第二章

第八話 勇者ユナバハリ


大海原をわがもの顔で荒らしまわっている海賊たち、その王がひっそりと急逝した。


後継者はまだ決まっていない──。


ダラク族の村は孤島の集落にしては先進的な建築の集合体だ。


異国からさらわれてきた腕利きの職人たちが手掛けていて、なかにはドワーフの姿もある。


待遇自体は厚く、仕事を終えて解放される者もいれば自らの意思で留まる者もいた。


使い捨てに近しいほとんどの戦士たちに比べると職人たちの扱いは丁重だ。


その成果は入り江に面した高台にある大王の城に集中しており、島のほとんどは豊かな自然で満たされている。


荘厳な城を見上げる都市のはずれには、木陰に隠れるようにこじんまりとした集落がある。


そこが【呪術師】たちの住処──。


「行ってくるよ、父さん」


勇者ユナバハリが朽ちかけたボロ屋の一つで老いた盲目の男に向かって話しかけた。


ダラク族の呪術師は魔術に必要な感覚を研ぎ澄ませるために視力を犠牲にしている。


効果は認められているが、強制という意味では魔術という優位性を持つ術師たちに対する足枷の意味合いが強い。


ダラク族の【呪術師】は戦士として見込みのない弱者や臆病者に与えられる役割だ。


戦士を敬う部族の性質上、その資質を持たずに落ちこぼれた彼らへの風当たりは強く、徹底的に迫害することで上下関係が明確にされている。


大王候補の筆頭であるマルブスに勝利したのはそんな被差別階級の子供だった──。


「──オレが大王になったら父さんを城の一番いい部屋に住ませてやるし、みんなの待遇も一変させてやるからな」


老いた術師は無謀な大言壮語に期待こそしていなかったが、我が子が活力に満ちた日々を送れていることには満足していた。


強い子供が生まれる期待が持てないという理由で【呪術師】は女性たちから相手にもされない。


彼の存在は異例中の異例であり、酔狂でユナバハリの父と交わった女は当然のように彼らを切り捨てた。


母である女はそのことを公表しなかったし、ユナバハリもそれが誰であるか知らされていない。


ひどい環境で育ってきた──。


盲目ながらに育ててくれた父に感謝こそしているが、ユナバハリは大人たちから十分な庇護をうけた訳ではない。


どのタイミングで命を落としていてもおかしくなかったし、これといった才能も授からなかった。


同年代の誰よりも体が小さく、将来性の感じられない彼を気にかける者は誰一人としておらず物心がついたころから孤独だった。


飛び抜けたものがあるとしたらそれは反骨精神だろう。


──親は関係ない、劣悪な環境で育ったが自分は最高だ。


いまの自分があるのは折れない精神とたゆまぬ修練の賜物であるという自負が、ユナバハリを支えている。


呪術師たちの待遇改善が目的で努力をしてきたわけではない、あくまでも自分を見下した連中を見返してやるという反逆の精神こそが原動力だ。


そんな自分が王になる姿を誰が想像できただろう。


幼い頃からそこを見据えて積み重ね、ついに部族を代表する勇者の一人にまでのぼり詰めた。


──もうすぐオレが王になる、これ以上の『物語』はない。


その機会は想定よりもだいぶ早くに訪れた、それがマルブスとの決闘の裏にある背景だ。



ユナバハリは呼び出しを受けて王宮へと参上する──。


たびかさなる暴走に対する警告か、処罰目的の審問にあうだろうことは想像ができた。


若き勇者は自分の派閥に属する戦士たちを引き連れ断罪の場へと向かう。


仲間たちは上からの押さえつけに反発するはぐれ者の寄せ集め、戦士としての格はたかが知れており周囲からさしたる期待もされていない十人程度のはぐれ者たちだ。


「おやおや、ずいぶんと大勢のおあつまりで」


ユナバハリは意図して遅刻すると場を挑発した。


へりくだることなく、むしろ待たせることで自分の優位をアピールする。


──はねっかえりの小僧を躾けるつもりで呼び出したんだろうがそうはいかない、主役はオレだ。


ユナバハリたちを何倍もの数の屈強な戦士たちが取り囲む、その先頭に立つのは略奪した貴金属やドレスで着飾り女王のように振る舞う中年女性。


「呪術師の子ごときが、次の王には自分がなるべきと吹聴しているようですね」


