第26話
(やっぱり土日が一番はかどる)
元々休日に予定入れる派じゃないし、誰かの誘いもなければ断る必要もない。
このときばかりはだらだらしてた僕に感謝だ。
やってやるぞ、と思ったのはほんの数分で。
「はぁ...」
書き続けるごとに募っていくのは言いようのない不安、とも言えるだろうか。
(ひたすら書き続けてるけど...)
心配をしたところで締切が伸びるわけでもない。どうやっても書き続けなければいけないのだ。そんな板挟みの中で考え付いた策。
「もう少しスケジュールを詰めて、修正する時間をたくさん取ればなんとか面白くならないかな」
最終的に書き直すであろう面白みのないシナリオを書き進めていくのは、なかなかにつらいものがあった。
「ふーっ。10分だけ休憩」
スマホを見ると通知がきている。月坂からチャットが来ていて、なんとご飯のお誘いだった。それに対して僕は、
『ごめん。忙しい』っと。
行きたいのはやまやまだ。でも今は詰めに詰めていく期間。真面目かもしれないけど、これが僕のやりか...。
──ピンポーン
また配達か。明日香...は出て行ってるし。
しぶしぶ一階に降りて、ドアをがちゃりと開ける。
「来ちゃいました!」
どんだけ若い配達員が...!?
「月見里さん、こんにちは」
その包容力のある耳を撫でるような声に僕は心当たりしかなかった。
「...ゆ、柚白さん!?どうして僕の家に」
「心当たり、本当にないですか?」
ニコッと天使のような微笑みで言うそれに頭をかき回して考えるが、
「......。...もしかして、月坂?」
「正解です!」
喜びがはじけたような笑顔で答えてくれる柚白さん。話していると悩みなんて吹き飛んでしまう気がする。世の中の男性はきっとこの微笑みを求めている...。
話がそれてしまった。
「わかりました、待っててもらえますか」
家まで来てもらって断るなんてさすがに出来ない。これが月坂なら考えるかもしれないけど。
急いで支度を済ませ、僕は家を出た。
「──」
隣を歩く柚白さん。身長はそこそこあって、栗色のふわりとした髪はその優しさある性格を映し出す鏡で...
「何かついてますか?」
「いえ。なんでもないです...」
口元に手をあててクスっと笑うと彼女は再び前を向いた。
美人過ぎていつの間にやら視線が柚白さんに向いていたらしい。だめだ、何か他の話題でも
「え!?」
僕の目に映ったあり得ない光景に、ほとんど条件反射で言葉が出る。
「月見里さん?」
声に驚いた柚白さんが僕の向いている方向に首を回す。
「...あのカップルがどうかされたんですか?」
どうかされたもなにもない。あれは
「...妹なんです。女性の方は」
柚白さんは嬉しそうに両手を合わせて、
「妹さんがいたんですね。おしとやかで可愛いです」
嬉しい感想である。後で明日香に言っておこう。いや、そうじゃなくて
「その隣にいるのは友達なんです」
「...なるほど、そういうことですか。親し気に話してる感じですね?」
「付き合ってるにしては、接点なんてどこにもないような...」
「優太さん、意外に世界って狭いものですよ?」
「へっ?」
柚白さんにまさかそんなことを言われるとは思わず、呆気に取られてしまう。
「えっと、何か二人の共通点とか思いつきます?」
あるとすれば書店に行ってたまたま仲良くなる可能性か。ないとは言えないけど、その線は薄そうかも。といって他の線...あ!
「趣味です。ふたりとも同じゲームが好きなんです」
「それは素敵ですね!ゲームから始まる恋なんて...夢みたいです」
目をキラキラさせる柚白さん。出会いはゲームの中が良いらしい。
「確かこの前に妹から話があったんです。あるゲームのコミュニティイベントがあるから参加しないかって。そこに参加した二人が出会った可能性で考えれば十分あり得ますね」
「イベントに参加するなんて活発なゲーマーなんですね。良いことです」
一人でしみじみと呟く。そういえば彼女も生粋のゲーマーだった。
「私も行きたいんですけど、仕事が忙しくて」
しょんぼりする柚白さん。あれ?
