第二十七話 商ダウン
* * *
「あなた方が商人ギルドに納品していた製品をすべて、今後はうちで買い取らせていただきたい!」
サランドロ邸の庭に飛竜を駆って舞い降りると、商人ルブレはドワーフたちに向かって申し出た。
「おいっ、なに勝手なことを言っている!」
大胆な横取りに本来の取引相手であるサランドロがたまらずに口をはさむ。
「――マウの人間がアシュハの敷地内で好き勝手できると思うなよ!」
「いやいや、『鉄の国』にはアシュハもマウもないドワーフのものだよ」
それが事実か意見は分かれるところだが、皇国の植民地あつかいするよりかはドワーフたちにとって好印象だ。
「――どの道、キミはもう『鉄の国』とは取引できないでしょ。出荷先がなくなる彼らに商談を持ち掛けるのは正当な行為だよ」
状況を見ればドワーフとこじれたことは一目瞭然、関係の修復は不可能だろうと推察できる。
ひらめいたら即行動がルブレの信条だ。
サランドロに盗賊ギルドの動きを伝えてその反応を確かめようと立ち上がり、現場に来てみればドワーフと争っていた。
――来てよかった、絶好のタイミングに居合わせることができた。
「サランドロくん、俺のすることに目をつぶってくれたらこの場を円満に収めてやってもいいよ」
ドワーフ排斥をもくろむサランドロがそれでも打ち切らなかったほどに、『鉄の国』との取引を失うことは大きな損失だ。
しかし、ルブレの横暴に対してサランドロは口出しできない。
「…………くそっ!」
体力の限界を迎えていた『殴られ屋』にとってルブレの登場はむしろ好都合だった。
次のひとりだって生きて切り抜けられる気がしない、潮目を変えられなければ死ぬしかないのだ。
「……円満に収めるだと?」
聞き捨てならないとグンガ王がかみつく。
「――馬鹿いってんじゃあねえよ、こちとらそいつに落とし前をつけさせるまで手を引くつもりはねえぞ!」
「そこは線引きでしょう、命を奪うことだけが報復じゃあないはずだ。商人である彼にとってあなた方との取引を失うことは大きな痛手、これだけ痛めつけたこともふくめて報復としての体裁は十分に保てる」
「十分かどうかはワが決める!」
「まてまて、引き時を見誤るな。目的と手段が入れ替わっていることに気が付くべきだ。暴力をふるうのはなぜだ、種族の平穏を守るためだろう。徹底的にやった結果、戦争を引き起こしたら本末転倒じゃないか」
言っていることはニィハたちと大差ないが、当事者の意見は保身にしか聞こえず受け入れがたかったが、ある意味で敵の敵である人物の意見は興味を引いた。
「――いまが引き時だろう。このまま続ければ『鉄の国』側も収入が途絶え、展開によっては存続すら危ぶまれる危機的状況を招く。
ところが俺と取引することで、サランドロに痛手を負わせたうえで『鉄の国』はこれまで以上の収入を確保することができる!」
部外者であるルブレの提案は悪くないように聞こえる。
「それで、マウ人と取引しろだと?」
繰り返しになるが『鉄の国』は東アシュハ領内に存在し、マウ王国は西アシュハと戦争中だ。
「亡き皇国への義理立てはもう十分でしょう。あなた方は西アシュハ人ではなく、誇り高き『鉄の国』の民なのだから――」
グンガは今回の件で人間に対して強い不信感を抱いている、ルブレの提案を承諾するわけがない。
ドワーフ王は怒り狂い、もはや『殴られ屋』のルールなどかなぐり捨てて一斉攻撃を命じるとみずからも大暴れするだろうと誰もが思った。
「……フン、まあいいだろう」
しかし、怒髪天はどこへやら最強のドワーフは意外なほどすんなりと引き下がった。
オーヴィルが驚きの声を上げる。
「……えっ、おい、いいのか!?」
グンガ王は手を振って皆の視線を周囲へと誘導しながら、大きなため息をつく。
「こんなに粘られるとはな、正直、これ以上はこっちがもたねえや……」
見まわせば、すでに囲みが作れないまでにドワーフたちの人数は減っていた。
まだ百五十戦を残っていたはずとギュムベルトは驚く。
「半分も終わってなかったのに……」
順番を終えた者から解散というルール上、減っていくのは当然だ。だとしても人数が少なすぎる。
結論、オーヴィルたちが粘りにねばったことですっかり日が昇ってしまい、長い待ち時間に耐えられなくなったドワーフたちは争いに興味をなくすと順番を終えていない者までもが便乗する形でこの場を去って行った。
物づくりへの欲求が抑えきれなかったのだ。
「見ていて分かった。素手での勝負に助けられたのは、むしろ『ワ』の方だったと」
グンガ王はオーヴィルを指さした。
「――そっちの男が武器を振るっていたら『ワ』は何十人、いや何百人が命を落としていたか分からん」
