第23話
「──!」
真隣から聞いたことのない目覚ましの音が鳴る。誰のスマホから...ん?人の声?
「な、なんだ!? ぶへっ!」
起き上がる僕にふわりと香る柔らかい塊が直撃する。
飛んできた枕を顔で受けとめたのは修学旅行以来だ。状況を把握できるようになると少し離れた位置で柚白が涙目になってこちらを見ていた。
「な、なんで月見里さんが横で寝てるんですかっ!?」
驚きで目を大きく見開く彼女。言い訳しようにも
「そんな人だったなんて...。信じられません...」
柚宮は今にも泣きだしそうなぐらい涙目になっている。泣きそうな顔も可愛いなという思考はひとまず置いておいて、整理すれば暗くて見えなかったが寝ている間隣では柚白がスウスウ寝ていたらしい。...確かにその事実だけを見れば悪いことをした気分にもなる。だけど、
「柚白さん」
「な、何ですか?」
両手で身を守り物理的に近づかないで欲しい意を存分にぶつけてくる。汚らわしい目で見てくるのだけはやめて欲しい。傷つくから。
「僕は僕の布団から動いてないんです。分かりますか?つまり柚白さんの...」
「寝相がどうとうかじゃないです!こんなに近くで寝るなんてあり得ないです...。まだ会って一日しか経ってないんですよ!?」
う、うん。近くで寝た瞬間NGだと思ってたけど、どうやら判断基準がずれているような...?
そんなとき仲裁にも等しい言葉が割って入ってきた。
「二人とも起きてたのね。おはよ」
「鈴ー!」
睨みを効かせる柚白の視線を軽くあしらって、僕を見てくる月坂。
「だから言ったじゃない、襲っちゃだめよって」
「?...あ、昨日寝る前に言ったのそういうことか」
「そそ」
「納得しないでよ、二人とも!」
ぷんすか怒る柚白に何を思ったか月坂が近寄って、
「お願いがあるんだけど。優太のことで」
「え...」
火に油を注いでしまう。柚白は眉をしかめて、うう...と頭を抱えて僕を見る。
...朝から終始いやな顔を連発されて、平気な奴は少ないことだけは覚えておいて欲しい。
「そういうことなら納得です。鈴って強引ですから。というより昨日相談してくれればよかったのに」
「いつも何かしら装着してるし、話しかけるのは悪いと思いまして。雰囲気的に」
「それもそうですね」
始めて意見が合った彼女はストローを使い注文したドリンクを飲む。
「ところでどうしてカフェなんですか?」
「落ち着ける場所に行きましょう」と柚白から言われ、連れられてきたのは彼女が良く使うお洒落なカフェ。甘いトッピングなら他店にも負けない品揃えで人気のチェーン店だ。柚白は生クリームとチョコがトッピングされた何ともカロリー高めのドリンクを注文していた。
「近く寄ることになると思ったからです。それに私が個人的に知りたいことがありまして」
流暢に話す柚白。いやそれは問題ない、日本人だし。
だけどおかしい。目の前にいるのはあのパジャマを着てダラっとしていてゲームをぶっ続けた柚白本人...?
「あっ、月見里さんそういう目するじゃないですか。...やっぱり隣にいたのは」
あらぬ方向に進みそうな話を急いで戻す。
「違うんです。柚白さんの雰囲気が家とまるで違ってて、別人みたいだなって」
ふわもこのパジャマ姿とは打って変わって、正に出来る女としか見えない服装で僕と向かい合わせに座る柚白。彼女は「なるほどです」と頬を緩ませて
「だらだらするのは家の中だけってきめてるんです。癖みたいなものなので、気にしないでください。それより月見里さんのことですけど...」
聞きたいことがあるとか。なんだろう。柚白とは接点もないし、自分で言うのもなんだけど興味を持たれるような人生を送ってきたわけでも...
