第二十一話 異国の商人


抵抗は無駄と判断したシーリカはユンナと並んで大人しくエルフの少年に従った。


『巨大船』の内部へと連行されながらシーリカは疑問に思う。


――海賊船にはみえないけど、ここにサランドロの不正の証拠が本当にあるのかしら?


ほしいのは商人ギルド、またはサランドロ個人による海賊との癒着の証拠だ。


エルフの存在にも違和感はある。船の内装もきらびやかで島国の蛮族とはイメージがかけ離れていて、どちらかと言えば略奪される側の船といった印象を受ける。


「偉い人との交渉はシーリカがしてよね……」


「はあ、なんでよ?」


人見知りのユンナがまともに交渉できるとは思っていないが、それ以前にほしい情報がただ得られると楽観している緊張感のなさにシーリカは腹を立てた。


相手が『謎の一団』であることに疑問を抱くこともなければ、自分たちは捕縛されたスパイで場合によっては殺されるかもしれないということにすら思い至らない。


こんな子供が女優として自分よりも世間の称賛を集めている、その事実はシーリカに屈辱に塗れた耐え難い日々を過ごさせてきた。



「殿下!」


そう言ってエルフの少年が扉をノックする。


「――殿下! 殿下! 殿下!」


返事を待たずに繰り返し呼びかけ続けると、それを遮るようにして戸が開かれる。


「わかった、わかった、聞こえてるよ……」


「スパイを捕獲したので処遇を決めてください」


エルフの少年は主人に用件を伝えると無遠慮に室内へと押し入った。


「テオ、殿下はやめてくれとお願いしたよね……。で、朝じゃだめだったの?」


「問題が起きたあとで責任を問われたくないですからね」


船の主らしきヒゲヅラのうさんくさい中年男は三人を招き入れると椅子にもたれる。


「働き者の部下を持って俺は幸せだよ……。で、こんな可憐なお嬢さんたちがスパイだって?」


『闇の三姉妹』において三女役にキャスティングされている二人は見た目も幼く、ユンナの方は実際に幼い。


「人間にとっては子供なんて、性欲処理の道具か爆弾をくくり付けて敵地に送り込むためのものでしょう?」


「いや、アシュハでは近年、人身売買が違法になったんだ。どれだけ機能しているかは疑問だけどね」


部下の悪趣味な冗談をかわしながら、この船の主人はあらためて来客を振り返る。


「――さて、俺は行商人のルブレ。で、キミたちはなに?」


ルブレと名乗った男の問いにはシーリカが答える。


「通りすがりの劇団員です」


「いや、商人ギルドの弱みを探ってる盗賊ギルドの諜報員だよね?」


テオと呼ばれたエルフの少年が訂正した。


「この子と共通の所属はそっちだから……」


スパイを名乗るのに抵抗があったというのは本音だが、連れの子供が盗賊ギルドと無関係であるというのも事実。


「ほう……」


商人ルブレはシーリカが言い逃れようとしたことよりも、『劇団』という言葉のほうに興味を示す。


「――あれって、盗賊ギルドの仕掛けなの?」


劇団員であるということには説得力があった。二人にはステージに立つ人間特有の堂々とした美しさがあり、それは育つ過程で意識せず身に付くものではない。


「盗賊ギルドは関係ないわ、旅芸人の一座が持ち込んだものだから」


「一度、観てみたいなとは思ってるんだ。けど、人目に付くところに出るのは避けたくてね」


人目に付くところは避けたい――。


シーリカが後ろめたいことでもあるのかと勘ぐったのを見越して、ルブレは「マウ人だから」と付け足した。


西アシュハ国とマウ王国は絶賛開戦中だ――。


シーリカたちが属する東アシュハは西と分割され統治者も異なる。とはいえ、東の人間がマウを敵対視するのは自然な感情だ。


マウ人が街道を堂々と歩きまわれば、それだけで気性の荒い輩に絡まれることもあるだろうし、取り締まりの対象にされることもあるだろう。


――マウ国から来た行商人か。


海賊船の調査をしていたら異国の商船だった、これは想定外のことであり標的ちがいだ。


「私の目的はサランドロ・ギュスタムの不正の証拠をつかむこと、あなたと争う理由はないはずよね?」


どんな拷問をされるかと警戒していたが、悠長に世間話を振ってきたことから付け入るスキはありそうだとシーリカは考えた。


しかし、そう甘くはない。


