第十九話 鉄の王グンガ


物腰が柔らかく、単独行動をしており、かつ身内であること、それらは安心材料であるとともに潜入に適した条件でもある。


カガムに案内されてニィハ、オーヴィル、ギュムベルト、そして当たり前のようにニコロが同行する。


その先には『鉄の国』を治めるグンガ王の姿があった――。


天井の低い洞窟で固い岩盤を掘り進むことに適応してきたドワーフ族の体は圧倒的なまでに屈強だ。

目の前のドワーフはその特徴が色濃く際立っており、半世紀を人間社会で過ごしてきたカガムやジーダとはまた異質の雰囲気をまとっている。


「なんか用か、兄弟」


視線こそ低いがどっしりと質量のある存在感は、獅子をほうふつとさせる威圧感を放っている。


ニィハはカガムに視線を送り、彼がこの国の王であることを再度確認した。


「お初にお目にかかります陛下、わたくしたちは……」


そしてあいさつを始めると国王グンガはそれをさえぎる。


「堅苦しいことはいらねぇ、さっさと要件を言ってくれ」


作業の手を止めることなく耳だけを一同へと傾けた。


『鉄の国』の領土内にスペースを借りてそこで演劇の公演がしたい――。


ニィハがその旨を国王グンガに申し出ると、驚くほど容易く許可を得ることができた。


「――店を出すってこったろ、好きにすりゃあいい」


オーヴィルが驚く。


「おいおい、もっとこう、確認とかしなくていいのか?」


人間の国ならば面倒な手続きがいくつも必要だったに違いない。異国人、異種族ともなればなおさらだ。

エルフの集落にいたっては、交渉以前にたどり着くことさえ許されないだろう。


ドワーフたちは自らの興味には異常な集中力を発揮するが、他人ごとには無関心だ。


自らの創作に口出しされることを嫌い、相手もそうであることをよく理解している。


「その際には人間が大勢おとずれることになりますが、よろしいのですか?」


自分たちの縄張りを異種族が行き来することへの抵抗はないのかと、ニィハはたずねた。


特に人間は大陸の支配者を自称し強い差別意識を持って異種族を見下している。


同じ人間同士でも民族の違い、力の有無、財産の有無、美貌の有無などによって迫害が行われているくらいだ、ドワーフたちはことさらに不当な扱いを受けてきたはずだ。


しかしグンガ王は拒まない、ドワーフ族が人間に敗北したことなどないとの自負があるからだ。


「貧弱な人間どもがいくら押し寄せて来ようが恐れるに値しねえ。それとも、あんたらの商売は無法者を千人も呼び込むようなもんなのかい?」


百人程度が入り込んだくらいで脅かされるわれわれではないという意味だ。


正直、千人どころか十人と集まるかもわからないが客層自体は比較的善良だろうとニィハたちは考えている。


「ニィハさん、よかったですね!」


すんなりと許可が取れたことをギュムベルトは素直に喜んだ。なんにせよ、一歩目をつまずいていては二歩目を踏み出すことはできない。


場所が確保できそうなことに劇団はいったんの安堵を覚えた。



「さて、話がまとまったところでこちらは別件なのですが……」


唐突に、運送業者のニコロが話を切り出す。


「――グンガ王、鉄の国製の武器が海賊たちに流れていることはご存じですか?」


そして、およそ観光目的とは思えない質問をした。


「知らねえが、それがどうかしたのか?」


『鉄の国』で作られた製品は定期的に商人ギルドによって回収される、皇国時代の慣習でドワーフたちは指定された数量を期日までに納品することを繰り返していた。


そのあと製品がどうなるか、相手が誰であるかなどを気にしたことはない。


ニコロは答える。


「まず第一の裏切りは、半世紀も変わらない価格で取引をしているあなた方から買い付けた製品に、破格の値段をつけて販売をしていること」


ドワーフたちが人間社会の相場にうといのを利用し格安で買い付けると、海賊たちには高額で売りつけている。


「兄弟、そいつは本当か?」


人間社会での生活が長いカガムにグンガ王はたずねた。


『鉄の国』で生産される武器を町で直接さばけば、商人ギルドに下ろしている五から十倍の値が着くとカガムは答えた。


「海賊に流しているか……。港町を見て歩いたが、一品たりとも見つからず不信には思っていたんじゃが……」


首都暮らしのカガムがその実態に気づいたのは、つい先日のことだった。


彼はニィハたちの安否を確認した後、ドワーフたちの仕事がどう評価されているかを確認するべく市場を散策した。


しかし、ドワーフの製品はどこの店でも取り扱ってはいなかったのだ。


「それが第二の裏切りです。サランドロ・ギュスタムという男はドワーフの市場進出を危険視して妨害している」


例えば農作業用の鉈、ドラゴンを両断できる剣、どちらも一振りで人間を殺すことができるという点に変わりはない。

それゆえ後者の存在を知らなければ、人々は疑問を持たずに前者で間に合わせるだろう。


しかし、ドワーフの製品を知ればそうはいかない。従来の倍はある性能の物が半額で手に入る。


そうなれば、商人ギルドの扱う既存の製品など誰も買わなくなってしまうだろう。


「まだるっこしい話はやめだ、結論を言いやがれ!!」


