第三話 プレゼント
ユンナの誕生日が近々に迫っている――。
それが話題にあがると打ち解けない少女に気を使ってか、制作担当のニィハが「劇団からもなにかプレゼントをしましょう」と提案した。
大所帯のなか特別扱いをすることにはなるが、最年少であることがちょうど良い免罪符だ。
そして付き合いが長いという理由から、プレゼント選びは彼女と親しい二人に託されたのだった。
「正直言って、心っ、底っ、めんどくさい!」
「まあ、そう言うなって……」
乗り気じゃないギュムベルトを雇われ警備兵のユージムがなだめた。
「なにがほしいのか、それとなく聞き出そうぜ?」
「それが誕生日プレゼントだってことは時期的にバレバレだ、サプライズが台無しになるぞ」
女性だらけの職場でアドバイスを求めることも可能ではある。しかし、ここ最近の人間関係を考えると助言を乞うことすらはばかられた。
娼婦たちとユンナの関係はかんばしくない。快く相談に乗ってくれるか、そしてそれをユンナが受け取るかは疑問だ。
ギュムは頭を抱えてうなる。
「エルフ姉さんの意見じゃあ参考にならないだろうしなぁ……」
なにをプレゼントすれば喜ぶだろうかと小一時間ほど打ち合わせをしたところ、結論はでずに匙を投げかけていた。
ユージムが提案する。
「いっそ、本人同伴で買いに行くか?」
「サプライズは?」
言ってることがチグハグである。
「この際、誰を喜ばせるべきかが重要だろ」
騒がれて喜ぶタイプではないし、ギャラリーを満足させるのが目的でもない、本人を喜ばせたいならそれが確実だ。
「でも劇団からのプレゼントだし、稽古場で渡して反応を共有すべきなんじゃあないのか?」
「あいつはその場で『いらん』ってハッキリ言える心臓の持ち主だぞ?」
「ああ……」
そのシーンは容易に想像できるし、そうなれば関係の修復は絶望的だ。
「その方があいつも気兼ねしなくてすむだろ」
ほかに良案もない。ユージムの提案を採用し、ユンナを連れて三人でプレゼントを買いに出かけることに決定したのだった。
* * *
誕生日、当日――。
「おっそい、ギュムベルト!」
どういうわけか待ち合わせ場所にはユンナが一人で待っていた。
「……あいつは?」
ギュムはユージムの所在をたずねた。
「夜まで戻らないって」
そこで任務を丸投げされたことに気付く。
――くそっ、やられた!
もともとユージムは女性へのプレゼントで悩むようなタイプではない。
面倒だから任す。では逃れられないことを見越して、予定をセッティングしたうえですっぽかしたに違いなかった。
――姉さんたちの視線が怖いから、なるべく距離を置きたいんだけどな……。
ギュムだってユンナの買い物に付き合うのが苦痛というわけではない、妹分がヘイトを集めることでこれ以上、稽古に支障をきたしたくないというのが本音だった。
しかし、ユンナはそんなのお構いなしだ。
「ほらほら、なにやってるの、誕生日を祝ってくれるんでしょ!」
らんらんと輝くその表情を見せつけられて、いまさら中止と言えるはずもない。
「欲しい物の目星はついてるんだよな?」
「まだ決めてない!」
これは時間がかかりそうだ。「ええっ……」と、ボヤキながら少年は少女と並んで歩きだした。
ユンナがギュムに恋愛感情を抱いていることはもはや周知の事実だ――。
本来は人見知りである彼女のギュムに対する遠慮のなさをみれば一目瞭然、とにかく人に心を開かない子供なのだ。
まず、彼女は娼婦でありながら自分に欲情する男たちを嫌悪している。
酔っ払いの被害を誰よりも被っているのが飲み屋であるように、客をもっとも見下しているのが店員であるのは自然なことだ。
大人なんてものがいかに幻想であるか、そのことを彼女はよく知っていた。
結局のところ、接客業は人間に対する失望との闘いなのだ。
子供に欲情する大人が嫌いだ。恐ろしいし、なにより醜悪だ――。
男が嫌い、母親が目の前で首を割いて自死してからは女も嫌い、総じて人間が嫌いだ。
かといって、彼女のような子供がマダム・セイレーンの保護下を離れれば途端に搾取され、あげく死体で発見されるのは目に見えている。
どんな仕事にだって苦労はある、そう割り切ってパレス・セイレーネスで働くことこそが賢い選択だ。
不満を表にだしては立ち行かないという話であり、現にユンナは売れっ子である。
見下した大人たち同様、等しく自分がしょうもない人間であることを彼女は自覚している。
そんな彼女がギュムベルトに心を許しているのは徹頭徹尾、彼が自分を異性として見ていないからだった。
性的対象として接してこないからこそ、根っこにある優しさを信じることができた。
それがどうしようもなく特別だった。
なんの皮肉か自分を好きにならない相手だからこそ好きになれた、それゆえ恋に落ちてからは茨の道だ。
なにせ、彼にとって自分は恋愛対象外なのだから――。
そして、こんな仕事をしているあいだはと尻込みをしているうちに彼はべつの女性に恋をしてしまい、焦ってぶちまけた告白は見事に玉砕したのだ。
「おお、やってるなぁ」
商店街に面する広場でギュムは周囲を見渡してつぶやいた。
演劇ブームの到来によって吟遊詩人や旅芸人でにぎわう広場もずいぶんと様変わりした。
