第七話 勇者マルブス


アシュハ国東端にある港町の北部、観光船や商船が多く行き来する海域にダラク族の支配する島がある。


閉じられた孤島を出生地とする彼らは文化の発展や生計を海賊行為による略奪で賄っていた。


被害者たちにとっては迷惑な存在だが陸地にだって山賊などの無法者は出没する。


頻度、規模の両面において最近までのダラク族はけして際立った脅威ではなかった。


それが近年、ルブレ商会による武器の横流しによって戦力を拡大、その勢いはアシュハの軍艦を脅かすほどになっている。


ダラク戦士という呼称は男子の九割が戦士になることに由来しており、残りの男子は部族独自の魔術を継承し【呪術師】となる。


戦士が海に出て戦い【呪術師】は島に残って外敵の侵入をはばむ。


アシュハなどの大国がいざ制圧しようとすれば可能ではある、しかし上陸に到るまでの損害を想像したら実行に移そうとは思えない。


対策は軍艦の巡航による牽制にとどまっている。


海賊島は上陸困難な地形も手伝い、要塞のごとく外敵を跳ね返すことで航路の真ん中に堂々と鎮座していた──。



海賊島の高所、海を見渡せる宮殿に屈強な男の姿。


「勇者マルブス、大変なことになったぞ」


マルブスと呼ばれた男はダラク戦士を代表する偉大なリーダーであり、尊敬を込めて『偉大な陰茎』と呼ばれた。


ダラク戦士は突出した者を中心に派閥をつくり、リーダーとなる者を『勇者』と呼んで崇めている。


「おいおい、大王を選ぶより大事なことなんかがあるもんかよ!」


マルブスの言った通り、ダラク族は大きな岐路に立たされている。


急逝した大王の後継者を急遽たてなくてはならなくなったのだ──。


大王は世代でもっとも尊敬される勇者が引き継ぐ決まりであり『偉大な陰茎』ことマルブスはその筆頭に当たる。


勇者とはその名の通り勇敢なる者、戦地へ赴き多くの成果を上げた者に与えられる称号だ。


死地からの生還は神の祝福を受けていることの証明であり、もっとも神に愛されている者を大王に据えるというのが彼らの信仰だ。


慎重すぎては機を逃し、無謀すぎては生き残れない、それをわきまえているという意味ではあながち間違った人選でもなかった。


報告者はマルブスに詰め寄る。


「緊急事態だ、ユナバハリがマウ人の船を襲撃した!」


ユナバハリとは勇者の称号を冠する一人だが、大王候補の序列としては最下位に位置する。


ルブレ商会の船が襲撃を受けたのは彼の独断によるものであり、ユナバハリの暴走をマルブスははじめて聞かされた。


「なぜそんなことになった!?」


「わからん、なんの釈明もないままだ……」


ダラク族の勢いはルブレ商会の支援があってこそ、関係の破綻は部族の明暗を分ける結果になりかねない。


「──この事態は部族に混乱を招くぞ!」


次期大王候補の筆頭としては見過ごす訳にはいかない、マルブスはすぐさま報告者と共にユナバハリを問い詰めることにした。



「ユナバハリ、なぜマウ人の船を襲った!」


急ぎユナバハリの住処に押し掛け、マルブスは怒鳴りつけた。


全身に刺青が入ったその男はリーダーの剣幕にいっさい動じないどころか反論すらして見せる。


「外部からのほどこしに頼りきりでなにが海の戦士だ」


豪放磊落な者が多いダラク戦士においてユナバハリは異質な存在だ。


陰鬱な雰囲気をまとい体格は平均より一回り小さい、部族の代名詞とも呼べるマルブスと並ぶことでその差はいっそう強調された。


「あれは我々にとって必要な存在だ、納得のいく説明を聞かせろ!」


物資の供給がなくなった影響はすぐに出てくる。


内輪もめを避けられないどころか、海賊の躍進にともなって警戒の高まった現在、出航すらもままならなくなるだろう。


今日までの躍進は結局、自分たちの首を絞めただけの結末を迎える。


──次期大王と浮かれている場合ではない。


混乱を最小限にとどめるためには示しをつけなくてはならない、場合によってはこのユナバハリを断罪する必要すら出てくる。


そんな状況においてユナバハリの口をつくのは弁明ではなく挑発──。


「王に選ばれるため武器を独占しようとした、だが拗れてしまい力づくで奪うことになってしまった」


目的は次期大王の座だと開き直った。


我欲を優先させ軽率にも部族全体を窮地に追い込んだ。


マルブスにとっては、否、誰から見ても身勝手で許される失敗ではない。