ユナバハリを憎々しげに睨みつけているこの女性は故マルブスの姉だ。


その周囲を縁者である女や子供たちが取り巻いており、それぞれが憎悪や悲嘆の表情を彼に向けていた。


男たちは外への出稼ぎに集中している都合、島のことは女たちが仕切っている。


海賊島には大きな【精霊の通り道】があり土壌に優れ作物がよく育つ、島内で食料を賄うことは十分に可能だが、彼らは物資や文化などを略奪で育てる。


ある意味では女たちを着飾らせるための海賊行為とも言えた。


神にもっとも愛されている者を王に据えるのが慣習だが、それが誰であるかを判断するのは女たちだ。


男たちは海に出る、島のことは女たちがやる、守る人物は守られる側が決めるというわけだ。


男たちはみな戦士である以上、評価の比重は強さにかかっている。


だが腕っぷしがすべてではない、いかに部族に貢献したかが重視された。


女たちは彼らを崇拝し、より活躍した勇者の派閥に属する男たちを優遇する。


男たちは彼女らに羨望のまなざしを向けられるため、女たちに贅沢をさせるために命をかけて戦う。


女たちの印象が大王すら決める社会で、マルブスの姉は特に発言力の強い人物だ。


ユナバハリは言い返す。


「その呪術師の子が大王候補筆頭と正々堂々決闘をして勝利した、事実を伝えてなにが悪い?」


「……き、ィィ、その態度はなんだッ!!」


マルブスの姉が金切り声をあげた。


皆がユナバハリの態度に驚きを隠せない、反抗的な若者たちのリーダーでありながら彼だけは従順な戦士に見えていたからだ。


だからこそ勇者という栄誉に預かれた。


しかし、それは牙を剥くタイミングを虎視眈々と狙い猫を被っていただけのこと。


ユナバハリは断言する。


「次期大王の態度に決まっているだろう!」


候補だった勇者マルブスの死により大王の選抜は難航している。


ユナバハリはマウ国の商船を襲撃したことで部族に不利益をもたらしたが、マルブスとの決闘に勝利することで戦士としての格を証明した。


勝ち続けているあいだは正義だ──。


しかし、部族の中では呪術師の子供を大王にすることへの忌避感が蔓延しており彼の躍進を妨げている。


なによりマルブスの子供たちもいる場で悪びれる様子もない若造に対して怒りを禁じ得ない。


「たった一度の決闘で資格を得られると思うなよ小僧ぉッ!!」


マルブスの姉が叫んだ。


ユナバハリは冷めた表情で自分が殺した男の姉を見下す。


──感情的になった女は心底から鬱陶しいな。


「意義があるならオレより王に相応しい戦士を連れてこい、ぶっ倒してやるよ」


こうして声高に叫び続けることで大王の選出にケチが付く。


彼の挑発的な態度に周囲は憎々しげに歯噛みした。


ユナバハリが何者かに負けてしまえば解決する話だ、しかし返り討ちにでも遭えば勢いづかせることになる。


呼び出しまでに時間を要したのはそのためだ。


──とはいえ、さすがに今日こそは黙らせようって腹だろう。


ここが正念場であることをユナバハリはよく理解している。


到着直後から人だかりのなかでひときわ存在感を放っている二人の存在を意識していた。


勇者スージグルと勇者ガドィ、今回の呼び出しが彼らありきだということはすぐに分かった。


スージグルはマルブスに次ぐ大王候補の筆頭、ガドィは腕っ節では最強と名高い戦士──。


周囲の戦士たちも二人の派閥に属する歴戦の猛者ばかり。


「勇者スージグル、勇者ガドィ!」


マルブスの姉の発した号令で二人が歩みでる。


「──彼らを前にして大王を名乗る気概があるかしら?」


女の表情は勝利の確信に満ちている、それだけの実績があり信頼に足る強者たちだ。


ユナバハリは怯むことなく断言する。


「オレこそが大王に相応しい!」


本心からそう思っているわけではない、少なくとも時期尚早という自覚はある。


特に人望の点で言えばまったく及ばない、それゆえに過激なパフォーマンスで人目を惹く以外にアピールする術がないのだ。


相応しいかはどうでもいい、引き下がったらそこまでだ。


確信はなくともこの道を進み続けるだけのこと。


マルブスの姉とは対照的に二人の勇者は落ち着いている。


