◢一幕三場 魔王討伐軍出撃


シェパドとラドルの二人組は昼間のうちに『パレス・セイレーネス』を出立。

志願兵の集合場所を目指して移動していた。


シェパドは清々しくもラドルに同意を求める。


「開店前に押しかけたおかげでVIPルームが使えて良かったな!」


時間外のサービスは一般客相手には特例中の特例だ。死にゆく者への手向けが含まれていたのも確かだろう。

問題児ほど可愛いもので、度重なるトラブルの末、シェパドはマダムにとって息子のように近しい存在となっていた。


彼の人生はつくづく底辺を這いずってきた。


そんな彼が今日まで楽しく生きてこれたのは、女に救われ、女に許され、女に生かされてきたからである。

モテるとはまた違う。女に許される能力だけがシェパドの持って生まれた才能だった。



「どうした兄弟、さっきから随分と大人しいじゃねえか。聴かせてくれよ、念願の初体験を終えた心境をよ!」


当然の流れとして、兄貴分は娼館での感想を弟分に求めた。

ある種、自分の功績の確認として『最高だった』と言わせたいのだ。


感謝の言葉が聴けると踏んでいたのだが、ラドルの反応は期待とは異なる。


「なんでエルフなんだよ……」


「なんだって?」


抗議の声が小さく、シェパドは聴き返した。


「まだ童貞だって言ったんだよ!」


ラドルは羞恥に顔を染めながら、繰り返す必要が無いようにハッキリと言い切った。


「……えっ? おま、それ。はあっ!? そんな馬鹿なことがあるかよ!!」


金だけ払ってサービスは受けなかった。最悪の結末を兄貴分は嘆いた。

可愛い弟分に心残りが無いようにと、オーダーの時点であれもこれもと思いつく限りのオプションを詰め込んだのに。


「異種族となんて無理だし、こういうことはやっぱり恋愛の延長線上にないと……」


「バカ野郎ッ! 良家のご令嬢でもあるまいし、おまえの貞操になんの価値があるってんだ!

出会った女は全部抱く。それくらいの気概でいかなきゃ、人生はあっという間に終わっちまうんだぞ!」


「全部って……」


ラドルには到底理解できない価値観だが、シェパドにとっては当然のことだ。



すべての女は抱ける――。


顔が良くないだとか、生まれが良くないだとか、金がないだとか、そんな理由で拒む女はいない。それが彼の経験則だ。


そこに至るまでの時間が互いにとって不快でさえなければ自然と結果はそうなったし、最悪、険悪なムードからでもそうなることは少なくなかった。

そういう相手の方がむしろ盛り上がったし繋がりも強くなったくらいなのだ。


「ブスでもバカでもババアでも、とにかく片っ端から抱いておけ。二十を超えたあたりで飽きることもあるだろうが、五十人目あたりで本当の良さに気づけるってもんだ!」


ラドルはイヤイヤと首を左右に振った。人には向き不向きがあるのだ。


「運命の相手とさえ出会えたら、相手は一生に一人でかまわないと思ってるよ」


「ったく、怠惰な奴だな!」


「怠惰かな!?」


『臆病』だとは何度となく言われてきたが、誠実な男女交際を望むことをまさか『怠惰』と評されるとは思わなかった。


「ああ、そうさ! ろくに厳選もせず、偶然結ばれた相手で妥協ってこったろ?