しかしユナバハリにとっては違う、断固として必要な工程だった。


候補に名も上がらない自分が巻き返すためには筆頭であるマルブスと決闘し、勝つ必要がある。


しかしマルブスには格下のユナバハリにかまう理由がない。


勝っても評価は上がらず負ければ格が落ちる、無視したところで逃げたとそしりを受けることもない。


いくら挑発したところで対立構造が成立しない。


一方的な闇討ちで勝ったとして、誰も時期大王にふさわしいとは認めないだろう。


だからマウ人の船を襲った──。


「マウ人からの援助を恥と言いながら、その物資を独占しようとしただと?」


「略奪はオレたちの常套手段だろ」


やる気にさせるためには『物語』が必要、これはそのための火種。


上位ならば誰でも良かった、まっさきに現れたのが序列一位であることは幸運だ、最短距離で目的に近づける。


いま戦わなければならない──。


大王になられてからでは部族に対する謀反に当たる。


この機を逃せば次の大王を決める頃には自分は全盛期を過ぎているか最悪、天命を終えているだろう。


ユナバハリが問われているのは暴走による責任ではない、今生で王になることを諦めるか否かだ。


いましかない──。


ルブレ商会との関係を切ったことは部族を窮地に追い込むだろうが、いまを逃せば大王になる機会は二度と訪れない。


──ならば、やるだけのこと。


ユナバハリは挑発を続ける。


「──さあて、リーダーとしての資質が問われているぞ」


組織の裏切り者をどう裁くべきか、マルブスは熟考する。


「おまえが進んでいるのは破滅の道だぞ!」


臆病風に吹かれたわけではないが、勇者同士の対立は派閥自体の優劣を左右する。


──かと言って、弱気を見せれば威厳が損なわれる。


「くどいな、やるのかやらないのか! 恐れているなら逃げてもかまわんぞ!」


健在ならば大王が裁いて終わる話だ。


時期じゃなければ鼻で笑って無視もできた、慎重と評価され臆病者などと罵られることもない。


だがいまは違う、なぜ放置するのかと誰もが疑問視する状況だ。


大王候補としてこの場を有耶無耶にするわけにはいかない、マルブスは自ら手を下す覚悟を決めた


「わかった、おもてに出ろ──」



ユナバハリに脅威を感じてはいない、異端でこそあるが威勢がいいだけの小僧にすぎない。


──窮地を好機に変える時だ。


このままではルブレ商会の後ろ盾を失ったという損失ばかりが残ってしまうが、ユナバハリをしっかりと裁くことで大王の座を磐石なものにできる。


親しみやすく豪快な人柄から支持者こそ多いが、強さだけで言えばガドィ、スージグルなど勇者の中に拮抗する者もいる。


この場を収めることで候補の二番手、三番手に決定的な差を作ることができるだろう。


対戦するに足る物語は用意され、場は整った。


「なけなしの勇気を振り絞ってくれてありがとう」


ユナバハリは嘲笑まじりに言った。


「いきがるなよ、これが手っ取り早いと思っただけだ」


マルブスは大王の血筋であり優れた才覚を受け継いでいる。


決闘したなかにはより強い者もいた、けれど彼は勝利した。


賢い者、勇敢な者もいた、だがみんな死んでいった。


海賊を行い、軍艦に追われ、モンスターに挑み、決闘を繰り返して健在。


命を懸けて勝利した、その事実は実力とともに精神性が評価される。


挑戦と日々の研鑽を素直に讃えるところにダラク族の矜恃がある。


マルブスはその頂点に位置している。



日が暮れかけて視界は良くないが後日という空気ではない、屋外に出ると適当な足場のある場所で二人は対峙した。


人気はなく観客はユナバハリの暴走をマルブスに報告したダラク戦士ただ一人、彼には決闘の結果を公表する義務が生じる。


「焦ったな、ユナバハリ」


劣勢がゆえに無謀な玉砕にでた格下の存在をマルブスは憐れむように言って武器を構えた。


問題を起こさなければ相手にもされなかった個人が全体に迷惑をかけた、これを正して見せしめにしなくてはならない。


ユナバハリは捨て身だ。


「どちらがより神に愛されているかを明確にするだけのこと」


立会人はマルブス側だが挑戦者が不利な条件で臨まざるを得ないのは妥当だろう。


殺し合いの決着に贔屓の介入する余地はない、相手側の言葉だからこそ勝利時に説得力を得られる。