「そういえば柚白さんって何の仕事をしてるんでしたっけ」
「あっ、言ってませんでしたね。私の仕事は...」
「優太。やっときたわね」
目的地で待っていた月坂に話を巻き取られてしまった。まぁいいけど。
「月坂。柚白さんを使っちゃダメだよね?」
「散歩ついでに行ってくれたの。あたしそんなひどいことしないから」
さいですか。
月坂がグッと覗き込むようにして僕を見る。
「優太、ちょっと痩せたでしょ?」
「そう、かな」
明日香に作ってもらってる分は食べてるから、お昼たまにウトウトして昼ご飯をぬいてしまうのが原因かもしれない。やってみて気づいたことはお昼寝が偉大だってこと。
気にしないような様子で返すと月坂は、はぁ。と分かりやすくため息をついて、
「自分じゃ気づかないぐらいやってるわけね。いいわ。今日行くのはこのお店よ」
彼女が顎で指したその先に待ち受けていたものは立ち食いステーキのお店だった。
「す、ステーキ...?」
「ここのお店のランチが安くておいしいのよ」
「鈴は私が作ったものより、単純なのがいいそうです。子供なんですよね...」
「真恵。今はステーキにハマってるだけだから」
やれやれ、といった様子で肩をすくめる柚白さんを横目に僕はしげしげとお店を眺めていた。
「何度かこの付近通ったことがあるけど、こんなお店があるなんて知らなかったよ」
「知る人ぞ知るってやつね。真恵が教えてくれたの」
「この辺って私の働いてる会社から近いので。お昼は歩き回っておいしいお店探しちゃうんですよね」
柚白さんが勧めるなら味は保障できそうだ。しかし、
「なんというか意外です。言っちゃあれですけど、服に匂いが付きますし、それこそ女性は嫌がりそうなイメージです。柚白さんならもっとお洒落なお店とかが似合いそう...」
「お洒落にお金を払うか、味にお金を払うかでしょ。あたしは、むろん味ね」
「わたしは休日来るようにしてますね。月見里さんの言うように匂い付いちゃうので平日は来ません」
雑談もそこそこ、店内に入ってステーキを堪能。さすが柚白さんが勧めるだけあって味はバッチリだった。お店を出て、
「美味しかった...。明日もまた来たいぐらい」
「うっぷ...食べすぎたかな。んー、今なら何でもできそうな気がするよ」
久しぶりご飯をお腹いっぱい食べて気分も上向いてきた。やっぱり美味しいものを食べるって良い。
「単純ね」
ククッと薄く笑う月坂が僕を見ていった。
「だね。案外単純な方がいいのかも」
「あんまり根詰めすぎちゃダメよ。もう家に戻る?」
「うん。じゅうぶんリフレッシュできたから。ごめんね、気を遣わせて」
怒られたときとはまた別の意味で月坂に助けられてしまった。
「ま、高校のときたくさん迷惑かけたし、これぐらい気にしないで」
「やっぱり月坂は変わったなぁ」
「どういうこと?」
「なんでもないです」
こんな気持ちいい気分で誰かの言い争うのは止めておく。と、忘れかけていたことを思い出して彼女の方を向いた。
「そうだ、柚白さん。お店に入る前に言いかけたことって」
「...そうでした!ちょうどここから私の勤務先が見えますよ。ほら、あそこです」
「なっ...」
彼女が指した先は見覚えのある建物だった。何度も近くに寄ったとか、一度見たら忘れられないとかでもなくて。今でも申し訳ないといった気持ちがこみ上げてくる。
「私、ゲームディレクターなんです」
だってそれは、僕が最終面接で受けた会社のそれだったからだ。
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