「でもさあ、俺たちの存在を知った以上は報告義務を果たすつもりでしょう?」


つまり彼らは真っ当な商人ではなく、その存在を知られたらまずい一団ということらしい。

不正な商売をしているか、敵国の諜報員のどちらかだろうとシーリカは推察する。


このことは黙っている、そう言っても無駄だろう。約束を守る保証はないし、殺してしまうのが確実だ。


――なにか、この窮地を脱する方法は……。


考えていると、かたわらで大人しくしていたユンナがしびれを切らす。


「サランドロが海賊とつながってる証拠を出しなさいよ、もってるんでしょ!」


この期におよんで、ルブレが遠回しに『生かして帰す訳にはいかない』と言ったことにすら気づいていない。


「あんた、黙っててくれる!」


激怒するシーリカの横で、商人ルブレは首をひねる。


「……ん? 『彼』は海賊とつながってなんかいないよ」


期待外れの回答にユンナの口から「え?」と声が漏れた、信じられないといった様子の少女にサランドロはもう一度確認する。


「うん、サランドロくんとダラク戦士たちは無関係さ」


ジーダの読みは外れたのだろうか、ユンナは愕然とする。


「うそつき!」


「こんどはなに、うそ?」


困惑するルブレにテオが説明する。


「ええと、ドワーフ製の武器をサランドロが流出させていて、その証拠がここにあると僕が言いました」


うそではない、テオは確かに『海賊に』とは言っていなかった。


しかし、海賊たちの使っている武器がドワーフ製であることを盗賊ギルドは確認している。


――なぜ、サランドロと海賊が無関係だと言い切れるの?


シーリカは思考し、そして思い当たる。


「……まさか、あなたが?」


ルブレはおどけながら認める。


「さすが盗賊ギルドの諜報員、察しがいい。ドワーフ製の武器をサランドロくんから買い付けているのは海賊たちじゃなくて、俺なんだ」


となれば、答えは明白。海賊にドワーフの武器を流しているのも、他ならぬこのルブレということになる。


サランドロからルブレが買い付け、そして海賊に流している――。


シーリカは結論を反すうする。


「だから、サランドロは海賊と直接的には無関係……」


サランドロを追求したところで「ドワーフの武器が海賊に流れているとは思わなかった」と言い張るだろう。


東アシュハとマウは直接的な開戦はしておらず、異国の商人と取引をするのは当然のこと、知らぬ存ぜぬの態度を貫けば、有力者に対してそれ以上を誰も追求したりはしない。


「ズルいよ……」


ユンナはがっくりと肩を落とした。


サランドロの弱みを握るという目的は失敗、ここに来たのはまったくの無駄骨だったということになる。


シーリカがポツリとつぶやく。


「そんな商売が成り立つとは思えない……」


ダラク戦士たちが手に入れたのは、強国アシュハの軍艦と渡り合える兵器の数々だ。

それらをあのサランドロが投げ売りしているとは考えにくい、最大限のもうけをだしているはずだ。


そうでなければ動かない。いくら調子に乗っているとはいえ、リスクなしで渡れる橋でないことくらいは分かるはずだ。


そこから商人ルブレがもうけようと値段を釣り上げた場合、略奪で生計を立てているダラク戦士たちにそれを都合するだけの財力があるとは考えづらい。


サランドロに高額で売りつけられた製品を海賊にタダ同然でばらまいているのだろうか、否、金銭以外の見返りを得ているはずだ。


――少なくとも得ることが目的であるはずだ。


シーリカは演劇の台本を読み込むときのように登場人物の行動原理を、セリフの裏にある意図を読み解いていく。


演劇の『本読み』だけでなく、普段からそうしているところが『理詰めの女優』の真骨頂だ。



「――もしかして、海賊の活動を活性化させるのが目的なの?」


相手のきらう余計な詮索であることは承知しているが、真相を確認せずにはいられない。


海賊が略奪したあがりから幾ばくかを納めさせる、長期での回収を見越した計画かとも考えた。


しかし、それによって首都から正規軍がこの東端にまで派遣されてきた。今後、海賊たちの活動も抑制されていくに違いない。


そうなれば利益の回収は絶望的、それくらいの想像はできただろう。


――港町に軍隊を集める、それが本筋なんじゃ?


