第二話 劇作家ジオ


売れっ子作家ジオが来訪した目的は『劇団いぬのさんぽ』の座長にあいさつをするためだった。

この町ではじめて演劇を披露した団体こそ『劇団いぬのさんぽ』であり、商売の臭いを嗅ぎつけた人々がこぞって劇団を立ち上げそのノウハウを盗んだ。


「ぜひ一度、座長のアルフォンス殿と演劇について意見を交わしたく参上した次第です!」


売れっ子作家ジオは団員であるギュムベルトに座長との面会を催促した。


「座長に……?」


しかし、ギュムは不思議そうに首を捻った。


「不躾でしたかな?」


「とんでもない。ただ、座長に会ってもたいした話はできないんじゃないかと」


「できますとも! この素晴らしい劇団を率いるお方であられますれば!」


ジオにとって少年の反応は想定外だった。ブームの先駆けとなった人物だ、さぞや尊敬を集めているだろうと思っていた。

しかし、劇団の座長はどうやらこんな若手の団員からも舐められている様子。


「わたし、呼んでこようか?」


「ぜひ、そうしていただけるとありがたいです!」


ユンナが引っ込むとギュムは施設内へとジオを招き入れる。


「立ち話もあれなんで、中へどうぞ」



二人はユンナを追ってホールへと向かう、稽古はちょうど休憩に入ったところだ。


――あわよくば稽古の見学も頼んでみよう。


ジオが興味深く周囲を見回していると、ユンナが座長の首根っこを持ってグイグイと引っ張ってくる。


「ほら座長、お客さんだよ」


「……これは?」


「座長のアルフォンスです」


それは文字通りのケモノだった、種のなかでも特に大型のオオカミだ。


「まさか、人狼の劇作家だとは……!?」


人間の口からその感想はなかなかでてこない、異種族の作家ならではの発想だった。


「いや、ただの犬だけど……」


背後から訂正をうけてジオは振り返った。職員のほとんどがそうである娼館でわざわざ確認する意味もないが、そこに若い女性の姿がある。


「あなたは?」


「アルフォンスの飼い主です」


稽古の合間にケダモノとたわむれに来たイーリスだった。


ちなみに主従関係は良好ではなく、一回モフるごとに派手に流血させられる。


その自己紹介をギュムが訂正する。


「演出家兼作家だろ、なんで素性を偽るんスか?」


「いや、プライベートな空間で身内が偉そうに、作家です、キリッ。とかやったら、あ、うざってならない?」


「事実なんだから胸張ってりゃいいでしょ、訂正するのが二度手間なんスよ」


実際、その一言は作家であると証を立てているジオに少なからず不快感を与えていた。


しかし、それを表には出さない。対象への興味と尊敬がまだ勝っている。


「なるほど、こちらが『闇の三姉妹』の作者殿であらせられる」


「失礼ですが、どちら様?」


「『船乗りと乙女』の作者さん」


イーリスの質問にギュムが答えると、休憩中の役者たちがザワついた。


「ああ、あの……。なんだっけ、名前が長くておぼえられない」


イーリスの質問にジオは自己紹介をする。


「筆名ですが、ウィリアム・ペルペトーラ・ジオ・チンチン伯と申します。

無駄に長い名前をつけることで『名前の長い人』というおぼえ方をしてもらおうという算段です」


「伯爵なんですか?」


「いいえ、伯爵じゃないのに『伯爵を名乗っている人』というおぼえ方をしてもらいたいのです」


「チンチンしか残らないんですけど……」


なんでもいいから引っかかってもらおうと、細部にまで余念がないわけだ。


「よろしければ、わが劇作に先駆者からの感想をいただきたいと思い参上したしだいです」


「ええと、ゴメンなさい。うちの子らが薦めてくるもんで、見に行こうとは思っているんですけど……」


作家同士が顔を合わせたところで、片方はまだ作品を鑑賞していなかった。


「見てないんスか?」


ギュムがそう言ったのも当然、『船乗りと乙女』は人気に見合う名作だ。


劇団はそのほとんどがまだ手探り状態であり、そのほとんどが形になっているかも怪しい黎明期にある。

そのなかで、ジオの属する『本家演劇集団・大帝国一座』は商人ギルドが本腰を入れて取り組んでいる企画だ。


専用の劇場を用意し、ヒット作の原作者に戯曲を書かせ、各分野のスターを集めた公演は圧倒的なクオリティを誇る。

すべての市民がとまでは言わないまでも、演劇関係者であるイーリスはとうぜん見ているはずだと、ジオはタカをくくっていたのである。


「そうですか……。では、劇場にいらした際にはぜひ楽屋に足をお運びください」


すぐに返事があって然るべき。しかし、イーリスは申し訳なさそうに耳の後ろをかいた。


「いや、なんか、三日後にはこの町の演劇がほとんど同じ題材になるだろなと思うと、腰が重くて……」


演劇が話題になれば皆が一斉に演劇をはじめ、『船乗りと乙女』が流行れば類似作品が蔓延する。


自然な流れだが、イーリスはそれを歓迎していない。


ジオは相手に聞こえないような小声でつぶやく。


