第33話
週末、僕は毎度のごとく月坂の家を訪れていた。
「応募までやり抜くとはね。とりあえず、お疲れさま」
月坂は笑いを含んだような声で言う。
「うん。月坂たちが手伝ってくれたこと凄く感謝してるよ」
安堵ともいえるような声が口から出る。それぐらい感謝してるって伝えたかったのもあった。
「そんなの気にしなくていいわよ。ただ一緒に考えただけ。文章として作りあげたのは優太なんだから」
作った当人じゃないのに、彼女は僕より嬉しそうな顔をする。なんだかそれが妙に気恥ずかしくてくすぐったい気持ちになった。
「それはいいんだけど、優太。この二人が優太を手伝ったっていう?」
月坂の視線は僕の横へと移る。
「──そう、紹介するよ」
僕は応募した直後、真っ先に月坂に電話を入れていた。そこで意外だったのが、「打ち上げね」といってやたらやる気を出す月坂の態度だった。打ち上げかよ、と僕は笑いながら了承すると同時に、執筆を手伝ってくれた人がいたという話をしたら、その人たちも一緒にどう?ということで連れて来ていたのだった。
「──。」
軽く自己紹介を済ませて。
「上倉さん、タメ口でも大丈夫ですか?」
「ああ、いいぜ。月見里と同級生なら同じだろ」
「うん。作家って聞いたんだけど、良かったら上倉のペンネームを聞いてもいい?後で買うから」
唐突な流れに神の目がカッと見開く。
「マジか!これだけでも来てよかったな...。名前は─」
「『mika』ね。ああ、名前からとってるってわけ?」
「そういうことだ。ごちゃごちゃ考えたくなくてな。たまに女性と間違われるから、一応あとがきでもSNSでも男って伝えてるんだが」
皆がみんな知ることは無理だろうからそれは仕方なさそう。パッと決めた神の自業自得である。
「ふふっ。大変そうです。私も買わせて頂きますね?」
「おお!ありがとうございます!」
打ち上げに参加するだけで売れていく本たち。
「あ、ちょっと待って。そのペンネーム...」
そう言って月坂は小説が入ってる棚まで向かい、ジッと何かを探すようにして一冊の本を手に取った。
「確か、これ書いたやつ?」
「うお!それ先月出した本なんだ。ありがてぇ」
神は涙をこぼしていた。
「あれだったらサイン書くぜ?」
「んー、要らないわ」
神の涙が大粒になった。
「一見ハーレム万歳っぽいけど、一人ひとりの女の子同士腹に抱えているものを隠しながら主人公をどうにしかして篭絡しようとするところが面白くて買ってるの」
「月見里...」
涙を流しきって枯れ果てた表情で、神が天井を見上げながらぼそりと呟いた。
「な、何?」
「月坂だっけ?...好きになりそうだ」
「止めといたほうがいいって。後悔すると思うよ」
もうこれは反射だと思う。彼氏になるならそれ相応の覚悟を持っておいたほうがいい。
「聞こえてるわよ優太?」
「ははっ...」
僕はその場を苦笑いでやり過ごすしかなかった。
「もしかして、あの月坂さんですか?」
明日香は珍しいものをみるかのように月坂を見て言う。
「お、明日香ちゃんあたしのこと知ってるんだ」
なにやら知ってるような口ぶりの明日香だが、僕の記憶は全くピンと来ていない。
「明日香はどこかで会ったことあるんだっけ。月坂を家に連れてきたこともないはずだけど」
月坂と遊んだ記憶はあるからそこで見られていたということだろうか。
「見たことはないです。でも知ってます。兄さんの隣の席だったこととか」
「当たってる」
僕は素直に返す。そこまで知ってるということは...どういうことだ?
「当たってる、じゃないです。高校のときリビングで誰かと電話してませんでした?口を開けばいつもいつも月坂月坂月坂って。私、面識もないのにその名前だけおぼえてしまいました」
そういえばチャットアプリに無料通話機能が付いてたのをいいことに、めちゃくちゃ電話したっけなぁ...。文化祭あたりなんて特にそうだ。あれって月坂がチャットじゃまどろっこしいからって理由だったっけ。
「それ以外にも...」
「ああ、明日香ちゃん待って。まずは乾杯しましょ?」
乾杯前にいつの間にやら話が盛り上がってしまったらしい。なんだかいつかの同窓会みたいだ。
「じゃ、優太の応募を祝って!」
「「乾杯!!」」
もちろんみんな二十歳を越えているので手に持っているのはお酒。僕はいつも通りビールを飲もうかと思ったけど、柚白さんが持参したリキュールを勧めてくれたので水割りで頂く。
「ん...美味しいです!」
「お口に合ったようでよかったです。お祝いのときもそうですけど、悩んだり疲れたときはよくお酒に逃げてしまうんです」
恥ずかしそうに言う柚白さん。こんな優しくて美人な人でもお酒の力を借りることあるんだなぁとか思いつつ。やっぱり人間だし、と納得する。
「分かります。僕はよく一人寂しく家で飲むので、コンビニのおつまみは大体食べつくしました」
笑いながら言うと、柚白さんも乗ってくれて「それなら今度またここで飲みましょう。朝まで付き合ってもらいます」とか嬉しそうに言ってくれた。
もう酔ってるのかもしれないけど、断るわけもなく僕は頷く。
各々が盛り上がる中で、僕は月坂にぼそりと
「いいの?全部用意してもらって。いっちゃなんだけど応募しただけなのに」
「いいのよ。あたし社会人になってこういうのやりたかったんだ。ほら、あたし働いてないし、ニートって言っちゃうからには人も寄ってこないし。自業自得だけど」
笑みを浮かべつつも、どこか諦めてるようで寂しそうな顔をする月坂。
意外、でもなくて。
「月坂はやっぱり変わってないよ」
「いや、それはないから」
笑ってやり過ごす月坂を見て確信に変わる。
でも僕がそれを伝えることはしない。昔もそうだったから。
月坂は一変して真剣な口調で、
「優太は応募しただけっていうけどね。一つの作品を作り上げるって大変なことなんだから。いくらでも手を抜ける状況だったのに、最後まで追い込んだその事実を卑下することない。それは凄いことだから。誰でもが出来ることじゃない」
「ははは...そう言ってもらえると嬉しいよ」
うれしいけど、自分ではそんな立派なことをしたとは思ってない。自分に負けたくなくて、もがいた先に結果が付いてきただけのことだ。
「本当なら繋がらない誰かとこうして何かを一緒に祝って。」
「あたしの世界がね、広がった気がする。少し憧れてた」
「そういうキャラかな?」
「煩いわね」
「分からなくはないよ。僕だって月坂と出会う前はほとんど会社の人間としか会ってなかったし、こうなる未来なんて想像つかなかった」
「会えてよかったでしょ?あたしに」
「それ、高校時代にも聞いた気がする」
「そうだっけ」
絶対覚えてると思う。言った方は覚えてないってやつか。多分一回じゃなかったと思うんだけど。まぁでも
「感謝してる、ありがとう」
「あ、あ、そう...」
なんで言った本人が照れてるんだ...。
「そ、それより!」
「?」
「応募のこと。あたしが見る限り、あの調子だと満足いくレベルにはできなかったはずよ。見たところ未練たらたらってわけでもなさそうだし。何をしたの?」
ここでようやくネタ晴らしをするときが来たらしい。僕はそう遠くない過去を思い出していた。
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