第28話

その後はモチベーションがあがってしまいエナジードリンクをお供に朝方まで執筆していた。


「あれ、兄さん?」


「ふわぁ...。朝か」


半分だけ起きていたところに、明日香の声がしてようやく太陽が昇ったことを頭で理解する。


「まさか昨日の夜からずっとリビングにいたんですか。しょうがないですね...」


「出勤するギリギリまで触ってたくて」


いつも通り朝食を食べ終えて時間通りに家を出る。睡眠時間は1時間ぐらいだろうか。めちゃくちゃ眠い。


「...いってきます」


「PC置きっぱなしですよー?」


リビングから明日香の声が聞こえる。


「いい...。ごめん、帰ってから片付ける」


今日もお昼を抜きにして寝ようと思いながらふらふらと家を出た。




会社につくと、いつもより部署内が騒がしい様子だった。


「あ、先輩。おはようございます」


「おはよう。なんでざわざわしてるの」


「前に言ったやつです。部長が呼んでますよ?」


なんだっけ、と思いながら部長の机へと向かう。


「おお、来たか月見里」


「はい、で話っていうのは」


おかしいと気づいたのは、こんな笑顔を浮かべるこの人を見たことがないからで。


「良い話を持ってきてやった」


「はぁ」


簡単に要約すれば、次のメインプロジェクトに部内から他ならぬ僕を抜擢したとのこと。なんでも長期プロジェクトだそうで、大変だが非常にやりがいのある仕事だと言う。そこで前に後輩の言ってた噂は本当らしいことに気づいた。


「俺が推薦しといたぞ。上手くやってくれ」


そのプロジェクトがどれだけ会社にとって重要なものか、なぜ僕を指名したのかを長々と満足気に話された。感謝はしなくていい、結果で返してくれとまで言われて。


部長と向き合っている僕には見えてはいないけど、他のメンバーの視線はくぎ付けだと思う。部長の話声は無駄に通って大きいし。


いつだったか、会社との相性がうんたらという話をした気がするけど、この話が他でもない僕に来たことを考えれば、良かったのだと思う。


話を貰ったことに対して、僕は興奮するでもなくただただ冷静で。そんな自分が信じられない気持ちと少しだけ違う世界が見えている自分がおかしくて、心の中で笑った。


「じゃあ頼むぞ」


話は終わったとばかりに口を閉じる部長。


「引き受けるかどうか、考える期間は頂けますか?」


ニコニコと笑顔を崩さなかった部長の顔が一瞬にしてこわばる。


「考える?何言ってんだ。もう君を参加させることは決まっているんだ。それに有給を取ってもらった分ちゃんと働いてもらわないと」


「お願いします」


僕が小さく頭を下げると、大げさにため息をつく。しかも長いやつだ。


「...もういい、人選から考え直す。戻って良いぞ」


コクッと小さく頭を下げて席へ戻る。後ろから突き刺すような視線を感じるけど、どうでもいいと思えてしまう。


同僚たちの昼食。話題のやり玉に挙がったのはもちろん、先の件。


「あーあー、せっかくのチャンスだったのに。完全に部長の顔に泥を塗りましたね」


「言うこと聞く人間を下に置きたかっただけだよ。それにプロジェクトリーダーは部長だろう?いくら長期化するか分かったもんじゃないから」


「それは分かりますけど。でも下手なことをしなければ間違いなく出世に近づきますよ?」


確かにその通り。もう半分の僕は今でも部長に頭を下げてこいって言ってる。後輩の言った言葉そのまま。


「この会社で昇進するのが正解なのかなって思うんだ」


「...。どうしちゃったんですか?今まで真面目に、会社命で働いてた先輩が嘘みたいです」


いつかみた開いた口が塞がらない光景。有給を取った時以来だなと思い出す。言い切った思うと後輩はフッと視線を下げて


「あーあ先輩、一生平社員確定ですね」


「そうかもしれない。でもようやく向き合えた気がするんだ。この会社と」




帰り際、部長からありがたい叱咤を受けた。怒りが収まらないらしい。20分程度の話を聞き終えたところで、


「それでひとつお願いがあるのですが」


「はぁ?」




「よし」


帰り支度を済ませて、僕は鞄を手に取る。同じように隣の後輩も今から帰るらしい。


「今度は何したんですか?部長、怒り狂ってますけど」


チラッとみるとそこには苦虫をかみつぶしたような顔をしている部長がいた。


「ああなると、もう手が付けられないです。誰にでも八つ当たりするモードじゃないですか、アレ」


「使ってない有給を消化したいってお願いしたんだよ。プライベートが忙しくて」


後輩は呆れを通り越して、両手で机をついてがっくりと項垂れる。


「あーもう...。いえ、いいんですけどね。じゃあ私も用事あるのでお先に失礼します」


「うん。お疲れ様」


「...先輩も」


「?」


「いえ、なんでもないです。またご飯奢ってくださいね。今度は高いやつで」


「勘弁してくれ」


ごたごたしていて昼はあまり寝れなかったから、帰ったら仮眠を取った方がよさそうだ。




「ただいま」


リビングに入ると明日香は仁王立ちしていて、僕を振り返る。


「兄さん、あれはどういうことですか?」


あれ、とよんだ視線の先には朝放っておいたPCがあった。電源が付いたままだった。


「つけっぱなし?ああ、スリープ切ってたかも。ごめん」


僕は設定を変えようと、PCに近づいた。


「...中、読みました」


一瞬、言ってる意味が分からなくて


「中...って、そういうことか。趣味で書いててさ」


完成前のものを誰かに見られるってけっこう恥ずかしい。


「ずっとPCに向かっていたのはこれが理由だったんですね」


明日香の中で納得がいったらしい。黙っているわけじゃなかったんだけど、いうこともないかなと思ったまま来てしまった。


「でもこれは」


「感想を言っていいですか?」


僕の言葉を遮るようにして明日香が言う。


「うん。気を遣わずに正直に言って欲しい」


面白くないと言われるかもしれない。でもそれがあったから僕は


「全然面白くないです。途中でうんざりするぐらいでした」


「うん、ありがとう明日香。読んでくれて」


明日香は意外そうな顔で僕を見つめる。


「知ってる。面白くないって。僕もそう思うから」


作りたかったのは、結末だけを決めて中をどうにか埋め合わせたものじゃなかった。僕は根本から見失っていたんだ。


「だから、作り直すよ」

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