第29話
「なっ...これ全部ですか?」
あり得ないとでも言いたげな口調で言う明日香。この文量を作り直すと言われたら僕も同じ顔をしたと思う。
「さすがに全ては無理だろうけど、ほとんど修正しようと思ってる」
明日香がこのシナリオについて聞いてきたので、僕はコンテストに出す作品であること、このままじゃ納得できないこと、もう時間が残されてないことを伝えた。
「兄さん、それは凄く厳しいと思います。言ってはなんですが正気じゃないです。見せてもらったスケジュールを見てもそんなことぐらい分かるじゃないですか」
「それでも、このシナリオを読む人に面白いと思ってほしい」
はっきりいって今の僕は矛盾してる。今までずっと、仕事はこなすものだって思ってきたからだ。だから明日香に仕事の相談を受けたときも、こなすための方法を伝えた。ただ今の僕がやりたいことはその先にあって。...作っていく内に欲が出てきたせいだ。頭の隅っこにいる今までの僕が呆れながら僕を見てる。いや、それ無理だからって。でも認めたくない。自分が、そうしたいと思っていて、そう出来る可能性があるなら突き進んでみたかった。
明日香はためらいながら、
「そうはいいますけど、何か案でもあるんですか?」
正論である。
「ない。だから、友達を頼ろうと思う」
「あ、通知。えっと優太から。...え、今から来る? ...はぁ。平日のこんな夜遅くに来るなんて何があったのかしら...ちょっと真恵、優太が今から来るって」
「ふふっ。忙しくなりそうですね?」
「なんで笑ってるのよ。...もしかして優太に何か言ったんじゃないでしょうね?」
「昨日ばったり会っただけです。それでお茶して...そうですね、2時間ぐらいは雑談しました。すごく有意義な時間でした」
「二時間って...もうそれで確定でしょ。ま、いいけどね」
勢いよくリビングのドアが開き、
「いきなりでごめん。あ、何か立て込んでた?」
「ううん。あんたの話してただけだし。遊びに来てわけじゃないんでしょ」
「? うん。察しが良くて助かるよ。こんな時間に悪いんだけど手伝って欲しいことがあって」
月坂と柚白は顔を見合わせて微かに笑った。
「いいわ。手伝うから。話してくれる?」
「ほとんど作りなおそうと思うんだ。このままじゃ僕が納得できない」
言いたいことは言ったつもりだが、さすがに想定していなかったみたいで月坂は頭を悩ませるようなポーズをとっていて柚白さんは何故か目を輝かせていた。
「いいですね!」
「いや、優太それはどうなの?」
「月坂が言ってくれたことを思いだしたんだ。困ったら相談って、それが今だと思ってさ」
「別にあたしは、相談しに来たこと自体をどうこう言ってるわけじゃないからそれは良いの。...んー、ここでその選択が正しいと間違ってるとか話す時間は無さそうだから、ひとつだけ聞かせて」
「考え直す気はないのね?」
月坂はもう後戻りはできない、と言いたいんだと思う。
「うん。僕が納得したもので応募したいんだ」
「なら、もう言うことはないわね。それでどうしたいの?作り直すって言っても、どう直すかがわからないならやりようがないし」
「今のシナリオを面白くしたいんだ。でも、どうすればいいのか分からなくて相談しに来たって感じかな」
そんなお願いにも関わらず、二人は僕の話を真剣に聞いてくれた。
「つまり、そこからってことね。うん、まぁ優太の割りにはめちゃくちゃだけど、間に合わせるだけよりは十分やりがいのある相談ね」
「月見里さんの作った作品を見せてもらっていいですか?見て何か分かることがあるかもしれません。専門外でも面白いという部分は同じですからね」
柚白さんの提案に頷いて二人にデータを渡い、ざらっと読んでもらう。途中、気づいたことがあったように柚白さんはハッと顔を見上げて僕を見る。
「気づいたことで言えば、テーマを集めすぎて誰に向けての作品になっているかが弱くなっている気がします。ゲームでいえばターゲットユーザーがブレているという考え方ですね」