もっと勤勉になれ! 汗をかけってんだ! 何事も数をこなして初めて違いや優劣が判るってもんなんだぜ!」


「比較しろってこと?」


「一人しか抱いたことのない奴の言う『運命の相手』だなんて信じられるかよ。

百人抱いた上で、そいつだけしかいねぇと思える相手と出会えりゃそいつが本物さ。

運命の相手と最高のセックスをする為にはな、百人抱いとく必要があんだよ」


そんな兄貴分を羨ましいとも、真似をしたいとも思わない。

しかし、ラドルは心の底からシェパドを尊敬していた。


「まったく敵わないよ。その情熱は一体どこから沸いてくるのさ」


呆れた風に、それでいて嬉しそうにラドルは笑った。



ここまでの道中、騒動を起こしたのはいつだってシェパドだった。人はラドルのことを貧乏クジだと言って笑う。

だけどそれでも構わなかった。それだけで、おそらく彼と出会わなかった人生より十倍もの景色と出会い、百倍ものドラマに見舞われてきた。


将来の漠然とした展望すらなかった男が、世界中を旅し、大陸一の娼館を利用するに至った。

シェパドと出会わなければ考えられなかったことだ。


無味無臭な人生を嫌悪している訳じゃあないが、無味無臭な人間である自分がスリリングな日々を過ごしている事実は嬉しい。


自分と同じタイプの人間が相手なら、ここまでの羨望を抱くことは無かっただろう。



しばらくして二人は目的地へとたどり着く――。



「待て、なんだか様子がおかしいな……」


「どの辺りが?」


到着するなりシェパドが異変を訴え、ラドルが何事かと聴き返した。


「魔の森侵攻といえば一大作戦だ。立派な軍隊が出迎えるはずだろう。

そいつがどうだ、何処の馬の骨とも知れない冴えねえ連中が雁首を並べていやがる」


確かに、随分とこじんまりした基地だ。


志願兵達はみなシェパドたちと大差のない装いであるし、人数も疎らで軍事基地というよりはキャンプ場といった風情がある。


「ほんとうだ。正規兵と志願兵の集合場所は別なのかな。

――あ、アニキ。騎士っぽい人もいるみたいだ!」


辺りを見回していたラドルが一方を指した。そこには数名の騎士がたむろっている。

その中の一人を見て、シェパドは合点がいったのだった。


「なるほどな。確かにこれは『魔王討伐作戦』の隊で間違いなさそうだ。

あそこで偉そうにふんぞり返ってやがるのがイブラッド将軍だぜ」


当作戦の指揮官は十年前に引き続き、イブラッド将軍その人だった。


当時まだ若かったこともあり、十年経ても衰えた様子はない。

ただ、「しょぼくれたな」との感想をシェパドが口にする程度には苦労のあとが見て取れた。


十年前の作戦で失ったものはそれだけ大きかったということだろう。


「イブラッド将軍って?」


ラドルが訊ねた。


「なんだ、知らねえのかよ」


当時のラドルは五歳かそこらだ。世の中は敗戦ムードに沈んでいたが、その詳細までは理解していなかった。


ピンと来ていない様子の弟分に兄貴分はかいつまんだ説明をする。


「二千人の隊を全滅させて一人だけ逃げ帰った指揮官。で、有名なあのイブラッド将軍だ」


「騎士の風上にもおけないチキン野郎だね」


それは世間の評価と変わりない。


処罰されることこそなかったが、以後イブラッドが重要任務を与えられることも無くなってしまった。

そんな彼を人々は蔑みの対象とし、恥辱に塗れた日々を強いた。



「汚名を雪ぐ為には、なりふり構っていられねえってか。

大方、陛下が戦力を貸し与えて下さらなかったんだ。それで私財を投じて兵隊を集めたってとこだな」


「閑散としている訳だね……」


騎士らしき数名はイブラッドとその縁者で、無謀な作戦に志願したのは五十名ばかりの無知者か物好きだけのようだった。


「帰った方が良いんじゃないかな……」


「まあ待て、話だけでも聴いてみようぜ」


怖気付くラドルをシェパドは引き止めた。


ちょうど、騎士イブラッドによる演説が始まるところだ――。



「誇り高き正義の使徒たちよ! よくぞ集まってくれた!