シーリカの表情をうかがいながら、ルブレが答える。


「御明答。察しがついたろうけど、俺が一日ここに滞在することで前線の王国軍が一日進軍できるってこと」


戦力を海賊に割かせることで、東軍から西軍に加勢する余力を奪うことがルブレの目的だ。


シーリカは問い詰める。


「あなたたちは商人なんかじゃなくて、王国軍の別同部隊ってこと?」


「いや、俺たちは正真正銘のしがない商人さ。軍人じゃなくても母国に貢献したいって気持ちはある。だから軍を動かすことなんてできないし、海賊を利用させてもらってるってわけ」


自国の戦力を疲弊させず、略奪をなりわいとする海賊を活性化させることで敵国の戦力を削ぐ。


近年、マウ王国は第一王子が順当に王位を継承したことで、ルブレことアーロック・ルブレ・テオルム第三王子はお役御免となった。


元第三王子は彼を慕う一部の部下を引き連れると、趣味で運営していた商会に活動の舞台を移した。


今回の件は商売を度外視した弟なりの兄に対する援護射撃という訳だ。



「戦争なんてとっくに終わってたのに、どうしていまさら……」


皇国時代のアシュハが諸国を蹂躙し乱世を引き起こしたが、皇帝の謀殺をきっかけに戦火は終息したはずだった。


それが、いまは亡き女王が即位したタイミングでマウ王国からの侵攻が開始された。


ルブレは強い口調で念を押す。


「終わってないよ、そっちの手番が終わって今度はこっちの番ってだけでしょ」


なぜ終戦したか、皇帝の不在もあったが、一番の理由は人手不足だった。


帝国軍は回復魔術に支えられた大胆な進軍で大陸最強を誇り、手当たり次第に他民族から領地を奪っていった。

しかし、領土を広げる速度に人の数が追いつかなかった。この港町も純粋なアシュハ人は全体の一割に満たず、雑多な民族がひしめいている。


異民族出身のサランドロが強権を振るい、純血のアシュハ民族である領主ですらそれを抑制できていない。


領土を広げるほどに末端の血が薄くなっていった。手足を伸ばしすぎて先端まで血液が行き渡らないといった状態であり、心臓の負担を大きくする一方だった。


純血の割合が高いところに比べて愛国心は薄れ、統率も取れない。末端に行くほど脆弱になっていく。

これ以上続けるならば異民族の男をすべて殺し、残された女たちにはあまさずアシュハ人の混血を産ませる他に方法はない。


しかし、教会が権力を有するアシュハにおいてはあるていど倫理が優先され民族浄化などにはいたらなかった。


どれだけ強かろうと、結局は広大な土地を持てあまし、人不足から戦争を終結させるしかなかったというのが実情だ。


「――終戦はそちらさんの一方的な都合だ。勝ち逃げは許されないよ、こっちはこれから負け分を取り返そうって思っているんだからね」



一連のやりとりでお互いの素性と事情が確認できた。


「あなたたちは明確にアシュハと敵対する組織ってことなのね……」


シーリカはため息をついた。海賊はしょせん小規模な略奪者でしかないが、ルブレは敵国の王族であり侵略者。


絶望的だ、媚びを売って命乞いをしたくらいで解放されるわけもない――。


「キミたちを魚の餌にしなくてはならないことが心苦しいよ」


これ以上の意見交換は必要ないと、ルブレことアーロック第三王子は最後の確認をする。


「――そういう訳だから、かわいそうだけどスパイは死刑ってことで」


万策尽きた。聡明なシーリカはもはや足掻く気力さえ失うと、生き延びることを観念してその場にうなだれた。

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