「僕の何が」
「鈴と高校一緒だったって聞きましたけど、本当なんですか?」
「...は?それが聞きたかったこと、ですか」
そう、とばかりに彼女は首を縦に振る。
「...そうです。一年間だけですけどね。月坂が転校して僕の隣の席になってそこからほとんど毎日一緒で」
「凄いです。鈴が嘘つかないってことは分かってますけど、さすがに8年ぶりに再会したって聞いて本当かなって思ったので。大変じゃなかったですか?鈴の隣って」
おまけのようについてきた言葉尻に僕は身を乗り出し、
「分かってくれるます?そうなんですよ、いつも後先考えずに行動したと思ったら、あらぬ方向に突き進むし、クラスで手に負えるのは僕だけでした」
「分かります。私は出会ってから一年ぐらい経ちますけど、けっこう振り回されてますから。学生時代なんて想像するだけで大変そうです」
「確かにあの頃に比べれば月坂は大分丸くなったような...」
「私ならもうそれだけでお腹いっぱいになりそうです。っと、すみません話がそれました」
柚白は頬に手を当てるようにして、小首を傾げる。
「月見里さんに創作のアドバイスを送る、で大丈夫ですか?」
「お願いします」
月坂がしたお願い。それは開幕から行き詰ってしまった僕に、柚白からのアドバイスを乞うことだった。僕としては一緒に考えてくれる人が多い分には助かるけど、そもそも彼女が引き合いに出す理由が...
「といっても創作論ってほどでもないので、期待しないで下さいね」
そう言うと彼女はスマホを触り始める。何やら探しているらしい。その姿は傍目で見るともはや完成されたビジュアルで上品なオーラが柚白を纏っている。近くを通る男性のほとんどが柚白を一瞥していることに彼女が気づいているかは分からないけど。
「ありました。この本なんかオススメですよ?」
彼女が差し出したスマホ画面を見る。
「私が読んだ中では一番読み返したと思います。詳しく書いてるというよりは、一般的なストーリーラインの話です。凄く優しい内容だから始めたばかりの方もおすすめですね。あとは...これです」
「400ページ以上ある技術本です。全て理解できれば下手な文章は書かなくなると思います。ただデメリットとしては一発目の創作で使うと、納得した文章を書けなくなって手が止まる可能性が高いから寝かせておくのが無難です」
「う、うん...」
「細かいテクニックで言えば、確か200ページぐらいの読みやすい本の名前があったんですけど...あーなんでしたっけ...」
なんとか昔の記憶を手繰り寄せようと頭を抱える柚白。正直僕から言わせれば細かいテクニックなんてものより始めの一冊だけで十分だ。彼女だってそれを分かっているはずなのに、答えが出ないことが嫌なのか目を瞑って真剣モードに入る。
「柚白さん?活字は苦手だから始めの一冊あれば十分です。そんなことより」
「?」
両手で頭を抱えたまま、目を見開いて首を傾げる柚白。
「もしかしてだけど柚白は作家...だったりする?」
読書好きでこんなラインナップを読む人はいないだろう。完全に創作する側の人間だ。僕が探るように尋ねると、彼女はちょっと照れたような恥ずかし気な顔をして
「違うんです。大学の頃に趣味で小説を書いてまして。その時にいくつかの本を読み漁ったことがあるんですよ。さっき紹介したのはそのとき使った本なんです。当時はそれなりの評価でしたし、今でも古すぎるってことは無いと思うので安心して下さい」
「僕も学生時代から書いとけば良かったと思うよ」
「必要性を感じてやる方が伸びるので、私なんてすぐに追い越せると思いますよ?あと聞きたいことといえばどうやってシナリオを書き進めてるか、ですね」
書き方か。そんな大層なものはないけど、強いて言うなら
「頭の中に浮かんだキャラ設定と世界観で書き進めていくって感じです」
「それぐらいなら、プロットとか箱書きみたいな書き方を知るよりも、まず何より優先して決めて欲しいことがあります」
「...なんですか?」
「結末を決めることです」
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