さすがは歴戦の勇士、若造の煽りや挑発ていどに心を揺さぶられたりはしない。


──自分もついにこの二人と並ぶところまで来たか。


強大な壁が道を塞いでいることにはむしろ感動すら覚える。


幼い頃から憧れ、羨望の眼差しで観察し、沢山のことを吸収した、まさに強くなるための見本だった勇者たちが自分と対峙している。


マルブスの件がなければこの場にはいない。


正々堂々やっても五分で勝てたと思っているが、万一負けたらそこで終わっていた。


無視させないために部族に不利益をもたらし、確実なスタートを切るためにだまし討ちもした。


そして舞台がととのった今こそ観衆の前で力を示すことが必要だ。


ユナバハリは提案する。


「──この決闘は素手による殴り合いを提案する」


ユナバハリの発言にガドィが拍子抜けと言った声をあげる。


「なんだ、怖気付いたのか?」


殴り合いならば命を落とすより先に力比べの決着がつく、死を恐れたと連想しても無理はない。


しかし、この期に及んで評価を下げるような要求をこのユナバハリがするはずもない。


「部族にとって貴重な戦力である二人を、殺してしまってはもったいないからな」


近海の警備は厳しくなり、マウ国商人からの物資の補充は途絶え、強きリーダーだったマルブスを失っている。


この期に及んで勇者の数を減らせば今後に響くということを訴えた。


それが正論として、発端である男が恥じる様子もなく発言したのだから受け入れがたい。


「どの口が──!」


異議を唱えようとしたマルブスの姉をスージグルが遮る。


「いいだろう、今後のために損失を抑えたいという意見は尊重できる」


対等である勇者以外にこの場で彼に異論を唱えられる者はいない、たとえ内政を司る女たちであったとしてもだ。


「──ユナバハリが大王に相応しくないことを証明できれば文句はないな?」


ユナバハリの肩を持ったわけではない、提案を承服したのは自分たちにとってそれが有利と判断したからだ。


武器を使っての命のやり取りならば体格差をくつがえせることもある、しかし素手での殴り合いとなれば差は歴然。


提案が受け入れられたことにユナバハリは感謝する。


「理解してくれて嬉しいよ」


双方の了承が得られると周囲の者たちは速やかに散らばり決闘のためのスペースを確保した。


そこにガドィが名乗りを上げる。


「スージグル、オレにやらせろ!」


スージグルはダラク戦士一の弓の名手であり圧倒的な戦功から強者と認識されているが、慎重な性格で揉め事を好まない。


対照的にガドィは部族でも一、二を争う巨漢で化け物じみた腕力と打たれ強さを誇っており、粗暴で喧嘩っ早い男。


彼が出しゃばることは分かっていた。


「──わはは、無謀な提案をするガキだ! 素手の勝負ならば死ぬ可能性こそ低いが、チビのおまえに勝ち目はないぞ!」


素手での勝負を持ち掛けたのは今後の戦力維持を見越したからでも、ましてや弱気からでもない。


このガドィを誘い出すためだった。


「あんたらを刺し殺すのは簡単だ、だが勝ったあとで運がどうとか事故だとか言われたらたまらないんでね」


冷静なスージグルと駆け引きをするより、殴り合いでガドィを倒す方が可能性があると踏んだ。


なにより喧嘩最強のガドィを殴り倒してしまうことが視覚的に分かりやすい。


「──オレが勝ったら最強、それでいいよな?」


ガドィが笑う。


「わはは、愉快な奴だ」


それが冗談としか受け取られないほどに素手における体格差は覆しがたい。


無謀な条件の決闘に異論は出ない。


小僧から大王を語る権利が剥奪できれば目的は果たされるし、誰もがガドィの勝利を確信している。


だからこそ意味がある、インパクトがある。


常勝の帝国が長らく支配している大陸では失われて久しい価値観だが、優位な条件の勝利に価値はない、ダラクの勇者は下剋上こそが称賛される。


被差別民の少年が大王を目指すのならばなおさらだ。


最大の成果を得るために最大のリスクを冒す、夢破れたら死ぬだけだ。

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