獅子の咆哮を思わせるグンガ王の激昂に動じる様子もなく、ニコロは冷淡に言い放つ。


「ドワーフ族の名誉にかけて、サランドロ・ギュスタムには制裁を加えるべきです」


うまくいっている人間は当たり前のように増長する。自分を特別視し、他者を愚かと見下す快感に酔ってしまう。


そしてすべてを失ったときになってようやく、自らの傲慢さが招いた失敗を省みることになる。


サランドロは調子に乗りすぎた。


堪らずニィハが割って入る。


「ニコロさん、あなたはなぜ彼らを焚きつけるような真似をされるのですか!」


理由があるとすれば、サランドロに個人的な怨みをもっているか、または商人ギルドと対立する組織の人間であるかだ。


「――ドワーフ族と商人ギルドを争わせようとする意図はなんですか?」


「これは善意の行動ですよ。個人の悪巧みによって、ドワーフ全体が不当な扱いを受けているわけですから」


ギュムベルトもサランドロが恨みを買うのは当然だと考える。


「そうなったとして、なにか問題があるんですか?」


ことの重大さに気づかずにいる。


ドワーフ族は絶対にやり返す――。


事実を知ったグンガ王はこのまま黙ってはいないだろう。


ドワーフ族の王が指示し、サランドロほどの要人が襲撃されたとなれば衝突の規模は個人のいさかいのはんちゅうに収まらない。


しかも現在は正規軍が駐留しており、介入の可能性を否定できない状況だ。


サランドロの身を案じて言うわけじゃないが――。


「戦争が起こりますよ!」


事態がどこまで大きくなるか予測がつかない。


事の重大さに気づいたオーヴィルが改めてたずねる。


「おい、おまえは何者なんだ?」


「僕はニコロ、運送屋のニコロですよ」


正体を明かすつもりはないようだ。


あと一押しと、ニコロはドワーフたちをあおる。


「――ああ、そうだ。ジーダというドワーフの女性がいたのですが、劇作家として成功した途端にサランドロによってその地位を剥奪されています。現在は行方知れずだとか……」


劇作家ジオが女性であり本名がジーダであること、潜伏し姿を消していること、それらの情報を用意している時点で彼がサランドロとドワーフ族との争いを望んでいることは明白だった。


「殺されたのか?」


鍛冶師カガムがジーダの安否をたずねた。


ジーダはドワーフにしては虚弱だったため製鉄作業が捗らず、国から逃げ出した落ちこぼれだった。


彼女の研究に対して同胞たちは興味こそ示さなかったが、ドワーフの気質を失わずに自らの創作に打ち込み成果をあげていることは認めている。


なによりグンガ、カガムにとっては同族であると同時に恩人の名だ。


「サランドロという男はそれくらい平気でする人物です」


結論を濁して答えると、ニコロは劇団一同を振り返る。


「――ですよね?」


イーリスへの襲撃にはじまり、ユンナ、そしてギュム自身も殺されかけている。一同にサランドロを擁護する材料はない。


「上等だ!! 戦争でもなんでもやってやろうじゃねえか!!」


「そう、その意気です。誇り高きドワーフ族は人間ごときを恐れない!」


ドワーフの行動は早い、グンガ王は作業を中断すると同時に周囲へと集合を呼びかけはじめた。



「待ってください! カガムさんなら東アシュハ王に相談することだってできるはずです!」


ニィハは騒動を未然に防ぐべくカガムに提案した。しかし、彼それを受け付けない。


「ワにそんな権利はない」


身近にいるとはいえ一職人が王に直訴などと分をわきまえない行為だ。


「――したところで納得いく成果が得られるとも思えんしな」


その意見にギュムが賛同する。


「おれも、そう思います……」


『パレス・セイレーネス』が海賊に襲われたとき警備隊はなにもしてくれなかった、ユンナの死の真相を捜査してもくれなかった。


報告したところで、事実を確認するとだけ繰り返し、時間稼ぎをしているうちに真相は闇の中。

何年も待たされたあげく成果なしとされるのが関の山、それまで無意味な泣き寝入りを続けるのかという話だ。


結局のところ、ドワーフからみれば人間は物事を解決する意思に欠ける。


エルフ族のように意図して停滞を望むのとはまた違う。真実の解明や技術の進歩よりも、一時の快楽を満たす欲求が勝っている。


事実よりも損得を優先するから虚構が蔓延する、それが目くらましになっていつまでも解決に導かれない。


少なくとも、ドワーフ族からはそう見えている――。


「でしたら、事実をもとに商人ギルドと価格交渉をされてはいかがですか、血を流さなくとも解決できるのではないですか!」


「金もうけの話ではない、誇りの問題じゃ」


力をチラつかせれば報復してこないと思われたが最後、ドワーフ族は人間たちの奴隷に堕ちる。


侮辱は許さず同胞の無念はかならず晴らす、ドワーフの魂を足蹴にされたら死を持って償わせなくてはならない。



「戦争じゃ!! サランドロの小僧に落とし前をつけさせに行くぞ!!」


王の怒りは瞬く間に国中のドワーフたちに波及し、一丸となってサランドロ邸に向かい進軍を開始した。

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