地べたの上で芸をしていた連中が、簡易舞台や天幕をとっぱらった馬車の上で演劇を披露している。
にぎやかだが、それを眺めるギュムの表情はけして晴れやかではない。
「どうしたの渋い顔して?」
「演劇がおまけみたいになってるのがなんだかな……」
通行人が立ち見に耐えられる時間は限られている都合、広場で行われているのは簡易的な物語だ。
演劇というよりは実演販売とでもいった方が正しい。
ほとんどは商品の宣伝が目的であり、数分の演目で女優を紹介するとその場で売春へと移行する。
馬車に天幕をもどしたりテントに移動しては、そこに男たちが列をつくっていた。
ユンナは見解を述べる。
「弾き語りがすたれたら楽隊、楽隊がすたれたら大道芸そしてサーカス、女を買ってほしかったら演劇」
手段として演劇は認知されつつあるけれど、それ自体を目的としている団体は珍しい。
もともと娼館での公演を手本にしているわけだし、個人売春で起こりうるリスクを衆人環視によって防げる利点もある。
「――それが生活するってことだもの」
「でも、なんかさ、こう、納得いかないもんがあるんだよな……」
簡易的に物語を楽しむことで長時間の演劇への間口ができるという意味では恩恵もある。
しかし演劇に価値を見い出しているギュムにとっては、あたかも矮小化されているように思えてそれが悔しいのだった。
* * *
「あんたが形に残る物を買ってくれるの、はじめてだね」
目的の雑貨屋に到着すると、たくさんの商品を眺めながら若干浮かれた調子でユンナが言った。
これまでも飲食をおごり合うことくらいは何度もあった、しかしマダムの方針上、子供たちの手元に大金があることは珍しかったのだ。
「劇団からだぞ」
支払いは他人の財布からされるのだと、ギュムはあらためて念押しをした。
「それ言っちゃうの台無しくない!」
「そこはハッキリさせとかないとダメだろ。ほら、好きなの選べ」
自分からのプレゼントではない、そう強調するギュムにユンナはほおを膨らませる。
「あんたが選んで」
「はっ? なんのためにおまえを連れて来たんだよ」
自分が選ぶのならば、わざわざ主役を連れてきた意味がない。
「いいから! そうだ、身につける物がいいな」
ユンナは考えた。自分で選んだものを劇団に買ってもらう、そんなのはぜんぜん嬉しくない。
だけどギュムが選んでくれたものを身につけて過ごせるとしたら、それはすてきだと。
「もっとヒントはないのかよぉ……」
「やだ、あんたが選んで」
ギュムは理不尽を感じながらもたくさんのアクセサリのなかから正解を探し始める。
「これなんかどうだ?」と、指輪を一つ取り上げると「バカ、サイズ合うわけないじゃん」と叱責された。
年齢的にまだまだ成長の余地があるし、どの程度育つかも定かではないのだ。
そのあとも、あれやこれやと文句を言われ続けてギュムが半泣きになりはじめた頃、やっとのことで店を出ることができた。
「ニィハさんにもお礼を言っとくんだぞ?」
「はーい」
と、ユンナの返事は適当だ。どうやらプレゼントをもてあそぶのに夢中な様子。
さんざん悩まされたあげく、けっきょくは最初に却下された指輪を買うことになった。
迷走しまくった結果に妥協した物より、最初に選んだものという理屈らしい。
いつかはサイズが合うようになるだろうと、別売りの紐に通して首から下げた。
――ニィハさんねぇ……。
その名を聞くとユンナは少し憂鬱になった。
ギュムがすっぱりフラれたと言っている以上、恋敵と呼ぶのも申し訳ないが、ニィハの存在はユンナにとって歓迎できるようなものではない。
演劇なんてもののせいで生活環境はガラリと変わった。のんびりした日々は終わり、世界は忙しなくなってしまった。
ギュムを取り巻く人間関係もごちゃついている。
娼館の小間使いは素通りしたくせに、『闇の三姉妹』の主人公をチヤホヤしているのだ。
みんなは自分を責めるけれど、すべての原因は演劇にある。ユンナにはそう思えてならない。
「よし、『セリフ合わせ』でもしながら帰るか?」
台本を読んで内容を確認する作業を『本読み』、台本を手放した状態で相手役と掛け合いのシーンを確認する作業が『セリフ合わせ』だ。
「やだよ、稽古場じゃあるまいし」
「人生はいつだって芝居の稽古だろ」
まさか、他の女優と出かけた先でもセリフ合わせをしているのだろうか、そんなバカなとユンナは思った。
演劇や売春に仕事としての誇りを持っている同僚もいるだろう、けれどユンナは違う。それが分相応と思って身を委ねてきただけだ。
だから、ニィハやイーリスのような人間はうとましかった。
二人を見ていると、仕方ない、仕方ないと、現状に甘んじながら生きている自分が惨めに思えてしまうのだ。
――でも、二人とも悪人じゃないから嫌ったりしたらわたしの性格が悪いみたいじゃん……。
彼女たちはきっと特殊な環境で育ってきたのであって物差しにはなり得ない、少女はそう考える。
「……あのさ」
「うん?」
特にニィハのまとう気品からは家柄の良さを感じずにはいられない。
実家が金持ちだとかそういうものとは違う、どこか高貴な血筋を思わせる。
「あの人のこと、もしかして女王様かもって考えたことない?」
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