木を滑り降り、木の下に置いていた木の実もがめつく回収して後ろを確認せずに一目散に全力疾走に逃げだした。大きな影を生み出したのは焦げ茶色の羽が印象的な大きな鷹だった。振り返っている間に殺されてしまうかもしれない。息が続かなくても、木の実を数個落としても、気に留めずただけないようにあの木に辿り着こうと、着くまでは絶対に足を止めずに走り抜いた。何とか木が見えた所で足が少し遅くなり、木の下に辿り着いた時にはすぐ倒れるように横になり、荒い呼吸が止まるまで何も考えられなかった。


 息の調子が元に戻り、やっと考えられる程頭も冷めてきたので正座になって反省する。


 果物を見つけて採るまでは迷わずに動けたしよかったと素直に言えるだろう。しかし、その後だ。初めての魔物?、動物だった。見た瞬間一目散に逃げたのもよかった。即座の行動が大事だ。だが木の実をわざわざがさっと拾い上げるのは愚作だった。逃げるとき1秒1秒が大切だ。欲が出て拾っている間に食われたら終いだ。それと思いっきり逃げるとき、身体強化を付けるのを忘れていた。逃げるのに必死で何も考えられなかった。ただ逃げようとして冷静になれなかった。そして多分助かったのは逃げ切れたからという訳ではなく、見逃されたんだろう。ああやって見せ付けるように舞い降りてきたのは自分を喰う為ではなく、縄張りだったからだろうと推測する。自分を追わなかったのは喰うにも値しないくらい小者だったからだ。今回はそれが幸運だった。下手に意識されるほどの強さがなかったのが幸いした。これは生かさなければいけない。この逃走にどれだけ意味を持たせるかは自分次第だ。


 一つ目に一刻も早く逃げる際は拾うなど無駄に時間をかけないようにすること。

 二つ目に脅威と出会ったときは身体強化を纏って、冷静に思考すること。

 三つ目に勝てない敵には敵意を示さずに逃げること。


 この3つのことをするようにしよう。最後の勝てない敵に敵意をというところは変に敵意を示して挑発してしまったら逃げられたかどうか分からないからだ。後、あの果物が生っている木はあの大鷹の縄張りとするならばあまり近づかないようにしよう。あー、食糧が確保できる場所が1つ減ってしまった。今回は仕方ないだろう。よし、反省終わり。さっそく果物1つを食べよう。酸っぱいが結構おいしく感じるのは錯覚だろうか。正座も崩してまずは食おう。

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