第二回公演『鉄の国』
プロローグ
伝説の剣
『エルフは維持を、ドワーフは創造を、人間は破壊を旨とした――』
アシュハという国がまだ二代皇帝に統治され皇国を名乗っていた頃、国境にある港町にて恒例となっているオークションが開催されていた。
異国人の出入りも多いこの町には名品珍品が集まる。
好事家の貴族や商人たちの社交の場であるこの場所に、その日は珍しい客人が紛れ込んでいた。
グンガとカガムの二人組、ドワーフ族の若者たちだ――。
「グンガ兄よ、『ワ』たちの目的はただ一つじゃ、他のもんには目もくれるんじゃあねえぞ」
『ワ』とは自分またはドワーフ全体をさす言葉だ。彼らは並々ならぬ意気込みでこのオークションに参加していた。
「もちろんじゃ兄弟、そこに全財産をたたき込む覚悟じゃ!」
本日のオークションには大陸一とうたわれる名匠の作である『伝説の剣』が出品されるという確かな情報がある。
二人はその剣を手に入れるため、金銭をかきあつめるとドワーフの国を出てこの港町までやって来たのだった。
オークション会場でドワーフが目撃されるのは今日がはじめてのことである。
人間たちにとって今でこそなじみのあるドワーフ族だが、半世紀前までは亜人という括りですらなかった。
洞窟を住処とするこの岩石じみた容姿の生物を、遭遇者ははじめゴブリンなどのモンスターかあるいは妖精に分類していた。
言葉が通じていなかった頃、いくら観察しても子供や女性の姿を確認することができなかったことから、彼らには性別が存在せず岩から自然発生するなどと発表した学者もいたくらいだ。
現在は正しい認識としてドワーフの成長は異状に早く、三歳になれば男女問わずに髭を蓄え、四歳にもなれば大人と見分けがつかなくなるということが分かっている。
成長が速いからといって短命ということはなく、不衛生とも言える洞窟を住処とする彼らの肉体は非常に頑健であり、優れた免疫力と体力によって人間の二、三倍は長生きをする。
生物としての生命力が高く生殖の優先度が低いため、結婚という制度は定着せずにエルフ同様、見た目にもほとんど性差が生じることのなかった種族だ。
そんなドワーフ族が本日は三人、グンガ、カガムとはべつにジーダという名のドワーフがオークション会場を訪れていた。
遠目からでもひと目で同胞だとわかる二人にジーダは駆け寄り声をかける。
「やあ、これはこれはなんたる奇遇でしょう! ワたしはジーダ、この町に住んでいる『人間学者』です」
それは人間における『動物学者』のように、ドワーフ視点における人間の研究者だった。
ジーダは人間の生態を調査するべく人里で暮らしては、このような場所にも足を踏み入れているのだと自己紹介した。
「人間学者……?」と、グンガは怪訝な表情をした。
造物に強い欲求を持つドワーフ族はそのほとんどがなにかしらの職人であることが常識だ、洞窟をフィールドとする都合からその傾向は石工、鉄工などにより発揮された。
他の生物がもつ異性を求める本能、その代替とばかりに創作に情熱を注ぐ、まさに創造するために存在する種族。そう言っても過言ではない。
専門分野においては何者にも負けない知識を得ることになるが、しかし『人間の知識』とやらが造物の役に立つとは到底思えなかった。
「ええと、話せば長くなりますが――」
「長い話ならきかねえよ、興味がねえ!」
グンガから強めに突っぱねられて、ジータは「ハハ……」と苦笑いをした。
「まあ、そういってやるなよグンガ兄。人間に詳しいってんならちょうどいいじゃねえか、オークションについてご教授いただこうや」
ドワーフは他人への興味が希薄だ。外見、性別、地位、それらが彼らの判断を左右することはない。
だからといって情緒に乏しいわけでもなく、彼らがあらゆる価値を決める時、その指針とするのは『作品』である。
人間の三大欲求を食欲、性欲、睡眠欲とするならば、彼らの三大欲求は加工欲、製造欲、飲酒欲といったところだろう。
異性や他人、人間に比べれば自分への興味すら希薄な彼らが夢中になるのは、目の前の素材をどう加工してやろうかという一点だ。
彼らが尊敬するのは何者かではなくなにを作った者であるのかだ――。
富豪も、美人も、貴人だろうと関心ない。アレ作ったのおまえなの!! そう思わせる相手だけが尊敬の対象なのだ。
