◢三幕三場 始まりの終わり
「ピャアアアアアアッ!? どうか、命だけはおたすけをををををを!!」
奇声を上げているのは我らが光の騎士イブラッド将軍――。
次女シエルノーによって捕獲され、エルフの隠れ家に連行されると、恐怖のあまりに腰を抜かしてしまった所だ。
「これが人間側の将の姿だと言うのか……」
シエルは信じらないといった口調で彼の態度を哀れんだ。
その姿はまるで泣きじゃくる幼子の様であり、十年前に一度遭遇しているとは思わない、そういう意味で彼の命乞いは功を奏していた。
騎士イブラッドは泣き喚く――。
「確かにぼくちんは討伐部隊の指揮官だけどぉ!! 作戦はとっくに失敗しているし、抵抗する気なんてこれっぽちもないんだってばぁっ!!」
「おい、落ち着け」
「送り込んだ傭兵が奇跡的に大逆転の報を持ち帰って来るんじゃないかって、未練がましく一ヶ月も付近をウロウロしてはいたよ、いたけどもっ!! ひっ、ひゃあああ!!」
「黙って、危害を加える気は……」
「そんなのはもう!! なに? 本心では期待すらしていなかったし、ただ、もう帰る場所がなかっただけなんだよっ!!」
パニックを鎮めるべく、三女リーンエレが加わってもみたが逆効果。
「だってそうだろう!! 今日までぼくちんがどんだけ肩身の狭い思いをしてきたか!! ぼくちんばかりがなんでこんな酷い目に遭わなきゃならないんだって話じゃないかっ!!」
「おい……」
「仮にも多くの功績を上げてきた貴族の出自であるこのぼくちんをっ!! たった一度の失敗であそこまで冷遇する意味が解らない!!
汚名返上の為には挙兵するしかなかった、仕方がなかったんだよ!! それにしたって誰からの援助も受けられず、私財を投じて実に十年も掛かったんだ!」
延々と続く命乞いに、エルフ姉妹はどうして良いものか困惑するばかりだ。
「おまえ達はちょっと離れていてくれ、オレたちが話す」
途方に暮れるエルフ姉妹を押しのけて、シェパドとラドルが歩みでる。
「わかる? 十年。長生きする貴様らにはわかんないだろうなあ!! でも、人間にとっては人生の五分の一だ!!
それってもう大半といっても過言ではないよ? 幼いころは無力で、老いればまた無力なんだから!!
一番価値のある若い時間を失ったんだものッ!! 人生の、大半を、すでに失敗の尻拭いで消化しちゃったってことにな――」
「うるせえっ!! 黙れ!!」
シェパドはイブラッドの頬をバチーンと問答無用で張り倒した。
「痛いッ!?」
力づくで口を閉じさせられた将軍をラドルが優しく助け起こす。
「はーい、将軍。こわくないでちゅよー」
「もお、やだぁぁぁ、なんでこんな酷いことするのぉぉぉ……、ん?」
そこでようやく自分を囲んでいるのが同胞たちであることに気が付いた。
「お、お前たちは人間か。なぜ、敵陣に……。
さては裏切ったな!?」
「落ち着いてください、おれたちは味方です」
「み、味方……?」
ラドルに優しく宥められると、イブラッドは二人の顔を何度も見比べた。
害はないか、言葉は真実か、目の前の少年から敵意は感じられないが、いま手を上げた男はどうにも引っ掛かる。
「――気のせいか、貴様の顔には見覚えが……」
「そりゃ、今回の作戦に参加した義勇兵だからな。作戦会議で何度か意見を交換しましたよ」
そこで思い当たる。都度、否定的な意見ばかりを述べていたあのいけ好かない男だ。
「おおっ、まさかの生き残りか!」
同胞二人の落ち着いた態度に希望を見出したのか、イブラッドは冷静さを取り戻し始めていた。
「そうですとも、心中お察しいたしますよ将軍閣下。この一ヶ月、とても生きた心地がしなかったことでしょう」
落ち着いて会話ができるようにと、シェパドは繰り返し励ました。
「――気をしっかり持って、逆転の目はまだ残っていますよ」
「逆転……?」
エルフ族と人間のあいだに争いをなくすためには、やはり貴人とのコネが不可欠だ。
イブラッドがいつまでも未練がましく、森の様子を伺いに来ていたおかげでその糸口が掴めた。
「ええ、おもてなししますとも、平和交渉の特使としてね」
シェパドはイブラッドを立たせると城の中へと案内する。そのうしろをシエルノーが追いかけた。
「第一印象ではまさに英雄! って感じがしてとても頼もしかったんだけど、けっきょく風評通りの人だったんだなあ……」
ラドルは将軍が連行されていく後ろ姿を眺めながら呟いた。
リーンがその横に駆け寄って確認する。
「これで一歩前進?」
「だね。将軍に解ってもらえれば必ず王様まで届く。森とエルフの必要性が伝われば、必ず攻撃を辞めてくれるよ」
当初の事を考えれば、筋道が立っただけでも順調と呼べるだろう。
