第五話 稽古開始


不名誉にも伝説として語られはじめた『劇団いぬのさんぽ』は公演に向けての行動を開始した。


劇場完成の目処が立ち、運送のために大量の馬車を確保、戯曲の完成しだい稽古を重ねる段階にまできた。


演目発表の当日、朝の務めを終えたメンバーが集まりはじめる。


劇作家兼演出家イーリスのもとに最初に現れたのは獣人ノロブ。


「なにを食べてるんです?」


集合を待っているあいだ、ノロブはイーリスになにを頬張っているのかとたずねた。


「力の種」


イーリスは植物の種らしき大粒のひとつをつまんで見せた。


継続して接種することで筋力が増強するといわれ港町でひろく取引される定番の商品だ。


療養期間の体力低下を補うべく大量購入していた。


「──限られた時間で強くなるためには効率を重視しなきゃね」


「効きませんよ」


どや顔のイーリスに向かってノロブはきっぱりと商品の効果を否定した。


「え?」


「サランドロ発案の商品です、能力が強化されるは売るための宣伝文句で根拠はありません」


健康を害する植物ではないし何かしらの栄養素はある、運動をしていればその分は鍛えられるという理屈だ。


「嘘つけ、けっこう強くなってる実感あるぞ!」


「そりゃ、順当にトレーニングの効果が出てるだけでしょう」


衰えた体力を取り戻していけば、だるかった体も軽くなって感じる。


「魔法のある世界なんだから、食べて強くなる種くらいあると思うじゃん!」


「そんなものがあったら独占して市場に流したりはしないでしょうね、露店で安価に手に入るわけがない」


「そんな……」


イーリスは戸惑いを隠せない、かれこれ一年は摂取し続けているし結構な金額を使っている。


──今までのことはなんだったんだ……。


「どうした?」


そこに朝の巡回を終えたオーヴィルが種らしきものを口に放り込みながら合流、察したという様子でノロブがたずねる。


「あなたはなにを食べているんです?」


「賢さの種だよ、これで賢さがぐんぐん上がるんだぜ」


イーリスが叫ぶ。


「効き目ないじゃん!!」


「えっ?」


とつぜん怒りだしたイーリスをオーヴィルはとまどいの表情で振り返った。


ノロブは嘲笑混じりに解説する。


「食べればどう塗ればこう、なんてものはほとんどが希望的観測ですよ、それで意欲がでるなら結果オーライじゃないですか」


効果は保証されていない、しかし金を払ってまで入手したのだから意識が変わるきっかけくらいにはなる。


「──大男に宣伝させれば強くなりたい者に売れる、美人が宣伝すれば美しくなりたい者に売れる、夢を売ってるんだから気持ちよく金を払っていればいいんです」


学習意欲があれば賢くなるし、美意識が上がれば美しくもなる、結局は当人の努力次第だ。


「無駄だったって知ったときの気持ちをどうすればいいの!」


「なんの話だ?」


種をむさぼるだけで賢くなるための努力をしていないゴリラは置いてきぼりだ。


「それボリボリするのやめろ!」


買い溜めしたぶんを今後、どんな気持ちで食べて良いのか分からずイーリスはオーヴィルに八つ当たりした。


「金を稼ぐには馬鹿を騙すのが手っ取り早いですからね、中毒性の高い食品も売るし、薬を売るためなら毒だって撒いた、肉親を騙ったり盾にとることだってある」


持っている人間を殺して奪うのが一番手っ取り早いところを、わざわざルールに乗っ取っているのだから良心的というのがノロブの認識だ。


イーリスは不服顔で意義を唱える。


「グンガ王が言ってた、数で圧倒的に勝る人間からドワーフ以上の職人が出ないのは体の強さの問題じゃない、足の引っ張り合いが絶えないからだって!」


都合の悪いことは隠し、いいことだけを提示していたら修正箇所に手を付けられない。


問題点を包み隠さず作業台の上にぜんぶ広げてみないと真の完成には近づけない。


利益の確保を優先した騙しあいを重視するあまりに本筋がおろそかになっている、ドワーフ王はそれを「人間には問題を解決する能力がない」と断じた。


「客は騙して気持ちよくなってもらう、それが商売の基本です。好き嫌いは人それぞれなんだから真贋はどうでもいい、不都合な現実より都合のいい幻想ですよ」


体力関係の商品を宣伝するのはもとから体力のある人間。


知力関係の商品を宣伝するのはもとから賢い人間。


美容関係の商品を宣伝するのはもとから美しい人間。


視力が良くなるフルーツもバストサイズが増える薬にも科学的な根拠はない、生きてりゃ改善される人も悪化する人もいる。


「そうやって目を逸らしていたら、その不都合な現実はいつ解消されるの?」


「得する人間がいるのだから解消する必要なんてありませんよ」


イーリスに反論されてもノロブはひるまない。


「──左右できるのは一部の成功者だけ、その他はつらい現実を酒、クスリ、恋愛などに酔って誤魔化しながら死ぬまでやり過ごすだけです」


人生は刹那的なものだ、本人が納得してさえいれば虚実は関係ない。


快楽を得られればそれでいい。


個人に与えられた時間でやれることには限界がある。


明日には死ぬかもしれないそのなかで快楽をむさぼって散っていくだけ、ものごとの本質などはどうでもよいことだ。


「演劇はその最たるものでしょう?」


ノロブは不都合な真実よりも都合の良い幻想と言う、物語は弱者の慰み者だとサランドロは言った。


「ボクはそう思わない」


価値観の相いれなさをイーリスは唇を突きだしてアピールした。


気に食わないが、見解のちがいを戦わせられることこそがノロブを劇団に招き入れた効用とも考えられる。