「なるほど、それで今回出品される『伝説の剣』を落札したいわけですね」
二人の目的を知ったジーダは彼らが職人として稀代の名工の作品に惹かれて来たのだと理解した。
望み通りオークションについてレクチャーすると、本来の目的である人間観察のために二人とは離れて会場の席に着くことにした。
そしてオークションは佳境に入り、ついに『伝説の剣』が競売に掛けられることになる――。
「では、こちら『伝説の剣』は十五万からのスタートです!」
オークショニアが入札の開始を宣言すると、カガムたちは即座に手を上げる。
「十五万ッ!!」
「十五万でました!! 他ありませんか!!」
「じゃあ、十五万千!」
その調子で競り合いは繰り返され、二人の手持ちはあっという間に底をついた。
ドワーフ族の流通はもともと自給自足、物々交換が主流だ。人間との交流によって商いを覚えたが、金銭感覚はまだまだ未熟。
参加者の富豪たちにとって『伝説の剣』は実用品ではなく、目玉商品でもなかったが、それでもカガムたちが手を出せないだけの額をポンと提示する。
「ど、どうするんだ、グンガ兄!」
「ど、どうするったって、もう金がねえだろうが!」
二人以外の入札者は別段『伝説の剣』がほしかった訳ではない、貧乏くさいドワーフたちがうろたえて悪目立ちする姿が滑稽でからかっているだけだった。
「百七十万!! 百七十万の落札でよろしいでしょうか!!」
もはや手が届かずに落札かと思われたとき、静観していた人間学者ジーダが手を挙げた。
「二百万っ!」
本来ならば現場の空気を味わうことが目的であり、買い物をする予定などなかった。
しかし、ジーダもドワーフだ。同族が笑いものにされている雰囲気に耐え切れず、カッとなって手を挙げてしまった。
それが決め手となり『伝説の剣』は落札された――。
ジーダは立ち上がりドワーフたちに伝える。
「どうぞ、それはお二人に差し上げます! あっ、支払いはあなたたちの手持ちの不足分だけで良いですよね!」
ジーダは自分が持ち帰っても使い道がないと、所有権を二人に譲った。
「もちろんだ! 礼を言わせてくれ!」
「感謝するぜ、人間学者の!」
商品の売買はイベントの終了後に順次行われる予定だが、グンガとカガムはそれを無視してステージに駆け上がった。
「これでそれはワたちの物だな?!」
勢いに押され、オークショニアもついつい『伝説の剣』をドワーフたちに手渡してしまう。
「うおおおおっ!! ワたちは伝説の剣を手に入れたぞおおお!!」
「やったな、グンガ兄!」
ステージ上でおおはしゃぎするドワーフたち、この出費はジーダにとってかなりの痛手だったが、二人の喜ぶ姿を見たらまんざらでもない気分になれた。
――わざわざ田舎から出てきて、いやな思いだけして帰ることはない。
そう思ったところで、グンガとカガムは参加者たちに向かって声を張り上げた。
「さあさあ! これこそが稀代の名工とうたわれた人間による最高品質の『伝説の剣』だ!」
――なんだ、なんだ、なにをはじめるつもりだ!?
「そして、これがワの作った剣!」
グンガが『伝説の剣』を掲げ、カガムは自前の剣を掲げた。
そして、なにを思ったのかステージ上でその二本を力いっぱい打ち合わせる。
「うりゃああああああ!!!」
「でぇぇぇりゃあああああああ!!!」
バキン――!!
会場内に激しい衝突音が鳴り響き、三人の全財産を合わせた伝説の剣は空中でポキリと二つに折れた――。
「…………えっ?」ジーダは唖然とする。
二人ははじめから『伝説の剣』を破壊して見せるためにオークションに参加し、結果としてジーダもそれに加担したのだ。
そして、全力で打ち合わせたにも関わらずカガムの作った剣には刃こぼれ一つ残っていなかった。
静まり返る参加者たちに向かって、グンガは勝ちどきをあげる。
「見たか人間ども、これがドワーフ族の力じゃあ!!」
直後にドワーフたちは会場から追い出されたのだった。
これによってジーダはしばらくひもじい思いをすることになる。
そして半世紀が過ぎ、現在のグンガはドワーフ族自治領『鉄の国』の王に、カガムは東アシュハ王の専属鍛冶師に、そしてジーダは劇作家になっている。
第二回公演『鉄の国』開幕――。
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