第二十話 暗躍する者たち


    *    *    *



サランドロ・ギュスタムはドワーフ族から買い付けた武器を海賊に流している――。


推察は当たっていた。しかし、ジーダたちの中ではまだ確定ではない。


「それをえらい人にチクればいいんだ!」


「そのえらい人とやらがサランドロの味方でない保証はどこにあるんです……?」


ユンナが気色ばんで身を乗り出すと、仮説を立てた当人が難色を示した。


告発する相手がサランドロを残すことと排除することのどちらを有益と判断するかが問題だ。

彼に利用価値を感じていればかばうだろうし、邪魔に感じていれば足を引っ張ろうとする。


「――正義の形は人それぞれと言いますが、そんなものは含蓄のある言葉でもなんでもない。みんな自分は損をしたくないってだけの話です」


うかつなことをすれば窮地に追い込まれるのは自分たちの方だ。


「でも、わたしたちだけじゃどうしようもないんでしょう?」


「いずれにせよ、確実な証拠を提出できなければ一蹴されてしまうでしょう」


果たして、サランドロの報復を恐れずに敵対できる人物がどれだけいるだろうか。


確実に勝てる勝負に持ち込まない限り助力を得ることは難しい、だからこそ慎重に行動しなくてはならない。


「確実な証拠ってなによ!」


「知りませんよ、まずは海賊とサランドロがつながっている確証を得なくては」


あとがないからと行動に移してはみたものの、改めて勝ち目のなさを実感しては気が重くなってしまう。


ジーダはユンナに釘をさす。


「――とにかく、ワたしのしていることがバレたらまずいので、あなたはここで大人しくしていてください」


「わかったってば!」


そしてジーダの念押しも虚しく、その日の夜にユンナは姿をくらませるのだった。



    *    *    *



深夜、少女はひとり明かりも持たずに海岸沿いを駆けていた――。


夜中に女子供が出歩くのは自殺行為だが、裏通りや森の中よりはなにかしらと遭遇する可能性は低い。


ユンナは小さな体を暗闇に潜めながら海賊の姿を探す。


――決定的な証拠をつかまなくちゃ!


若さゆえのありあまるエネルギーと好奇心は数日の監禁生活に耐えられなかったし、なにより手掛かりに心当たりがあるぶん衝動を抑え込むことができなかった。


得体の知れない怪物ならばともかく、ダラク戦士たちとは演劇の共演から宴会をやったことだってある。


――『偉大な陰茎海賊団』に会うことができれば、力を貸してくれるかもしれない。


彼らは海賊内の一グループでしかなく遭遇できるかは分の悪い賭けでしかないが、衝動が理性を容易く上回ってしまうのが人間だ。


走り出したら止まらない。


少女は船を探しながら延々と走った。そして、港から離れた場所に一隻の『巨大船』が停泊しているのを見つける。


「――んッ!?」


突然、ユンナは腕をつかまれ地面に引き倒された。


――やばっ、殺される!?


