第25話

進捗は悪くない。といってもまだ気は抜けないけど。

どうにかこうにか僕の作ったスケジュールには追い付きそうな感じだ。


「...」


時計を見れば、時計がてっぺんを過ぎたころ。リビングを占領して黙々とPCに向かうのが僕のスタイルとして定着していた。


二時間前と比べても思うようには進まないのは、アイデア不足なのも一つの要因だと思う。一応量だけでいえば半分以上かけたことで心に多少の余裕は出来た。


(でもなぁ...)


ただ頭の中のイメージが目に見える文字になっただけということでもある。僕の心の中では、果たしてこのままでいいのだろうかという不安が残ったままだった。


「兄さん最近ずっとPCとにらめっこしてますけど、まさか仕事を持って帰ってきてたりしませんよね?」


一時的に部屋から出てきた明日香がけっこうマジなトーンで言ってくる。


「そうじゃないよ。ちょっと、やらなくちゃいけないことがあって」


「私が言うのもなんですが、身体壊したら終わりですからね。気を付けてください」


「分かってる。もう少しだけ」


そう返して、少し間があった後で


「兄さん知ってますか?」


そういえば、と声色を変えて言ってくる。


「どうかした?」


「この前兄さんと遊んだゲームのこと覚えてます?」


明日香に誘われて、夜中まで付き合わされたやつだっけか。そう答えると、頷いて妹は話を続ける。


「そのゲームの全国大会がもうすぐ開かれるそうなんですよ」


明日香はこの夜中でも眩しいぐらいの満面の笑みを見せる。いくらなんでもゲーム好きすぎだと思ったけど余り驚かないのは慣れてしまったからからもしれない。


「へぇ。あ、それ知り合いから聞いたような気がする。全国大会があって、世界大会もあるって話だっけ?発売されたばかりなのに凄いよね」


普段からゲームに触っている人はどう思うかわからない。e-Sportsが結構盛り上がってるなってぐらいだ。


「そうですね。この情報は結構前に開示されていたので今の盛り上がりも頷けます。賞金も一発目にしては高い方です」


「そのゲームの全国大会っていくらぐらいなの?」


「まだ発売されたばかりですからね。総額で言えばだいたい一億ぐらいでしょうか」


「なんか実感わかない金額だね。でもプロゲーマーに憧れる人の気持ちがわかるよ」


「で、そのゲームのコミュニティが各地で発足してまして。近くで開催されるイベントに参加しようと思ってるんですが、兄さんもどうです?」


「うーん、僕は多分行けないかも。今はコレで忙しくて」


分かりやすく視線でPCを指す。どっちが大切かといえば間違いなくシナリオだろう。


「分かりました。参加条件は緩くて、兄さんみたいに初心者でも楽しめるイベントなので、気になったら言って下さいね。あと、ちょっとやりすぎだと思います。おやすみなさい」


あれだけゲームしてる明日香に釘を刺されるとは。自分では気づかないほどにやってるらしい。それは会社でも同様だった。


「先輩、最近眠そうじゃないですか?」


ウトウトしかけてる僕に千羽が話しかけてくる。


「夜遅くまで起きてるんだよね。やりたいことがあって...ふぁ」


欠伸がでそうなのを手で押さえきれずに声が漏れてしまう。


「あー夜更かしですか。分かります。私も趣味で絵を描いてて、ついつい朝だったことがありますし」


それは素直に凄いというかなんというか。


「千羽はちゃんと仕事終わらせて定時で帰ってくれるから良い後輩だよ。僕も見習わなきゃね」


「私はプライベートと仕事はキッチリ分ける人ですので」


その調子で頑張ってほしいものだ。


「先輩は当分無理じゃないですか?噂効く限りじゃ大変ですよね~」


「何の噂?」


「何って、最近噂になってるじゃないですか。会社をあげた一大プロジェクトの話ですよ!」


それなら聞いたことがある。裏でごく少数で進んでるプロジェクトがあって、そろそろ人員を入れて本格化するっていうぐらいだけど。


「その中心メンバーに先輩抜擢されるって噂が...」


「そうなの!?全然知らなかったよ」


「まだ噂レベルですが。ほらこの前飲み会で先輩の同僚の人が退職するって言ったの覚えてます?その代わりとして先輩が繰り上がったとかなんとか。先輩ここずっと昼寝してますし、知らないのも無理ないです」


「...マジか」


それがいつになるか分からないけど、始まったら最後明るいうちに帰るのは難しいかも。そうなると余計疲れたままでPCを立ち上げる...考えたくもないな。


「あれ?嬉しくないんですか?」


「嬉しい?なんで...ってああそうか」


昇進できるかもしれないのか。

確かにそうだと思いながら色々考えていた僕を、不思議なものでも見るような顔をした千羽に気づくことはなかった。

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