「ワたしの作品を見るのは腰が重い……?」


あたかも自分の作品が軽く見られているような気がして不快感をしめした。


ジオは『闇の三姉妹』のもっとも熱心なファンの一人だ。戯曲を書くためとはいえ、安くないチケット代を払って七度も鑑賞した。


同時に究極のアンチともいえる。他の劇団が模倣から入っているのに対し、ジオは否定から入っているからだ。


日常のトーンでセリフを発するから聞き取りづらい、円形舞台だから席によっては役者の表情が死角になって損した気分になる。


利点の追従にとどまらず、不満点を洗い出し徹底的に改善した。そこが他のまねっ子劇団とは一線を画す部分であり、イーリスからも絶賛されることを期待していた。


「まいりました!」と白旗をあげてくれるだろうと心を躍らせてやって来たのだ。



「そうだ、ドワーフの話は書かないんですか?」


あぜんとしているジオに向かってイーリスがたずねた。


「えっ?」


「船乗りの恋物語より、ドワーフが作家になった経緯の方に興味があります」


ドワーフの社会においてはその限りではないが、人間社会に向かって文筆をしているドワーフは非常に希少だ。劇作家にいたっては唯一といえる。


「ドワーフの話では客が入りませんよ。そりゃ一部の物好きは喜ぶかもしれませんけど、売れないと分かっているものを作るのは無駄でしょう」


ドワーフならば種族をバカにされたら怒り狂う――。


しかしジオは長く人間社会に溶け込んできたことで、人間がドワーフをはるか下に見ていることを思い知っている。


「ボクたちはドワーフのことをあまり知らないし、本人にしか分からないこと、あなたにしか書けないことがたくさんあるんじゃないですか?」


趣味ならばいざ知らず、演劇をするとなれば長期間、大勢のスタッフを拘束することになる。出資されている以上は結果を出さなくてはならない。


ジオはカッとなって怒鳴り散らす。


「わかった、嫉妬だ! 自分が先にはじめたのにワたしの方が評価されているから悔しくて観劇を避けているんだ!」


ドワーフはけして沸点が低いわけじゃない、むしろ忍耐強い種族だ。

種族をバカにすることと作品をぞんざいに扱うことはけして許さないが、それ以外のことには無頓着なくらいにおおらかだ。


反面、一度火がついてしまうと燃え尽きるまで収まらない傾向があった。


「――でなければ、あなたは怠け者だ。ワたしが気にかけるに値しない小物です! 伝統と格式のある娼館の看板と魅力的なスタッフの力でウケたにすぎないんだ!」


ジオの凄まじいまでの剣幕にあぜんとする一同を振り返りながら、イーリスは仲間たちに弁護を求める。


「ひどい言われようだが、どう思うかね諸君!」


「先生が悪い!」「土下座しろ!」


しかし、誰一人として助け舟を出さなかった。


「ホームなのに、このアウェイ感ッ!?」


客人に対して言葉が過ぎた。と、イーリスが大人しく謝罪をしようとすると、意外な人物が介入する。



「うるさいっ!!」


怒鳴ったのは舞台効果担当のリーンエレ、通称エルフ姉さんだ。


「わっ、エルフ姉さん、いたの?」


音もなく現れたエルフにギュムは驚いた。彼女はドワーフを忌避し、立ち去るまで気配を消しているつもりでいたのだ。


そのリーンエレから視線を反らし、ジオが退散を告げる。


「チッ、もういいです。お騒がせしました、帰ります!」


エルフとドワーフは基本的に仲が悪い――。


縦に長いエルフ、横に太いドワーフと見た目も対極的だが、自然をあるがままに保つのを旨とするエルフにとって、自然物を手当り次第に加工しようとするドワーフは生理的嫌悪の対象だ。


ドワーフ側も嫌悪感をあらわに接してくる相手を好けるわけもなく、クリエイティブの価値を理解しない無粋者としてエルフを毛嫌いしている。


双方、距離を置いて近づかないのが暗黙の了解だった。


「よくないっ! テリトリーに押し入ってきた分際で、よくもわたしたちのリーダーを侮辱してくれたわね。地面に頭を擦り付けて謝罪しなさい、この薄汚いドワーフ!」


彼女が感情的になるのは珍しい、ここで生まれ育ったギュムでさえ十五年のあいだで一度も見たことがなかったくらいだ。


ただ事ではないと、イーリスが慌てて仲裁に入る。


「いや、いいってば! 気にしてないから!」


時すでに遅し――。


「エルフは演劇なんて高度なことはやめて森に引きこもってドングリでも集めてろ!!」


「ドワーフこそ、薄汚い住処の洞窟で薄汚い火薬を破裂させて薄汚い種族ごと薄汚く滅びてくれないかしら!!」


「ちょ、ガチのやつじゃん! 戦争反対!」


イーリスたちの仲裁むなしく言い争いは過酷を極めた。


『劇団いぬのさんぽ』は初対面にして大ヒット作家ウィリアム・ペルペトーラ・ジオ・チンチン伯との間に禍根を残すことになってしまうのだった。

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