第22話

柚宮の手料理をごちそうになった後で、話はようやく元の話題に戻った。


「一応聞くけど優太はシナリオ書いたことあるの?」


「全く。ほんと小学生のころに漫画を真似して書いたことがあるぐらい」


ずぶずぶの素人の状態で目指してるってことは百も承知だ。


「そうね、ならまず目標を決めましょ。そうだ、ちょっと待ってて」


何やら気づいたように月坂は自前のノートPCで調べ物を始め、会話は自然と僕と柚白の二人に絞られる。


「月見里さんって営業として働いてる、で合ってます?」


「そうです。クリエイターだったというわけではなくて」


「もし良ければでいいんですけど、どうしてキャリアを捨ててまで書きたいと思ったのか、理由を聞かせてもらっていいですか?」


その問いは決して面白半分ではなく、彼女の目は真剣のように見えた。僕は月坂と話していた内容を振り返るように話す。


「何青いこと言ってんだって感じですかね」


言いながら僕は自嘲気味に苦笑する。今まで月坂に素直に言えていたのは高校時代の付き合いが深かったからだ。それを出会って半日も経たない他人に伝えるうちに、そう思われても仕方ないという気持ちもある。


「いえ、むしろ応援します。私も同じようなものですから」


言いながらクスクスと笑いだす柚白。


「...え、それってどういう」


「見つけた。優太、あたしのPC画面見てくれる?」


ひとまず彼女のことは置いて、月坂の後ろから覗き込むように画面を見る。


「コンテスト?」


「そう。やっぱり創作物を作るからには〆切が有った方が、モチベーションにもつながるし。この中だと...うん、これなんかどう?」


一覧の中から月坂が選んだのは〆切を残り3カ月後とした小説コンテストだった。

短いような長いような。正直見せられただけだと実感が湧いてこないというのが正直な感想だ。


「私は作品を作り上げることが目的なら悪くない期間だと思いますよ?」


柚宮の推しの一言もあり、


「...わかった。問題は何を作るかだけど」


コンテストのテーマは全ジャンル。何でもいい分アイデア勝負ってことになる。


「もし必要ならあたしの家にあるのは、参考資料として借りてっていいわよ」


「それは助かるよ」


いつか見た漫画がズラリと並ぶ棚、小説とゲームが並んだそれに目を向ける。その一部には、神が俺に購入させたラノベもいくつかあった。それに...それに!?


「R-18ゲームまで買ってるの?月坂って」


僕の驚いた様子もお構いなしに、「ああ、それ」と月坂は話し始める。


「並んでるのは7~10年前ぐらいのモノが揃ってるの。その頃は各メーカーが売れ線どうのじゃなくて作りたいものをただ作ってた時代だから、シナリオの完成度が高いのよ。真恵が良く借りていくからオススメとかは彼女から聞いたら?」


月坂の視線が柚宮を刺す。


「えっ!?違うから!単純に、シナリオのヒントを...ね、貰おうと思って!」


「別に聞いてないんだけど...」


柚白があたふたしている間にいくつか参考になりそうな小説を拝借して帰路に着いた。


家に帰るや否や衝撃の事実を目の当たりにする。


「こんなのどうやって書けっていうんだ...」


執筆を始める前にもう一度コンテストの内容を確認しようと思って軽いノリでページを開く。開いた口が塞がらないのはその応募要項にあった。


「最低 40*34の80枚ってことは...10万字!?ってことはラノベ一冊分丸々に近い程度には書かなきゃいけないことになるのか」


僕はひとつのラノベを手に取ってその厚さを横目で見る。


「この枚数分書き上げろってことだよね...。...言っても仕方ないか」


覚悟を決めてテキストファイルを開く。まずはじめの一歩だ。


...。


書きたいものは大体決まってる。異世界で主人公が活躍する部分に加えて、僕なりのオリジナリティを...


オリジナリティ。


...。


一旦、月坂から借りた小説を読んで参考にしてみよう。そのために持ってきたんだ。


...。


めちゃくちゃ面白かった。イメージは湧いてきた。この調子で...


「...。」


既に夜中を回ったころ、僕はまだPCの前に張り付いていた。


「このシーンどう書くのが正解なんだろ?ああ、違う。書きたいのはこういう表現じゃなくて...」


自分の書いた文字にああだこうだ文句を言い続けながら、ひたすらにテキストと向き合う。


「もう無理...」


ばたりとベットに横になる。身体はもう寝ることを選んだらしい。とりあえず今日浮かんだイメージを全てテキストにぶつけて、僕はゆっくりと目を閉じた。



「...何だこれ、すごく読みにくい。本当に僕が書いたのか、これは」


黙って半分ぐらい消す。もうその時点で1000文字を切ってしまう。昨日の頑張りが無に還っていく。それからも思いつく内容を文字にして、気に入らない下りは削っての繰り返し。


たまに参考と称して借りてきたラノベを手を伸ばすも空振り。手に届く場所に本はなく、離れた場所に平積みされているだけ。ある分全て読み切ってしまったらしい。


「また行くか」




月坂家のインターホンを鳴らすと出てきたのは柚宮だった。


「鈴なら寝室で寝てるんです。朝までゲームしてたんですけど、一時間ぐらい前に脱落してしまって。夜までは起きてこないと思います」


リビングまで歩くと、柚宮は何を言うでもなくVRの世界に入っていく。


(ほんとゲームが好きなんだなぁ。...ぱ、パジャマ?)


ピンクのふわふわのぱじゃまでVRをはめている。言葉だけ見ればなんともファンタジーだ。しかし、脱落というセリフからも分かるように、これを昨日からぶっ通しでやっているのかと思うと確かに変態なのかもしれない。


遊んでいる彼女をスルーして、棚へと移動し借りてたものを返却する。次はどれにしようかと目移りしてしまうあたり一種の図書館だと思う。神に見せてやりたいぐらいだ。選び終わるとテーブルに持参したノートPCを置く。気分転換になればと思い月坂の家で執筆しようという考えだった。


そんな僕が視界に入っているにも関わらず柚宮は一切気にしていないので、作業に集中できる環境が出来上がっていた。



「──ね」


肩を叩かれる。目を開ければ窓からは月あかりが差し込んでいて


「どう調子は?」


「あぁ...月坂。一応前には進んでる感じはあるかな」


いつの間にか夢心地だった僕は月坂に起こされ、半分ほど覚醒する。今も目が虚ろになっていると思う。


「もう寝たいなら寝ていいわよ。布団は今から持ってくるから使って」


「ふわぁ...。わかった」


昼間に寝て覚醒しきっている月坂とは対照的に、目が半分しか開いてない僕の判断力は0に等しい。続く月坂の注意喚起したであろう言葉がイマイチ聞き取れなかったのがその証拠。


「隣に...いるけど...っちゃだめ...」


「ぁあ...」


起こされてから数分も経たないうちに僕は再び眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る