第27話
(僕が内定貰ってたら同じ会社で働いてたのか)
家に帰って再びキーボードをたたきながら、柚白さんの衝撃の告白について考えていた。今までゲームの上達が異様に上手かったのも納得できる。僕と彼女ではゲームを遊ぶ視点が違うのかもしれない。
「ちょっとズルいよなぁ」
座りながら、両手をうーんと伸ばした。そんなことより今は目の前のことに集中しないと。そう思いつつ、ここまでを振り返るようにして書いてきた文章をザッと見返す。
このまま書き進めることが出来れば間に合う。その点で心配することはなさそうだ。ここまで色々あったものの、ようやく形になってきた。だけど、これは...。
「はぁ...。ダメだ。甘えたら納期に怒られちゃうよ」
一息ついて、執筆の体勢に戻る。
ドンドン!
大きなノックの音が鳴り響いた。
「あ...」
「兄さん、大変です」
声を発した瞬間にドアが開く。明日香の、その焦る形相に僕もつられて
「ど、どうした?」
「兄さん、緊急事態です」
その真剣な口調に、僕は唾を飲みこんだ。
(──あそこか)
小さく呟いてから、僕は足を進める。既に20人ほどはいるだろうか。熱心なファンは明日香だけじゃないらしい。
予定の時刻20分前。なんとか間に合ったと胸を撫で下ろして、僕は独りごちる。
「明日香のやつ、いきなりすぎるんだよ」
時間は2時間前ほどにさかのぼる。
「数量限定の店舗特典を受け取りたいのです」
返答の代わりに僕は口をポカーンとなる。
「2店舗にまで絞りました。そこまではいいんです。問題は...」
明日香が目を閉じてスゥと息を吸い込んむ。どうやら、ここからが本題らしい。その異様な空気に僕は再び喉をゴクリと鳴らす。
「店頭でしか受け取れないのです」
キッとした涼やかな目からは熱を感じる。少しの絶望と諦めてはならないという強い気持ちが言葉にのって僕にぶつかった。
「そ...そう」
その勢いに押されてからようやく僕の口から出たのはそれだけだった。
「兄さん」
「...」
「お願いします。一緒に行きましょう」
そんな真っすぐな目で言われたら断れない、か。
「わかったよ...で、今から?」
「いえ、夜中です」
ルンとしたその嬉しそうな声を代償にして、僕の執筆時間もとい睡眠時間は消し飛ばされた。
「あの顔をみたらなぁ。それに明日香がまさかパッケージ派なんて知らなかったよ」
と、体勢を変えた拍子に財布が落ちてしまう。やれやれ、といった感じで拾うようにしてしゃがむと前にいた人が先に拾ってくれたらしく、僕に渡してくる。
「すみません、ありがとうございます」
「どういたしまして。..って月見里さん?さっきぶりですね」
「...柚白さん?」
彼女もまた一人の生粋ゲーマーだったらしい。明日香に会わせようかと思ったけど寝ずにゲームしそうだからやめておこう。
「ふー、買えてよかったですね」
「ですね。けっこうギリギリだったのでどうなるかと思いましたけど、なんとか」
帰り。たまたま出会った柚白さんと並んで歩く。
「では私はこっちなので。おやすみなさい」
こんな夜中でも軽やかで楽し気な雰囲気をまとっている彼女にはあっぱれだ。帰ってからが本番といったところなのだろう。仕事も遊びもゲームまっしぐらで、少しうらやましい気もする。
柚白さんの言葉に軽く挨拶をして僕たちは別れた。が、僕は振り返って彼女の背に向けて言い放つ。
「柚白さん!」
「ええっ!?」
「少し...付き合ってくれませんか」
「な、なっ...」
普段は見せない、あわあわとした表情をする柚白さん。顔がカーッと赤くなって息が荒くなる。
「本気...なんですか...?」
やっと言葉に出した彼女の唇がいつもより艶めかしく見える。ハーッと小さく息を吐いているのがなんともエロい。なんだか様子がおかしいような?