オーヴィルの剛腕の前にはドワーフの頑強さもたいして意味を持たない。
そうなれば先に泣きを入れていたのはドワーフ族の方だった、お情けをかけられておいて流儀もなにもない。
それが大人しく引き下がる気になった理由だ。
「そうそう、ここらで手打ちにしておけば丸もうけだ」
ルブレが話をまとめに入った。
商人ギルドを介さないことでドワーフ、ルブレの双方はこれまでよりもはるかに好条件での商売ができる。
サランドロが散々な目に遭い、損害を被ったことでドワーフ側も体裁を保ったうえで命拾いができる。
サランドロが生存しドワーフと人間の全面衝突が回避されることで『劇団いぬのさんぽ』も『鉄の国』での公演が可能になる。
「これで一件落着で――」
と言ったギュムが自分の脛を抑えてうずくまった。
「痛ってぇぇぇぇぇぇ!!」
すこし離れたところに透過の魔法を解かれて二匹目の飛竜が姿を現す、その横には騎乗していたテオとシーリカの姿があった。
彼らの存在にはルブレ以外にはまだ誰も気づいていない。
「姿を見られたくないって言うから隠してあげてたのに……」
テオはあきれたように言った。
姿を現して不都合なことなどないはずなのに、ユンナがギュムベルトに見つかることを嫌ったので魔法で姿を隠していた。
ダミーの死体と見間違えられたことを、まだ根に持っているのだ。
「それより、本当に逃げていいのね?」
シーリカは再度テオに確認すると踵を返した。
テオは主人の指示に従うだけ――。
「あなたたちは情報提供者、協力者ということらしいですから。ただ、僕がいつあなたの背後に立つことになるかは分かりませんけどね」
逃がしてやる、ただし余計なまねをすれば殺しに行くぞとの脅迫だ、姿を消せる相手に言われると生きた心地はしない。
「気味の悪いことを言わないでよ……。じゃあね、さようなら」
盗賊ギルドの人間であることを隠していた彼女は劇団の人間と顔を合わせることに抵抗を覚えると、こっそりとこの場から立ち去った。
「なにが一件落着よっ!! わたしのことなんてすっかり忘れたってこと!!」
ギュムの脛を蹴り上げたあと魔法が解けて、透明化していたユンナが姿を現した。
「ユンナさん!?」
ニィハの声にギュムが反応する。見上げれば、そこには見間違いようもなく健康そのものの幼なじみの姿がある。
「お、おまえ、死んだはずじゃ……!?」
ユンナは怒り心頭だ。
確かに、ギュムはろくに確認もせずに誤った情報を広めてしまったし、ユンナが生きているという可能性を頭から完全に排除していた。
とはいえ誤解させたのはジーダの策略であり、数日も姿をくらませたことで信憑性を増すことにユンナも加担していた。
――言ってやりたいことが山ほどあるのよ!
積もりつもった不満の数々をここでぶちまけてやりたかった。
演劇に夢中でまったく構ってくれなくなったこと、他の女に心を奪われていつまでも囚われていること、自分がいない場所でも変わらず活き活きとしていること。
細かい事を挙げればしぐさの一つ、反応の一つが勘に触った。
けれど、そのほとんどは自分の願望がかなわないことへの不満であって、少年に落ち度はない。
それがどうしようもなく悔しい。
――わたし、どうしたらいいの?
ユンナが「ちょっ!?」と小さく悲鳴をあげた。
もう一蹴り入れてやろうとしたところを、ギュムにしっかりと抱きつかれていた。
「――な、なにしてんの……?」
「そうか、生きてて良かったなあ! 本当に良かったなあ!」
蹴り飛ばされたことも忘れて歓喜する姿に、怒りの炎が瞬時に沈下してしまう。
幸せな気分で胸が満たされていくのが分かる。
――馬鹿みたい。
異種族の問題にだって尽力するギュムは、きっと誰の生還だって喜んだろうし、これが特別でもなんでもないことをよく知っている。
だのに、屈辱的なほどに効果はてき面だ。
「……ちょっと、あんた汗でびしょびしょなんだけど」
どんなに強がって見せても、恋をしている側がどうしようもなく不利であることを痛感する。
小さなことでも腹が立つけれど、どんな大きなことでも許せてしまうのだ。
ニィハが稽古場のイーリスよろしくパンと手をたたいた。
「さて、片付けをはじめますか」
ニィハは再会を喜ぶ二人を尻目にサランドロたちの治療を開始し、商人ルブレはドワーフ王グンガと今後のことについての打ち合わせをはじめる。
こうして、ドワーフ族によるサランドロ邸の襲撃は幕を閉じた。
その光景を人間学者のジーダはかみ締めるようにして眺めていた――。
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