街中での強姦も見てみぬふりが当たり前の風潮で、無駄なりに大声を出そうとして遮られる。


「黙って!」


「……えっ、あれ?」


ユンナを引き倒した人物は女性で、しかも顔見知りだった。


『パレス・セイレーネス』の娼婦でリーンエレ役を担当する七人のうちの一人、先日はキャスティングの変更をイーリスに進言していたシーリカという女優だ。


「こんなところでなにしてるのよ、あんた死んだってことになってるわよ!」


けして仲の良い同僚ではなかったが、若すぎるユンナの訃報をシーリカだって人並みに悼んでいた。


「それはギュムベルトの早とちりって、そっちこそなにしてるの?」


大振りのナイフを片手に夜闇にまぎれるようなシーリカの服装は、とても散歩や逢い引き目的にはみえない。


いまも、襲撃してからユンナであることに気付いた様子だった。


「これは……、仕事よ」


「仕事って、どんなプレイを要求されたらこんなことになるの、同僚虐待オプションでも付けたの?」


もちろん娼婦としての仕事ではない。


シーリカはどこまで話したものかと思案する、この憎らしい子供にも原因の一旦はあるのだ。


――ニコロさんも動きだしてる頃か……。


ここで押し問答をしている時間が惜しいと、シーリカは事実を伝えることにした。



「聞いて、今回の件で商人ギルドの権力がより強くなることを危惧して盗賊ギルドが動きだしてるの」


盗賊ギルドが動きだしたことと、取り押さえられていることの因果関係がユンナには分からない。


「それって、この状況の説明になってる?」


シーリカは娼婦であると同時に盗賊ギルドの構成員であり、サランドロの弱みにつながる情報の裏取りをしているところだった。


死者との再会など想定しておらず、船へと向かう単独行動の人影を絶好の情報源だと確保してみれば、それが身内だった。


「……なんて言うか、うちのママって先代ギルドマスターの愛人だったのよ」


マダム・セイレーンは盗賊ギルドの先代マスターがもっとも愛した女性だ。それゆえ、距離を置いてからも遠巻きに監視が続けられていた。


害する目的ではなく、いざというときにいつでも支援を可能とするためであり、ニコロやシーリカはその役割を担う潜入要員だった。


「盗賊ギルドの人間なの?」


ユンナの質問にシーリカは「そうよ」と答えた。


「じゃあ、サランドロが海賊と取引してるって証拠は持ってる?」


ユンナは意外なところから目的が達成できることに期待してたずねた。


「あんた、どうやってそれを突き止めたの?」


「もってるの、もってないの!」


正直、シ-リカも決定的な物証はつかんでいない。


サランドロによる不正をあきらかにする確実な手段は、海賊かドワーフと接触することだが、どちらも繊細な扱いが必要だった。


今日まで慎重に情報収集を続けてきたが、ユンナの死、演劇活動の中止など『パレス・セイレーネス』への直接攻撃が続いたことで潮目が変わった。


もともと売春宿などは盗賊ギルドの縄張りであり、これまで商人ギルドにとっても不可侵な領域のはずだった。

その線を、力を得て増長した若造が無遠慮に踏みこえたことで裏社会の逆鱗に触れたというわけだ。


「物証はないわ」


「ええっ、使えない!」


ユンナの態度に「クソガキ……」と吐き捨ててから、シーリカはつぶやく。


「でも、もう必要ないかもね」


いずれは決定的な証拠をかかげて締め上げる気でいたが、その段階はとうに過ぎた。


「必要ない?」


ニコロから事実を知らされたドワーフ族は自分たちが受けた侮辱をきっちり清算するだろう。


その後、大軍での武力行使をした『鉄の国』に対しアシュハ軍がどんな対応を取ろうと知ったことではない。


盗賊ギルドは手を汚さずに商人ギルドに損害を与え、あとに責任を問われる言われもないという算段だ。


『鉄の国』が滅びたとしても知ったことではない――。


「あの男の思い上がりは、ドワーフたちが屋敷ごと木っ端微塵にしてくれるだろうから」



その話、詳しくお聞きしたいですね――。


誰もいない空間から何者かの『声』が発せられた。


「……!?」


「えっ、なに、幻聴?」


シーリカとユンナ、両方が反応した時点でそれが錯覚でないことが確定する。


シーリカは身構えると周囲を警戒した。


しかし、視界の悪さを度外視してもこの場に自分とユンナ以外の姿はない。


――やっぱり、幻聴?


刹那、なにもなかった場所にスッと人影が滲みでた。


「こんばんは、可愛らしいお嬢さん方」


現れたのは一人の少年。


「海賊、じゃないわね……」


「エルフ?」


リーンエレの存在を知っている二人はすんなりとそれを飲み込めた。夜闇にまぎれていたとかではない、エルフ族特有の魔法による隠匿だ。


なぜ森ではなく浜辺でエルフと遭遇したのかは分からない。


「なるほど、こちらの素性をつかんでいる訳ではないみたいですね」


年齢不詳の少年が言った。


「私は盗賊ギルドから情報収集の任務を与えられてる、あんたたちは何者なの?」


話はすべて聞かれていただろう。正体を隠す意味を失ったいま、自ら明かしてでも相手の情報を引き出そうとシーリカは考えた。


「僕たちはしがない行商人です」


この異種族の少年が周辺を騒がせている海賊と異なる存在であることは想像できる。


しかし森の守り人であるエルフという存在が、そこに停泊する軍艦にも匹敵する『巨大船』で行商をしているというのは突飛な話に感じられた。


「うそでしょ?」


「んー、どうでしょう」


世間話が目的にしてはしっかりとした武装をしている、エルフらしからぬ特殊部隊を思わせる姿だ。


――きっと友好的な相手ではない。


シーリカは相手の戦力について考える。


華奢な体は海賊よりもはるかに組み敷きやすそうだが、飄々としてつかみどころのない態度は余裕を感じさせる。


剣なり魔法なり腕に自信があるのだろう、勝利を確信しているからこそ姿を現したと考えるのが妥当だろう。


――逃げる……か。


しかし、ユンナを連れて逃げきれる気がしない。


――正直、見捨てて逃げてもいいんだけど!


などとシーリカが足踏みしていると、エルフの少年が釘をさす。


「逃げても無駄ですよ、周囲はすでに仲間たちが包囲しています」


シーリカは慌てて周囲を見回した。


敵は目の前の一人ではなく『透明化の魔法』をあやつる複数のエルフ族。すこしは修羅場をくぐってきたシーリカだが、とても自力でくつがえせる戦力差ではない。


――大人しく従うしかないか……。


観念したところで、ユンナがエルフの少年にたずねる。


「ねえ、あなたはサランドロが海賊に武器を流してるって証拠をもってる? もってたら譲ってほしいんだけど」


状況を理解できていないのんきな質問がシーリカの度肝を抜いた。


「なに言ってんのよあんた!?」


情報を盗みに潜入した自分たちはいわゆるスパイだ。いつ殺されてもおかしくないにもかかわらず、少女は要求を突き付けた。


「ええと、けがをしたくなければ大人しく連行されて……」


「もってるの! もってないの!」


降伏勧告をさえぎられたことでエルフ少年は笑いだす。


「フッ、アハハハハハ!」


目的が先行するあまり自らの危機にすら考えが及ばずにいる少女、その率直さが愉快で緊張の糸がプツリと切れてしまったようだ。


「笑わないでよ、こっちは真剣なの!」


「いや、失礼。フフッ、たしかに、サランドロがドワーフ製の武器を流している証拠なら持ってますよ」


謎の巨大船、エルフの武装集団――。


正体も目的も明らかになっていない謎の一団は、たしかにサランドロの弱みを持っていると断言した。

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