柚白さんの言葉に反応するようにして、「確かに」と呟いた月坂は続けるように
「異世界で始まるのはいいのよ。基本のストーリーも最低限まとまってるように見えるだけど、脱線して料理、主人公最強要素に加えてハーレム演出、さらにお金持ちになって街づくりしていく描写もあればゆるっとした日常パートもあるからそう見えてしまうわね」
その時々で内容を考えて知った弊害が出てしまった。
「なんでもありはまずいかな」
自分で作っておいてなんだけど色々おかしなことになっているらしい。書くことに集中して全然読み返してなかったバチが当たった気分だ。
「いいえ、そういうわけではないです。ただ今回月見里さんが作ったこの作品に関して言えば闇鍋感が否めませんね。創作の世界に答えなんてないのでこれはこれで有りという人もいるとは思いますが」
柚白さんが「やはり」と続けて、
「テーマを絞りたいですね。それだけでも十分面白くなると思います」
「絞ったら面白くなるんですか?」
質問に肯定でも、否定でもない表情で彼女は答える。
「面白い、にも様々なものがありますからね。今回の場合で言うなら、読み手の期待に応えやすくなる納得感を作ることが出来ます。例えば、異世界をしっかりとかき込むことができれば世界観が好きな人は嬉しいですよね?ハーレムに絞るなら読む人が嬉しいのは魅力的な女性を書くことです」
そう考えると、今はどうにも中途半端ってことになるのか。技量が伴ってない今色々と手をだすのはまずいかもしれない。
「今は時間が惜しいので流行りで決めるのではなく、どれが書きやすいのか、で考えてみましょう」
書きやすいものか。たいして本を読みこんできたわけじゃないし、それでもっていうなら
「読んだ本でいえば主人公最強モノが多かったから、ある程度そのテーマで書き進められそうな気がする」
一から十までかけるかと聞かれればちょっと怪しいけど。月坂の家に参考になりそうな本もあるしなんとかなりそうか。
「そうと決まったら、今ある内容からテーマを逸脱しすぎてる部分を消して、一度整理して肉付けして形が良さそうね」
そうして僕は頑張って書き上げた文章たちをばっさばっさと消していく。良くするための犠牲とはいえもの悲しい。
作業を終えて、残りの必要な文章量を割り出す。そこからスケジュールを引いてまた一日にどれぐらい書く必要があるのかをデータでまとめていく。
「月坂?どうしたの?」
スケジュール表を作っているときに後ろから月坂が覗き込んできて、見ても面白いところなんて一ミリもないそれにザッと目を通す。
何かを読み取ったらしく神妙な顔で僕に説いた。
「あくまでこれは忠告なんだけど、現実的じゃない日設定した時点でそれはスケジュールとは呼ばないわ。見る限りだと平日休日に同じ文章量を仕上げる前提になってる。全部がそうなってるわけじゃないみたい...でも、これはいくらなんでも厳しいんじゃない?」
月坂の言うように、僕のスケジュール表は普通に見ればおかしなことになっている。週2だけは少なく、週5は多く書き上げるといった感じだ。だけどこれは可能なラインだと僕は考えてる。その理由をまだ、二人には話していなかった。
「これには理由があって」
「──残ってる有給を使うようにお願いした?はー、なんとも思い切ったことしたわね優太。会社が会社なら首にでもなりそうなレベルだわ」
「実はその通りで、出世がものすごく遠のいた。うん、あれはもう見限られたかもしれない」
あはは、と苦笑いする僕に月坂は真顔で聞いてくる。
「...本当良かったの?」
「良かったとは断言できない。でもこうしたいって僕が思ったから今はその気持ちを大事にすることにした」
きっとどっちが正しいかなんて分からなくて。どちらを選んだとしても僕は不安のままでいたと思う。
真剣な表情をしていた月坂は口元を緩ませて
「面白くなってきたわね」
楽しそうにそう言った。
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