私が君たちの雇い主であり、本作戦の指揮官を務めるイブラッドだ!」


勇ましく名乗りを上げたが、志願兵達はいまいち盛り上がっていない。


この場に集まっているのは義憤や使命感に駆られたような勇者たちではない。

危ない橋でも渡らなければ人生を逆転できない。そんな金銭的に切羽詰まった連中なのだ。


正義などには微塵の興味も無く、彼らの感心は見返りにのみ注がれていた。


「報酬の件は本当なんだろうな!」


志願兵の一人が声をあげた。


無礼な態度にイブラッドは不快感を覚えたが、そのような素振りは見せない。怒りを飲み込むと寛大に振る舞う。


「作戦終了後、提示した報酬を支払うと約束する。私にも面子というものがあるからな」


志願兵たちの間で小さく喝采があがった。


それは平民が数年を越せるだけの大金だ。

落伍者たちに一念発起を促すだけの説得力があった。


「あのさ」


「なんだね?」


浮き足立つ一団の中から、シェパドがイブラッドに向けて意見を述べる。


「ダークエルフってのはヤバイ連中だろう。

こんな寡兵で挑んでなんとかなるのか?」


帝国民は他民族を基本的には下に見ている。


人間同士でも民族が違えば優劣を主張せずにはいられないのだ。異種族ともなればそれはより顕著だ。


人間はエルフを見下している――。


あいつら森で暮らして木の実を食って生きてるらしいぜ。等々、偏見から未開人、土人だと揶揄し、見てくれの良い猿という認識も根強い。


そんな価値観において毛色の違う種がいたとして、ダークエルフとは呼ばれないだろう。


エルフモドキだとかニセエルフだとか揶揄されて然るべき所をダークエルフと称されたのは、まさに畏怖の現れとしか言い様がない。


呼び名一つからでもダークエルフの危険性は理解できた。



イブラッドは「もっともな意見だ」と前置きし、シェパドの疑問に答える。


「寡兵であることを指摘されたが、大部隊での侵攻はむしろ悪手というのが私の見方だ。


魔族どもの縄張りである魔の森において、数は敵に一網打尽の機会を与える要因にしかならないだろう。

奴らの操る邪悪な魔法を前にして数は意味を持たないと、私はそう判断した」


大部隊による強襲の失敗から、正面突破は有効ではないという結論に到ったのだろう。

過去の失敗から導き出されたのは、少数精鋭とはまた違う。


「我々が目指すのは、敵主力の暗殺である」


そう、死角からの不意打ちだ。


「正面衝突を避け、散り散りになって森に潜む。敵の本拠地に潜入、あるいは出てきた所を背後から仕留めるのだ!」


――なんだか帝国騎士らしくない作戦だな。


演説を邪魔しないようにと、ラドルは心の中で感想を述べた。



「我々がダークエルフによって被った損失は実に一万人にも及ぶ。とても看過できた数字ではない!

放置しておけば必ず厄災となり、更なる悲劇が人々に降り掛かるであろう!!


そうなる前に何としてでもあの化け物どもを、討ち、果たさなくはては、ならないッ!!」


イブラッド将軍の動機が汚名返上であり、そのために無謀な挑戦をしようとしているのは確かだろう。

同時に、人々の平和のためにダークエルフを排除しなくてはならないのもまた事実。


それは早いほど将来失われる人命を救うことに繋がる。


――誰かがやらなきゃいけないんだ。


そう思えば、ラドルの中の正義感はふつふつと熱を帯びていった。



「三姉妹と呼ばれる敵主力の首を持ち帰った者には三倍!

魔王オベロンを討ち取った者には十倍の報酬を与えると、この場で約束しよう!」


人生の落伍者たちにとって一生に一度あるかないかの大チャンスだ。

もはや尻尾を巻いて逃げようなどという者はいなくなった。


「これより我々は人類に仇なす魔族を滅ぼすべく進軍を開始する!! いざ、魔王軍討伐へ!!」


イブラッド将軍の掛け声に従い、一斉に雄叫びが発せられた。


数日後、部隊は全滅。再び、騎士イブラッドだけが生還する亊となる――。

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