マルブスの武器はダラク族の体格にあった大振りなバトルアックス。


一方、ユナバハリはルブレ商会から略奪したであろうランタンシールドを右手に装着している。


「得物はそれでいいのか?」


シールドはたしかに戦利品の中に見つけたら身に付けずにいられない独特なデザインをしている。


そうでなくともドワーフ製の武具にはいつも感動があり心躍った。


マルブスが疑問に感じたのは利き手に握られているのが小さなナイフ一本であるということ。


武器が大きければ良いというものではないが体格差に加えてあまりにも迫力に欠ける。


「盾が重いからな」


「──ははっ、毒など塗ってないだろうな!」


冗談まじりに笑い飛ばした。


決闘で測られるべきは器であり死は結果だ、毒殺などはせっかくの勝利すらも無意にするもっとも軽蔑される行為に当たる。


「舌には塗ったかもな」


ユナバハリはそう言って舌を見せた。


ダラク戦士の戦いは常に外敵に対するものであり、身内の戦い方には関心が薄い。


とくに後進であるユナバハリとの決闘など想定したこともなく、どんな武器を得意とするかなどに興味もなかった。


考えてみれば武器の選択は妥当なのかもしれない。


体格差から打ち合えない、間合いの不利も拭えない、距離を潰して揉み合いのどさくさに仕留める算段なのだろう。


──それしかないだろうからな。


マルブスにとってユナバハリは相性的に容易い相手だ。


相手が必殺にいたるまでのあいだに幾度もの攻撃チャンスが巡ってくる。


見たところユナバハリは左利きだ、機能しないだろうシールドにさしたる脅威も感じない。



「さあ、行くぞ──」


マルブスが駆け出すと同時、ユナバハリはナイフを足もとに捨てた。


──どういうつもりだ!?


武器を捨てた相手に降参の二文字が頭をよぎる。


その意図を察するよりも早く、マルブスの頭部が強烈な衝撃を受けて跳ねた。


見えていなかった天井に追突でもしたかのように錯覚する。


しかしその額には地面に投げ捨てたのと同じナイフが突き刺さっていた──。


薄れゆく意識の中で、マルブスは原因を特定すべく対戦相手に視線を向けた。


ユナバハリは眉ひとつ動かさずに盾を構えた腕をマルブスに向かってかざしている。


ナイフを手放した手でシールドを回転させると、四十五度を回すごとにナイフが矢のように射出された。


それは盾ではなくナイフを射出する装置──。


頭部を撃ち抜いたことで勝負は決していたが、マルブスは武器の性能を確認でもするかのように首、胸、腹へと立て続けに撃ち込んだ。


マルブスは絶命し、勇者の巨体は為す術なく地面に倒れ伏した。


立会人が大声で異議を申し立てる。


「おい、おまえッ!!」


神聖な決闘の場において、見たこともない飛び道具でリーダーを騙し討ちにした卑劣な男を責める。


「こんなことはけして許されな──!」


つかみ掛からんばかりの勢いはマルブスが盾を向けたことで止まった。


「べつに相手がこちらの武器を見誤っただけのことだろう」


立会人は怒りに震えたが、下位とはいえユナバハリは勇者の一人、自分の手におえるとは思えなかった。


それゆえにマルブスを頼ったのだ。


「こんな決闘で誰もおまえを認めはしないぞ……」


「聞け、おまえたちのリーダーはもういない、誰についた方が得策かをよく考えろ」


マルブスの死体に残っているのはナイフによる痕跡だけだ、マルブス側の立会人が証言すれば正当な決闘と認められる。


「──おまえはオレの勝利を伝えろ、俺が王になったあかつきには優遇することを約束してやる」


ダラク族には勇者の数の派閥が存在し、その活躍に応じて戦士たちは評価される。


マルブスが死んだことで今後その恩恵を受けることはなく、誰が大王になったところで肩身の狭い思いをするのは確かだ。


死んだリーダーよりも微塵でも可能性のある男に従う方が得だと考えるのも無理はない。



翌日、ユナバハリは正当な決闘によりマルブスを下したと報告された。


後日、この立会人は不幸な事故で命を落としたが、ユナバハリに有利な発言をした男を彼が殺害したと結びつける者はいなかった。


大王に到るためのユナバハリ劇場が開幕したのは、『劇団いぬのさんぽ』の公演が再開したのと同じ頃だった。


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