「はい、相談があって」
相談、の一言に我に返った彼女はフッと見上げて、
「へ?あぁ、そういうことですか。びっくりさせないで下さい...」
「びっくり?」
「いえ、こちらの話です。そうですね...、時間が時間ですから。何の相談ですか?」
「今作っているシナリオのことです。時間が遅いのは分かってます、ただ今日を逃すと...」
「分かりました。じゃ行きましょうか」
「...いいんですか?」
言うわりに呆気なく承諾したものだから思わず問い返してしまった。彼女は「はい」と続けた後で
「私、創るのが好きなんです。だから私が話すのも、話を聞くのも好きで。単純ですね」
クスりと笑う彼女の優しさと子供のような表情に僕は初めて柚白さんと話せた気がした。
「あ、帰りは家まで送ってくださいね?」
「任せてください」
「このまま続けていいのか不安、ですか」
「はい。量としては完成しつつあります。ただ、面白いとは思えない作品を作り続けて意味はあるのかなって」
柚白さんが考えるようにして、手を口元に当てる。
「確か、その作品ってコンテストに出すためのものですよね。だから内容より、量を優先していたはずではないですか?」
「その通りです。納期厳守っていうのは分かってるんです。始めの頃はなんとも思わなかったんですけど、書き続けるうちに...何か違うというか...うーん...」
言いながら自分でも整理がつかなくなる。勢いで来たのは良くなかったかなぁ。
「うふふ。分かります。個人制作だからこそ直面する問題ですよね」
「...どういう意味ですか?」
分かったような口ぶりに僕はその先を問う。
「今の状態は、月見里さん一人でモノづくりされていますよね」
僕は黙って頷く。
「つまり、その制作には自分以外の誰も首を突っ込むことはありません。自由な創造主のようなものです。聞こえはいいですが、これにはメリットとデメリットが存在します」
「そんなこと考えもしなかったです」
作る人数で言うのであれば、作品のボリューム量になりそうだけど柚白さんのニュアンス的にはそうではないらしい。
「メリットはなんでもできることです。思いつくままに手を動かし、好き放題できます。対してデメリットは制限がないことです」
「制限がないことがデメリット、ですか」
「色々できるあまり指針がブレたり、無くなってしまうときがあります。人って時間が経過するごとに考え方が変わってしまう生き物なので。そうなると制作を続けるのが難しくなってしまうんです」
嫌いなジャンルの漫画がいつの間にか好きになったとか、そんな意味だろう。それは分かった。
「その指針というのは?」
「...質問で返してすみませんが、月見里さんはなぜ面白いものを作るんですか?」
「読んでくれる人のためでしょうか」
「そうですね。私の場合は会社勤めなのでもっと細かくなります。例えばアクションゲームが好きな人に楽しんでもらうため。その中でも学生に楽しんでもらうためとか。利益を出すというのもそうです」
「その指針に向かってみんなで作るわけですが、それがなくなってしまうと大問題です。私の胃がキリキリするわけです...」
経験済みなのだろう、その困り顔に僕は大変ですね、と苦笑する。
「だからこそ指針、言い換えれば何のために作っているのか。それが大切なんです」
...なんのために、か。
「それにしても驚きました」
柚白さんは目を見開いてこちらを見る。
「な、何がですか?」
「いえ、てっきり月見里さんは、納期に間に合わせるためだけに作っているように見えたので。私としてはその気持ちに賛成です。せっかくしがらみ無く自由に作れているわけですし。...やりすぎると完成しなくなるので注意ですけど」
「僕も正直変な気持ちです。始めはとりあえず、で良かったのに...」
「月見里さんは、もう立派なクリエイターですね」
「あっ...」
柔らかな口調でいわれた一言。それが妙に胸にストンと落ちて、僕の不安な気持ちが消えていった。
「...あ、でも完成させないとダメですよ?人に見られて上達するのは間違いないですから」
「...頑張ります」
この後も僕のもやもやを柚白さんは解消してくれて。もう夜中の2時をまわろうとしたところでお開き。最後まで付き合ってくれた彼女を家の近くまで送り届けて精一杯の感謝をして、僕は家に帰った。
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