それはイーリスの書く脚本や演出、劇団の運営方法にまで影響を与える可能性があり慣れた環境で思考が停滞するよりは発展的だと思うことができた。


「なるほどな!」


と言って、話に入っていけないオーヴィルは懸命に賢さの種を貪った。


イーリスの飼いオオカミであるアルフォンスはそんな人間たちの姿に、さもくだらないといった様子で大きなあくびをしてみせた。



イーリス、ノロブ、オーヴィル、リーンエレ、ギュムベルト、そしてアルフォンスが揃ったところで会議は開始される。


事務作業中のニィハは不参加だ。


大量に雇った馬車は劇団では賄えない『鉄の国』の観光事業に頼ったものだ。


一般市民の立ち入ることのなかった断崖都市に安全に出入りし、良質の製品や潤沢な宝石類を購入することができる場として人を集める。


製造以外の仕事が増えることをドワーフたちは嫌がるだろうが、今後も人間が大陸の主権を握りつづけることは避けられない。


これまで戦争のための工場くらいにしか思われていなかったこの国を観光地として人間の生活圏に組み込む。


それが種族の延命に繋がるという意見をドワーフ王は受け入れた。


彼女はその調整に駆け回っているところだ。



イーリスは団員たちにむかって次の演目の概要を伝える。


「今回の芝居はね、資産家の三姉妹が父親の財産独占を狙って争う話だ」


性別こそ逆転させているが、これは現在の東アシュハ王とその兄弟たちがイーリスを取り合った実話を元にした戯曲になっている。


「──もっとも優れた伴侶を得た娘を跡取りとして財産を譲る、そう資産家が言いだしたことで三姉妹は争うことになる。

それぞれに自分の恋人自慢をしてマウントを取り合うんだけど、三人の相手は同一人物だったってコメディだよ」


現実では三兄弟の王位争奪戦であり、その結果として長男が王になり次男が宰相を務め、三男は国外追放され現在にいたる。


「また三姉妹の話っスね」


「コメディってどうやるんだ、難しいんじゃないのか?」


手渡された台本をめくりながら各々に役名などを確認する。


「いつも通り真剣に役に寄り添ってくれたらいいよ、面白いのは状況の方なんだから」


台本の確認はそこそこにイーリスは大事な発表にうつる。


「──それではキャスティングを発表します」


ギュムは背筋を伸ばして緊張の面持ちで待ち構える。


三姉妹ということは女性がメインだろう、イーリス、ニィハ、リーンエレと劇団にはちょうど女性が三人いる。


しかし、第一声から想定外の名が呼ばれる。


「──長女ドナ役、オーヴィル」


「なんだって?」


父親役かと油断していれば思いもよらない配役だ。


「──ちょっと待ってくれ、意味が分からないんだが……」


困惑するオーヴィルと一同を無視して発表は続く。


「次女パトラ役はノロブ、三女ローラ役にギュムベルト」


オーヴィルは質問する。


「まてまてまて、なぜ男女三人ずついるのに姉妹役を俺たちがやらなくちゃあならないんだ?」


三兄弟ならば違和感のないところをわざわざ姉妹にしたところが理不尽に感じられた。


姉妹であることが重要ならば、イーリス、ニィハ、リーンエレがいる、性別を逆転する必要はない。


「遠くまで来てもらうわけだから、なるべく愉快な気持ちになって帰ってもらおうと思って」


「それにしてもだろ!」


二メートル近い長女の存在感は物語のすべてを破壊しかねない。


「おまえの語尾はですわ、ですわよ、な」


そこまで黙って聞いていたノロブが耐えきれずに辞退を申し出る。


「演者をやるとは言ってませんので……!」


ここにいるのは外敵から身を守るためでしかなく、もともと演劇にはなんの興味もない。


嫌な役割から逃れようとしたがイーリスはそれを聞き入れない。


「じゃあ出てけば?」


「ぐっ……!」


これまでの仕返しとばかりに意地悪く言い放つ。


「お前の語尾はザマス!」


「ざます……」


舞台に上がったこともなければ芝居の経験もない、はじめて与えられる役が資産家の令嬢、あまりにも耐え難い。


なにかの拷問かと感じるほどの苦痛、しかし追い出されるわけにもいかない。


「はい、おれの語尾はなんですか?」


すんなりと受け入れたギュムベルトがあっけらかんとした様子で手を挙げた。


「いや、三女は普通で」


「なんだ普通か……」


女役の時点で普通ではなかったが、さらなる課題を与えられなかったことにギュムは意気消沈した。


対照的にノロブは頭を抱えてうずくまっている。


「いや、無理だ、まっとうできる気がしない……!」


女装して女コトバで話して観衆の前に立つなんてことに耐えられるわけがない。


客席に知人の顔でも見つけようものなら憤死もまぬがれない。


恐怖すら感じているし想像するほど吐き気に襲われる。


「普段えらそうなわりに肝っ玉が小さいのな


ギュムが勝ち誇ったように嘲笑した。


──クソガキ!!


これまでなら即座に思い知らせているところだが、媚びを売ってでも居座らなければならない身だ。


ノロブは屈辱を噛み締めて耐えた。


ギュムは乗り気でオーヴィルも首を傾げながら決定には逆らわない。


どんなに抗議を重ねたところでイーリスの意見は変わらなかった。


あとに三姉妹が惚れる恋人役をイーリス、資産の横取りを企む悪役にはリーンが配役され、台本を読み込むようにとの指示がされて一同は解散した。


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