第24話

「おじゃまします」


中に入ると月坂はPCに向かったきり返事はない。柚白に至っては僕が来たことにすら気づいてないようだった。それはいつもことか。用があるのは、


「僕が甘えてた。怒ってくれてありがとう」


そういって僕は月坂に一枚の用紙を差し出す。そこでようやく彼女は動かしていた手をとめて、僕の存在を許した。


「もう2カ月切ってるのよ?言葉だけじゃ...!?」


「その紙に全体の進捗と〆切までのスケジュールを出してる。進捗は5%ほど遅れてるけど問題ないと思う。今週中には巻き返せる具合だから」


月坂は信じられないような目つきで手渡した紙と僕を交互に見る。


「...本当なの?書いてあることが事実なら20枚は越えてるじゃない。...その仕事口調っぽいのがなんだかちょっとむかつくんだけど」


冗談交じりの皮肉を言ってくれて僕はホッとした気分になる。


「プロ意識が足りなかった。たしかに月坂の言う通り。夢とか言いながらやってることほとんど惰性だったんだ」


趣味で終わらせる気なんてさらさらない。それに趣味でやるか、仕事でやるか、どれだけ真剣に向き合うかで、実力の伸びが違うなんて考えなくても分かる話だ。


「ふーん、そうなんだ」


素っ気なく言う月坂に、柚白がにやつきながら会話に入ってきたので僕は話を切り出す。


「二人に僕の書いたシナリオを読んで欲しいんだ」


「それが目的ってことね。んー、あたしは今手が離せないから、一段落したら読むわ」


「私は今からでも大丈夫です。読みますね」


「お願いします、今データを」


10分ほどしてから月坂も加わり、僕は二人が読み終わるのを待った。始めて書いた、持てる力を全てを注いだものだ。彼女たちが読み進めるたびにその表情が気になって、じっとりと汗がにじむ。どう思われるか、やっぱり怖い。


30分過ぎた頃だろうか。二人がほぼ同時に顔を上げた。


「読み終わったわ優太。特に面白さは感じないわね。あと読みづらい」


...本音でいいとは言ってないけど、月坂なりの優しさか。


「設定が最近良く見るものだからかもしれないですね。どうしても既視感を感じてしまうので。でも最初に選ぶテーマとしては書きやすい点で良いと思いますよ」


なんとも心地よいフォローしてくれる柚白。涙が出そうです。

悔しいけど、それが今の実力ってことになる。


「これ、修正するの?」


「いいや書き進めようと思ってる。〆切までに間に合わせるのが目標だし」



「そう。まぁ良い感じに進んでるっていうのは分かったわ。で、これは一体どうやったわけ?」


「ああ、それは」


僕はつい1週間前のことを思い出していた。




「もう来ないのかと思ってたぜ」


「あれから一カ月以上ごたごたしてて。ごめんね神」


「4年以上会ってなかったことを考えれば結構な進歩だけどな」


明日香の相談を受けた次の日。僕は〆切までのスケジュールを引いて、毎日の遅れの把握、日々どれだけの文章量を書く必要があるのか、までは把握することが出来た。


それだけでこの執筆自体を俯瞰して見ることできる。だけど、それだけで全ての問題が解決するわけもなく。相談出来る上司もいなければ予定通りに書き進める方法だってない。そんな僕が訪ねたのは、他でもない有給で繋がった友人だった。


「また本買いにきたのか?」


神は首をコキコキと鳴らして臨戦態勢に入る。隙あらば本を紹介する気だ。


「あいにくと今日は本を買いに来たわけじゃないんだ」


「そうか。あ、そういえば月見里面接行ったんだろ?うまくいったのかよ?」


「それなら最終面接まで進んだよ」


「マジか?確か相当デカいところだよな。内定もらえるように祈ってるぜ!」


「それが、最終面接の結果を聞く前に辞退したんだよね」


「は?」


「で僕は今小説をかいてるんだ」


「はぁ?」


「だから」


「ストップだ月見里。お前の圧倒的な勢いに俺の理解が追い付いてない」


神の一言で僕たちは隣接された喫茶店に場所を移した。


「話はわかった。それで俺に協力して欲しいって言いたいんだな?」


「そういうこと。神ならラノベに詳しいし、大体の話の進め方も知ってるはずだと思って。もちろん神に何のメリットもないっていうのは分かってるんだ。でも僕は本気で...」


そこまで言い切ったところで神が手を突き出す。


「待てよ月見里」


「?」


「俺はメリット云々でお前と居るわけじゃないんだ。本気だってことはそのスケジュール切った紙を見れば分かる」


差し出した手を戻し、苦笑の表情を浮かべる神は言葉を続ける。


「俺が一年目で会社を辞めたってのは知ってるか?」


「それは初耳」


「まぁ人に言う話でもねぇからな。それからはこの書店で働くんだが、人付き合いはめっきり減った。正直いえば寂しかったんだ。だからお前が会いに来てくれて嬉しかったんだぜ俺は」


「そんな俺を頼ってくれたんだ。出来ることはやらせてくれよ」


「神...」


「なんて顔してんだよ。でも、あんま期待すんなよ?」


「ありがとう」


僕は改めて神に頭を下げた。




「その彼にストーリーテンプレートを作ってもらって、書く速度を上げたってカラクリね。納得」


「一か八かだったけどね」


貰ったテンプレの上から考えた内容を乗せて書いたのが二人に読んでもらったシナリオだった。僕が一人で作るよりは面白さは抜きにして形になっているはず。


「...優太がその方法でいくならいっか」


「何か言った?」


「なんでもないわ。まだ終わったわけじゃないから、しっかりね」


自然と笑って見せた月坂の顔は優しくて。僕のやる気はまだ十分あった。


──だけど、創作の難しさを僕はまだ知らなかった。

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