「ありがとう、ラドル。こんなに早く進展するだなんて思ってもみなかった」
リーンが喜べばラドルも嬉しい気持ちになった。
精霊の通り道を護って世界平和に寄与できたなら、産まれてきた意味は十二分にあったというものだ。
――彼女に出会えて本当に良かった。
場合によってはこのまま和平が成立し、彼女の目的は果たされるかもしれない。
そうなれば自分はお役御免だ。エルフの隠れ家を追い出され、人間世界に帰ることになるのだろうか。
ふと、寂しくなる。
「ラドル、体調でも悪いの?」
落ち込んだ気分を察して、リーンが覗き込むようにして表情を伺った。
「いや、なんでもないよ」
――きっと、呪いが解けるまではいられる。
そう考えると、先日から長女メディレインが引き篭って姿を見せていないことに思い当たる。
呪いを解除するための研究に勤しんでいるのかもしれないな。ラドルはそう推察した。
もしこのまま何もかもが上手くいったなら、その日はあっという間に訪れてしまうのではないか。
そう思えば口にせずにはいられない。
「もし、和平が成立して森に平和が訪れたとして、その後もここで暮らして構わないかな……?」
それは愛の告白や求婚のように、断られでもすれば小さくない傷を負う問い掛けだった。
リーンはなんてこともなさげに応える。
「勿論、わたしはラドルを歓迎する」
その一言にラドルは胸をなでおろした。
「そうか、良かった――」
「おい、ラドル。オレに任せきりにするんじゃねえよ。めんどくせー説明くらいはお前がするんだぜ!」
追って来ない弟分をシェパドが迎えに参上した。
ラドルから買って出た仲介役だ。責任は果たさなくてはならない。
なにより、この兄貴分に任せてはまた何かのトラブルに発展させかねなかった。
「ああ、ゴメンゴメン」
「速く行け、シエルノーがブチ切れて将軍を殺しちまわないうちにな」
そう言って、兄貴分は弟分の尻を叩いた。
「それはマズい!」
急かされたラドルは勢いのままにイブラッド将軍の後を追った。
リーンとシェパドがその場に残される――。
「リーンエレ、ちょっといいか」
彼女がラドルに続こうとすると、シェパドはそれを呼び止めた。
この一ヶ月、何度も交した挨拶と変わらない音色だ。
リーンは日頃と同じように答える。
「なに?」
この邂逅こそが終わりの始まり――。
「状況が変わる前に、どうしても確認しておきたいことがある。
オレが今回の討伐部隊に参加したのは、報奨金目当てなんかじゃねえってことだ――」
それはなんの脈絡もなく始められた。彼がなぜ唐突にそんなことを言い出したのか、リーンは困惑しながら耳を傾ける。
「討伐部隊? に参加するのは報奨金が目当て……?」
人間社会で暮らす一部を除き、エルフたちには貧富の感覚がない。
飢えることがあるとすれば、それは村全体が滅ぶ時であって、共同体にいる限り個人が苦しむことはない。
金銭を得るために命を危険に晒すという価値観からして共感できないのだから、金銭以外の目的があると言われてもあまりピンとこなかった。
「あああ、分かった。伝わらないことが解ったから、結論から言う」
金銭目的じゃない。そう言えば特に純朴な若者などは手玉に取れるものだが、エルフには通じない。
悪意のない前降りのようなものだったが、シェパドは気を取り直して本題へと移ることにした。
「――もう一度、どうしてもおまえに会いたかった」
言葉の意味が解らずにリーンは黙り込んだ。
「おいおい、十年なんてエルフにとっては先日みたいなもんだろう! 確かに、オレの見た目はだいぶ変わっちまったけどよ!」
十年前と言えば『第六回魔王討伐作戦』があった時だ。
過去最大の部隊が投入され大規模な戦闘になった。姉たちは精霊を酷使し、自身を激しく消耗させた。
なによりオベロンが暗殺され、姉妹たちを絶望へと追い込んだ戦争だった。
「――あの時のオレはまだガキだった。手柄欲しさに無茶をしたもんだ。独断専行で飛び出して、森の中で命を落としかけた」
正直、エルフから見たら人間の外見などは曖昧だ。判別は年格好や優れた聴覚による声の聞き分けに頼っている。
それゆえ気付かずにいた――。
「そんな……まさか……」
人間と戦争の最中、確かにリーンは瀕死だった少年の命を救った。そして回復の経過を診るために隠れ家で介抱した。
記憶の中で、シェパドの面影が当時の少年と重なる――。
「オレだよ。十年前、一緒に魔王オベロンを倒しただろ。おまえに会いに来たんだ!」
彼こそが十年前、魔王を倒したと吹聴して廻ったホラ吹き少年。
シェパドこそ魔王オベロンを殺害した張本人だった。
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